第64話「風の男」
陽翔院中とのSO戦を制し、全国ベスト4進出を決めた成磐中。
選手たちは疲労困憊の状態でテントに戻ってきた。
「あー、疲れた...SO戦は本当に精神的にしんど過ぎるじゃろー」
照が大きくため息をつく。
「でもやりましたね!ベスト4ですよ!」
焔が嬉しそうに言う。
「次は準決勝...いよいよ決勝をかけた戦いだ。まさかここまで来れるなんて…」
緋色が決意を新たにする。
テントに近づくと、中から涼しげな扇風機の音と、何やら変な声が聞こえる。
「あ”あ”あ”ぁぁぁーーー、扇風機がぎも”じい”ぃ”~...」
緋色たちがテントに入った瞬間、全員が固まった。
「……へ!?…だれ??」
扇風機の前で、知らない人がくつろいで横になっている。
上着を着ているため背番号は見えないが、確実に成磐中の選手ではない。
「あ…あのー...」
緋色が恐る恐る声をかける。
「ここ、僕たちのテントなんですけど...」
その人はゆっくりと顔を上げた。
短髪で飄々とした表情。何を考えているかわからない不思議な雰囲気を持つ少年だった。
「ああ、そうなんですか~…あまりにも暑すぎて。さーせん~。」
彼は特に慌てる様子もなく、のんびりとした口調で答える。
「試合後、暑過ぎて…たまらなかったんで~。うん…めんどくさくってさー」
「...そんなことある??」
山田が困惑する。
「扇風機って文明の利器ですよねー考えた人神っすよね~」
少年の胸元を見ると「加来偉中」の文字が見えた。
「加来偉中...明日の相手チームの人?」
塁斗が気づく。
「あ、そうなんです?…んじゃー明日お手柔らかに、お願いします~」
少年は相変わらず飄々とした態度ゴロゴロしていたが満足したのかゆっくりと立ち上がる。
「涼しくて気持ちよかったー。満足したんで帰りま~す。んじゃまた明日~」
そう言って、ふらりとテントから出て行こうとする。
「あ、あの...」
緋色が声をかけるが、少年は振り返らず去って行った。
その時なぜか緋色の横をそよ風が吹く。
「…なんじゃったん、今の...??」
あの照ですら呆然とする。
「加来偉中の選手……でしたよね…?」
焔が確認する。
「な、何者だったんだろう…」
蒼が首をかしげる。
「まぁ明日分かるだろ。今気にしても仕方ない」
塁斗が苦笑いしながらつぶやく。
しかし、心のどこかで不安を感じていた。
あの少年からは、何か掴みどころのない不思議な雰囲気が漂っていた。
「あの人は一体…」
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その夜、宿舎でのミーティングが始まった。
「みんな、明日の準決勝に向けて加来偉中のビデオを見ましょう。女子部が男子のために撮ってくれたわ。」
みち先生がビデオと作戦ボードを取り出す。
「まずキャプテンでMFの5番、皐月くん。チームの司令塔ね。どの試合を観てもものすごくチーム全体をコントロールするのが上手ね。」
「それからDFの2番、百舌鳥くん。万能型で守備の要ね。この選手…少し変わってて、河合くんとの連携がものすごく独特なの。あの河合君の動きに常にフォローに行ってるわ。」
「3年生FWの9番、戸津くん。真面目な性格なのかきっちり自分のするべきことをやってる感じね。」
「GKに2年生の1番、馬島くん。ここまではあまり目立っていないけど、堅実な守りをしてるわね。」
「そしてDFの3番、長門くん。チームでも落ち着いて周りを見られる選手ね。後ろでどしっと構えてしっかり周りのフォローに回ってる。守備では我慢強くスティックを下ろしてるからなかなか突破は厳しいかも。」
みち先生が一人一人の情報を説明していく。
「でも、やはり最も注意すべきは背番号7番、FWの河合 瞬。」
緋色は今日の出来事を思い返す。あの飄々とした少年、確か加来偉中の選手だった。
「どんな選手なんですか?」
焔が質問する。
「そうね…映像では確認できたんだけど、なんというか...掴みどころのない選手なのよね」
みち先生が困ったような表情を見せる。
「普段はあまり動かないのに、決定的な場面で突然現れてゴールを決める。そう…まるで風のように現れて、一瞬で嵐のような仕事してしまう。ここまでで、すでに10得点してる…正直言って化け物クラスの活躍ね。」
緋色の胸が高鳴る。
…確かにあの少年からは、穏やかな風のような雰囲気を感じたけど。…そんな人が嵐?
「加来偉中は、これまでの相手とは全然違うタイプね。組織的な陽翔院中とも、個人技重視の西比良中とも違う」
「じゃあ、どういう対策を...」
塁斗が聞く。
「ごめんね、正直よくわからないのが本音なの。個性的な選手が多くて、これをやってくる!って感じじゃなくて…チームとしての戦術が読みにくい…」
みち先生が率直に言う。
「でも、だからこそ成磐中らしく戦いましょう。相手に合わせるんじゃなく、チームで支え合ってここまで来たように。それが私たちの強さだと思うから。」
「はい!」
選手たちが力強く返事する。
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ミーティング後、廊下でえみと美咲が話していた。
「あ、えみちゃん!美咲先輩。こんばんわ。」
緋色と蒼が挨拶する。
「ひいろくん、蒼くん。お疲れ様!ミーティングは終わった?」
「お、蒼くん緋色くん!今日も凄かったね~、君たちはどんどん上手くなっちゃね!」
「ありがとうございます、いつも応援してくれて嬉しいです!」
その後少し4人でたわいもない話をして、夜の束の間の休息時間を過ごした。
「ほら、えみ!緋色くんに渡すものがあるんでしょ!」
「え?」
緋色がえみに目をやると
「あ、あのこれ…ミサンガ作ったんだ。ほんとは大会前に渡そうと思ってたんだけど…。」
えみが照れながら、深みのある赤と白、ピンクなどとても心の落ち着く色で編まれたミサンガを渡してくれた。
「あ、ありがとう!大事にするよ!」
そう言って緋色は、右足にえみからもらったミサンガを付けた。
「ふふ♪明日も頑張ってね!みんなで応援してる!」
「あ、蒼くんには私から!」
「美咲先輩…ありが…とうってきっと、ついでですよね僕には」
「…ばれたか!まあいいじゃん♪」
そう言って蒼は受け取ると、笑いながら4人は部屋へと戻っていった。
(ありがとう、えみちゃん。…明日も頑張ろう!)
ふとした優しさに胸が熱くなった緋色は、決意を新たにした。
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翌朝、準決勝当日。
成磐中の選手たちは早朝から起床し、朝食を済ませていた。
「今日はいよいよ準決勝...」
緋色が窓の外を見つめる。
「決勝進出をかけた戦いですね!」
焔が緊張した面持ちで言う。
最後のチームミーティングを終え、バスで会場に向かう成磐中。
車窓から見える景色が流れていく中、緋色は昨日の少年のことを考えていた。
「あの少年が、河合 瞬…か」
ウォーミングアップのため会場内移動中、出会い頭にぶつかりそうになった。
「あ、すみま...」
緋色が謝ろうとした瞬間、その人がひらりと風のように身をかわした。
「だいじょぶっす~」
まるで最初からそこにいなかったかのような自然な動き。
緋色は振り返る。
背中に見える背番号「7」の文字。加来偉中のユニフォーム。
「あれって...まさか」
緋色の心臓が跳ね上がる。
昨日テントにいた少年。そして背番号7。
「河合 瞬...」
緋色がつぶやく。
あの飄々とした少年が、大会で噂になっている全国屈指のストライカー。
河合は何事もなかったかのように見向きもせず、ふらりと歩いて行く。
まるで風のように。
「この人...全く見てなかった。…何を考えているんだろう」
緋色の胸に、新たな不安と河合への興味が同時に芽生えていた。
間もなく始まる準決勝。
間違いなく全国最強クラスの攻撃力を持つ加来偉中との戦いが、ついに幕を開けようとしていた。
第64話、ここまで読んでくださってありがとうございます!
怒涛のSO戦を突破し、ついに成磐中は全国ベスト4進出──
緋色たちは、確実にひとつ次のステージへと歩を進めています。
ただ、次に待っているのは、全国最強クラスのチーム・加来偉中。
しかも、何やらノリも空気も掴めない少年、河合 瞬。
彼がどう動くのか、どんな嵐を起こすのか。
物語は次回から、戦いの「色彩」が大きく変わると思います。
ちょっとした日常の息抜きのあとに、
“風”が吹き抜けていきました。
どうか続きも見ていただけたら、とても嬉しいです。
それから、実は『緋色のスティック』は“一冊の本”にすべく、クラウドファンディングにも静かに挑戦中です。
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(拡散だけでも大感謝です)
それでは、いよいよ準決勝。
加来偉中戦の幕が、開きます──。
――――ぱっち8




