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緋色のスティック  作者: ぱっち8
第6章
66/74

第65話「気まぐれ」


ピピィーーー!


全国大会 準決勝のホイッスルが鳴り響く。


開始前から盛り上がる観客席では、成磐中ホッケー部の女子部と保護者たちが声を張り上げていた。


「ひいろくん、がんばってー!」


えみの声が響く。

昨日もらった右足のミサンガを意識しながら、緋色は決意を新たにした。


「蒼くーん!焔くん、照くん、みんなー!ファイト―!!」


美咲も大きく手を振る。


保護者席には、準決勝に間に合った巧真とけいとみっちゃんが緊張した面持ちで見守っていた。


「準決勝まで来たのねー...あの子」


「緋色たち、本当によく頑張ってるさー」


「緋色…」


3者3様の面持ちで選手たちを見守っている。




対照的に常勝軍団の加来偉中の応援席は静かだった。淡々とした空気が漂っている。


成磐中 vs 加来偉中


成磐中 : GK 福士 蒼、DF 浦田 塁斗・山田 雄太、MF 相原 緋色、FW 朝比奈 照・駿河 焔


加来偉中 : GK 馬島まじま つよし、DF 百舌鳥(もず) (かえで)長門(ながと) 鋼巳(こうき)、MF 皐月(さつき) 融吾(ゆうご)、FW 戸津(とつ) 元気(げんき)河合(かわい) (しゅん)


成磐中ボールで試合が始まった。



ーーー



第1クォーター



緋色がボールを受けると、すぐに加来偉中の布陣を確認する。


「河合 瞬はどこに...」


視線を送ると、瞬がゆらゆらと左サイドでふらついている。

まるで散歩でもしているかのような動きだった。


「何してるんだ、あの人...どういう…」


塁斗が河合 瞬にマークをつく。


しかし瞬は特に何かを仕掛けるでもなく、ただふらふらと歩き回っているだけだった。



第1クォーター 2分



加来偉中がボールを回していると突然、MF皐月の空気が変わった。


DF百舌鳥が猛烈なスピードでオーバーラップを開始。それと同時に、瞬が急に目つきを変えてサークルトップに向かって走り出す。


「…えっ!?さっきまで…」


塁斗が慌てて追いかけるが、瞬の動きがあまりに突然すぎて対応が遅れる。


皐月がボールを受けると、冷静に状況を把握。

瞬と百舌鳥が走る位置めがけて、強烈なスイープパスを送り込んだ。


「え…どういう…?! あの位置に2人とも!?」


緋色が驚く。

二人が重なる場所に強いボールを出す。


「どっちがとるんだ!?…手前の2番?(百舌鳥)それとも後ろの河合 瞬…!?」


百舌鳥楓がボールに向かって走り込む。


「あぁ…なんとなく来るかなぁ~と思ったけど...まじーな」


百舌鳥は小さくつぶやく。


「あ―…、ほんとにきた。やべ、こりゃ間に合わん」


そのままスルー。

ボールは百舌鳥の股下を通り抜ける。


河合 瞬は何の合図もなかったにも関わらず、それを完全に予測していたかのように完璧にトラップ。


「え……!?」


百舌鳥のマークに走っていた焔が驚愕する。


百舌鳥が取ると思われたパスをスルー。

焔が振り向くと瞬がトラップ。


その瞬間、すでにシュート…に入るかと思われたが、すぐに百舌鳥にラストパス。


「……!?」


焔は言葉に出ない


塁斗、山田は百舌鳥のスルー、瞬のラストパスに全く対応できずにいた。


「…え!?」


その折り返しのパスに百舌鳥がフリーでシュート体勢に。


しかし...


「あ、やっぱ間に合わんかった」


百舌鳥がスイングを空振り。ボールはあさっての方向に飛んでいく。


「...え?」


成磐中の選手たち全員が呆然とする。


「おおー、もずっち惜しかったですなぁ~。あと一声」


瞬は全く気にした様子もなく、ひらひらと元のポジションに戻っていく。


一瞬の攻撃に会場がどよめく…




第1クォーター 4分



今度は成磐中の攻撃。


瞬が守備に戻らないため、成磐中は事実上4対5の数的優勝状況になっていた。


「あの人、守らないのか...?」


緋色が違和感を覚える。

MF皐月とDF長門が緋色のパスコースを警戒しているが、焔の3Dドリブルへの対応に長門が手こずっていた。


「くそ、あの浮かせるドリブルは厄介だな...」


長門が焔についていこうとするが、3Dドリブルのタイミングがつかめない。


「今だ!」


焔が長門を完全に抜き去ると、それに合わせて緋色は首を振り全体を把握。


照と目が合う。


「照 先輩!」


青い光に導かれた完璧なスルーパス。

照がペナルティサークルに侵入し、GK馬島と一対一。


「はっはっはー!!もらったでーー、先制じゃーー!!」


照の豪快なシュートがゴールに突き刺さる。


ピピーーーーー!



1-0



「きゃーーー!やった、先制点!」


成磐中女子ホッケー部の応援席が沸き上がる。


「ナイスシュート!照くーん! ナイスパス、ひいろくん!」


えみが大きく手を振る。

しかし、成磐中の選手たちは素直に喜べずにいた。


「なんか...あっけなくない?」


山田が首をかしげる。


「相手、思ったより簡単に得点できたけど...」


塁斗も困惑している。




一方、瞬は相変わらず飄々としている。


「おおー、すげーですなぁ~ぴかっと光る気持ちよさそうなパス~俺もあれがいいなー」


まるで他人事のような口調で、成磐中のゴールを称賛していた。




第1クォーター 5分



失点後すぐ、加来偉中の反撃が始まった。


皐月がボールを持つと、長門が左サイドをオーバーラップ。

瞬もなんとなくボールの方向に向かい始める。


「河合 瞬が動いた!」


塁斗がすぐさまマークにつく。

皐月からのパスが瞬に向かう...かに見えたが、瞬が急に興味を失ったように立ち止まる。


「あー、そのパスつまんないや」


瞬がそっぽを向く。


「…えっ!?」


塁斗が困惑している間に、ボールはオバーラップしていた長門に渡り、そのまま左サイドを駆け上がる。


「しまった!」


成磐中の守備陣が慌てて対応するが、瞬への警戒で塁斗が引っ張り出され陣形が崩れていた。


長門からのセンタリングが上がる。威力のある強烈なセンタリング。


ふらふら瞬が再び動き出す。サークルの中まで上がってきている。


「もしかしたら今度は反応するのか!?」


蒼が瞬とボールの両方を警戒する。

しかし、瞬はボールがゴールに向かっても...


「あ、やっぱつまんないそれ~。なびかないねぇ全然」


完全に走るのを止める。ボールは瞬の前を通り抜ける。


蒼は瞬を警戒していたため、強いセンタリングに反応してしまう。


「しまった…!!!」


ボールがレガードに当たり正面に跳ね返る。

そこに、きっちりとフォローに入っていた戸津 元気。


「くぅーー!!これは外せない!」


戸津が確実に押し込む。


ピピーーー!



1-1



「こんなあっさり同点に...?!」


成磐中の応援席が静まり返っていた。



「やられたな...」


照が悔しそうに言う。


河合 瞬の存在に気を取られすぎて、戸津のフォローを見落としていた。


「あの河合って選手...触るのか触らないのか全然わからない…。そもそもやる気があるのかも…」


焔が困惑する。


緋色も同感だった。

河合 瞬の動きには一貫性がない。


興味があるように見せて急に無関心になったり、無関心だと思ったら突然本気になったり。



「前線が瞬の気まぐれな風に翻弄される...」


みち先生がベンチから状況を分析していた。


皐月と百舌鳥は河合 瞬の行動パターンを理解している。だから的確にサポートできる。

しかし成磐中には河合 瞬の考えが読めない。


「反応するのか、しないのか...それがわからない」


緋色が瞬を見つめる。


瞬は同点弾が決まっても、相変わらず飄々としている。


「ナイス戸津さ~ん、さすがエース。でもまだまだ楽しくなりそうですなぁ~」


まるでただただ点の取り方だけを楽しんでいるかのような口調だった。



ブーーーー!



第1クォーター終了のホーンが鳴る。

1-1の同点で前半の第1クォーターが終了した。



---



第1クォーターと第2クォーター間の1分間の休憩


「何じゃあいつーーー!まじわけわからん!」


さすがの照も困惑している。


「ほんとに読めないわね、河合 瞬って選手は。…まずはどのボールでも全て反応していきましょう。じゃないと加来偉中の思う壺だわ」


みちが対応を変更する。


「初めてだ、あんなイレギュラーな選手。しかもまだ、全然本人のプレーに乗ってきてない状態でこれだけ翻弄されるなんて…。」


「僕もきたボールは全部はじき返すようにする!見てるだけだと必ず後手に回ってしまう…!」


緋色も蒼も最大級に警戒していた。



本領発揮しないまま成磐中を翻弄する、加来偉中の河合 瞬。


新たな風が吹き始める。

ついに始まった、全国大会準決勝。

ここまで磨いてきた“チームの強さ”をぶつけていく試合…になるはずが、

相手はまるで風のように、タイミングも意図も読ませてくれない人物。


河合 瞬。


どこまでが本気で、どこからがフェイントなのか。

そもそも彼自身が、「勝ちたい」と思っているのかすら揺らいで見えるような存在。


でも、その“掴めなさ”が逆に、

全体のリズムを狂わせていく構造になっていて──

書いていても、試合空間の「空気そのものが変わっていく」感覚を味わいました。


ここから先、彼の本当の“プレー意図”や“スイッチ”がどこで入るのか──

はじめてのタイプの敵に、緋色たちがどうやって抗ってくのか。

ぜひ引き続き、緊張の展開を見届けてもらえたら嬉しいです!


 


そして、作品をより多くの人に届けていくために、

現在『緋色のスティック』は書籍化に向けたクラウドファンディングにも静かに挑戦中です。


▶ https://camp-fire.jp/projects/884214/view?utm_campaign=cp_po_share_c_msg_projects_show


読むだけでももちろん嬉しいですし、

「届けてほしいな」と少しでも思っていただけたら、

支援や応援コメント、拡散などいただけると本当に励みになります!


 


次回から、準決勝は第2Qへ。


物語は、まだ“本気”を見せていません。

風が吹いたあとに来るのは嵐か、それとも──


ぜひお楽しみに!



――――ぱっち8

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