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緋色のスティック  作者: ぱっち8
第6章
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第60話「束の間の休息」


西比良中戦のミーティング後、成磐中のテントで緋色たちは休息を取っていた。


「あー、疲れたー。きつかったなー」


照が大きく伸びをする。


「でも勝ててよかったなー。あの西比良中相手に2-1は上出来じゃわ」


「蒼先輩の活躍が凄かったですよね。まさに成磐中の守護神!って感じでした」


焔が振り返る。


「あれだけのシュート打って、好セーブ連発されたら、どんなチームでも諦めるよ」


緋色は周りの景色を見ていた。沢久片ホッケー会場では、まだ他の試合が続いている。



「そういえば、女子の試合もこの後だったよね」


蒼が思い出したように言う。


「あ、そうだった!えみちゃんたちの試合!蒼、一緒に応援しに行こうよ!」


緋色が立ち上がる。


「照先輩たちもほら!みんなで行こう!」



---




女子部の試合コートに向かう途中、緋色たちは色々な出店やキッチンカーが並んでいるのを見つけた。


「うわぁ、すごく人がいっぱいいる。それに全国大会だとこんなにショップが出るんですね!とても賑わってる」


山田が驚く。


「全国大会だからね。全国各地から応援しに家族や応援団が来てるのよ」


みち先生が説明する。


「岩手名物のわんこそばのキッチンカーもあるわね」


しかし、今は女子の試合が気になる。緋色たちは急いで会場に向かった。



---



Dコートでは、成磐中女子 vs 岐阜県代表・角々霧丘中との決勝トーナメント1回戦が行われていた。


「えみちゃん!頑張って!」


緋色が観客席から声をかける。


えみがふと振り返り、緋色を見つけて手を振った。


(緋色くん来てくれたんだ…良いとこ見せなきゃ)


その笑顔に、緋色の心が温かくなる。


試合は0-1で劣勢。えみが中盤でボールを受ける。


「いくよ!」


えみの得意なドリブル突破が始まる。2人のDFの間をスピードに乗り軽やかにかわし、ペナルティサークルに侵入。


「えみ!こっち空いてるよ!」


美咲が叫ぶ。しかしえみは味方の声をフェイントに、自分でシュートを選択した。


リバースシュートが決まり成磐中女子が同点に追いつく。


「やったー!ナイスシュートえみ!!」


美咲が駆け寄り喜ぶと、緋色も思わず立ち上がって喜んでいた。




ブ―――!試合終了のホーンが鳴る。


終了間際に失点し、残念ながら成磐中女子はベスト16で大会を終えることになった。


えみが駆け寄ってくる。


「見てた?私のシュート!残念ながら負けちゃったけど最後まで頑張ったよ」


「うん、とても良いリバースシュートだった。さすがえみちゃん!」


緋色の言葉に、えみが嬉しそうに微笑む。


「ふふっ♪ありがとう。緋色くんたちも準々決勝、頑張って」


「次の陽翔院中はとても強いから、気を引き締めて頑張るよ」


えみの励ましに、緋色は頷いた。



---




女子の試合観戦後、一行は何店舗かある中の1つのホッケーショップに立ち寄った。


「うわー、こんなにたくさんスティックがある」


焔が目を輝かせる。


「あら、最新の靴やスティックバックなんかもあるのね」


みち先生が商品を見ている。


その時緋色は、一本のスティックに目を奪われていた。


「あ、これ...めちゃくちゃかっこいい…!」


軽くて、持った時の感触がとてもいい。今使っているものとは違うメーカーだったが、なぜかすごく手に馴染む。


「それ、最近出た日本代表選手も使ってるモデルの良いスティックだよ」


店員さんが声をかけてくる。


「重心バランスが絶妙で、パスが得意な選手なんかがよく使ってるモデルだね。今かなり評判のスティックだよ。」


「パスの精度...」


緋色が呟く。自分の武器はドリブルよりもパス。もしこのスティックでより正確なパスが出せるなら...


「値段は...」


「3万8000円になります」


(……………高っっ!!!!!!)


緋色の表情が曇り、少し立ち眩み…。到底、中学生には出せる金額ではなかった。


「緋色、どうしたん?」


照が声をかける。


「いや、いいなって思ってたスティックが引くほど高くて…」


緋色が苦笑いすると


「触ってみるのはタダじゃけ、感触だけでも確かめてみたらえーが!あとは全国でいい結果残して親に頼み込め!」


照の提案に緋色の目が輝く。


(た……確かに!!その手があった!)


緋色は少しその場でボールを触らせてもらいホッケーショップをあとにした。


「絶対に次も勝ちましょう!!…絶対にっ!!」(新しいスティックのために!)


「お…おう!」


新たにスティックへの想いを募らせ、緋色は新たな闘志を燃やしていた。



---



ホッケーショップを出た後、一行はキッチンカー巡りを始めた。


「わんこそばも出てるのね。えっ?…ここで挑戦するのかしら」


みち先生が少しびっくりしている。


「わんこそば!」


焔が目を輝かせる。


「テレビで見たことある!すごい勢いで食べるやつでしょ?!」


「……焔くん?…試合前だからダメよ?」


みち先生が注意するが、選手たちは興味津々だった。


わんこそばの店では、他のお客さんが挑戦中。大きなお椀に小さなそばが入れられる。


「はい、どんどん!」「はい、じゃんじゃん」


店員さんの掛け声で、大柄の男の人が照が勢いよく食べ始める。


「すげーーーー!めっちゃ食べるの速いがん!」


照の岡山弁があまりの光景に飛び出す。


緋色も感心してみていたが、結局そのお客さんは100杯のそばを平らげ満足そうに応援席へと消えていった。


「…さすが岩手の味だね。僕はあんなに食べられないや」


「こういうの見ると、ほんとに遠くまで来たんだなって実感するね」


蒼と緋色は感慨深げに言葉を交わしていた。



---



キッチンカーでの食事後、緋色はテント近くで手を振る家族に気が付いた。


「あ、お母さんだ!みっちゃんも一緒にきてくれたんだね!」


「緋色!西比良中戦、勝ったみたいね!朝、岡山を出たから1試合目は間に合わなかったけどこの後の試合楽しみにしてるわ」


けいの声が嬉しそうだ。


「うん、なんとか。蒼が本当にすごくて」


「緋色~、次も頑張るんだよ~!」


「みっちゃんも見に来てくれてありがとう!頑張るよ」


「お父さんも仕事の合間に速報チェックしてるみたいよ!仕事で来られなくて残念がってたわ」


巧真も気にかけてくれている。それだけで心が温かくなった。


「2時間後に準々決勝なんだ。陽翔院中っていう強いチーム」


「無理しちゃダメよ。でも、緋色なら大丈夫!みんなと一緒に頑張ってね」


母の言葉に勇気をもらう。


「えみちゃんたち残念ながら負けちゃったんだ…」


「そうなのね…でも勝負事だから仕方ないわ。えみちゃんが一生懸命に頑張った結果なら次に繋がるわ、きっと」


少し会話しただけなのに、緋色は家族の支えを改めて感じていた。



---



成磐中のテントに戻った緋色は、一人で次の試合のことを考えていた。


陽翔院中は福井県の代表で、北信越1位。 IWATE HCを3-2で破った実力校だ。


「きっと、今までにない強い相手になる」


西比良中も強かったが、陽翔院中はより組織的で隙が少ないと聞いている。


「でも...」


緋色は手を握り締める。


西比良中戦で、チーム全員で戦うことの大切さを再確認した。


一人では絶対に勝てない。でも、みんなとなら、どんな強い相手でも戦える気がした。


「周りもどんどん見えるようになって、味方をもっと上手く使えるようになってきた」


相手の攻撃を「線」で読む感覚も身についてきている。



遠い岡山から駆けつけてくれた家族やえみが応援してくれている。


「陽翔院中も、みんなで戦おう」


緋色は静かに決意を固めた。



---



試合30分前、成磐中は準々決勝に向けて準備を始めた。


みち先生が陽翔院中の分析を簡潔に伝える。


「陽翔院中は組織力が売りのチームです、うちの戦い方と似てるわね」


「特に注意すべきは...」


詳しい戦術分析が続くが、緋色の心は既に決まっていた。


今日、えみの活躍を見て、岩手の人たちの温かさに触れ、家族の支えを感じた。


そして何より、仲間たちと一緒にいることの幸せを実感した。


「次も、きっと勝てる」


そんな確信が、緋色の心にあった。




ホッケーショップで見たスティックのことも、少し心に残っていたが…まずは結果を出し、見に来てくれている母に交渉だ!!…と、今の自分に言い聞かせる。



今は、仲間との絆と、これまで培ってきた技術で勝負するときだ。


準々決勝まで、あと30分。


陽翔院中との戦いが待っている。


ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!


今回は、喧騒から少し離れて。

大会の合間、ほんの少しだけ“息を吸う瞬間”を描きました。


試合では見えない表情。

仲間と並んで、ホッケーグッズに目を輝かせる姿。

わんこそばに笑って、応援をくれた家族と会えて…


そんな“ひととき”が、ちゃんと明日のエネルギーになる。

戦いの中の“日常”を描けたらいいなと思いました。


この『緋色のスティック』という物語が、

ただの試合記録じゃなく、“誰かの青春の記憶”になるように。

今、1冊の本にまとめるプロジェクトを始めています。


クラウドファンディングはこちら

https://camp-fire.jp/projects/884214/view?utm_campaign=cp_po_share_c_msg_projects_show


のんびりしたタイミングでも、

誰かの背中を支えているものがある——

そんな気持ちが、きっといつか届きますように。


準々決勝、いよいよ始まります。


──ぱっち8



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