第60話「束の間の休息」
西比良中戦のミーティング後、成磐中のテントで緋色たちは休息を取っていた。
「あー、疲れたー。きつかったなー」
照が大きく伸びをする。
「でも勝ててよかったなー。あの西比良中相手に2-1は上出来じゃわ」
「蒼先輩の活躍が凄かったですよね。まさに成磐中の守護神!って感じでした」
焔が振り返る。
「あれだけのシュート打って、好セーブ連発されたら、どんなチームでも諦めるよ」
緋色は周りの景色を見ていた。沢久片ホッケー会場では、まだ他の試合が続いている。
「そういえば、女子の試合もこの後だったよね」
蒼が思い出したように言う。
「あ、そうだった!えみちゃんたちの試合!蒼、一緒に応援しに行こうよ!」
緋色が立ち上がる。
「照先輩たちもほら!みんなで行こう!」
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女子部の試合コートに向かう途中、緋色たちは色々な出店やキッチンカーが並んでいるのを見つけた。
「うわぁ、すごく人がいっぱいいる。それに全国大会だとこんなにショップが出るんですね!とても賑わってる」
山田が驚く。
「全国大会だからね。全国各地から応援しに家族や応援団が来てるのよ」
みち先生が説明する。
「岩手名物のわんこそばのキッチンカーもあるわね」
しかし、今は女子の試合が気になる。緋色たちは急いで会場に向かった。
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Dコートでは、成磐中女子 vs 岐阜県代表・角々霧丘中との決勝トーナメント1回戦が行われていた。
「えみちゃん!頑張って!」
緋色が観客席から声をかける。
えみがふと振り返り、緋色を見つけて手を振った。
(緋色くん来てくれたんだ…良いとこ見せなきゃ)
その笑顔に、緋色の心が温かくなる。
試合は0-1で劣勢。えみが中盤でボールを受ける。
「いくよ!」
えみの得意なドリブル突破が始まる。2人のDFの間をスピードに乗り軽やかにかわし、ペナルティサークルに侵入。
「えみ!こっち空いてるよ!」
美咲が叫ぶ。しかしえみは味方の声をフェイントに、自分でシュートを選択した。
リバースシュートが決まり成磐中女子が同点に追いつく。
「やったー!ナイスシュートえみ!!」
美咲が駆け寄り喜ぶと、緋色も思わず立ち上がって喜んでいた。
ブ―――!試合終了のホーンが鳴る。
終了間際に失点し、残念ながら成磐中女子はベスト16で大会を終えることになった。
えみが駆け寄ってくる。
「見てた?私のシュート!残念ながら負けちゃったけど最後まで頑張ったよ」
「うん、とても良いリバースシュートだった。さすがえみちゃん!」
緋色の言葉に、えみが嬉しそうに微笑む。
「ふふっ♪ありがとう。緋色くんたちも準々決勝、頑張って」
「次の陽翔院中はとても強いから、気を引き締めて頑張るよ」
えみの励ましに、緋色は頷いた。
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女子の試合観戦後、一行は何店舗かある中の1つのホッケーショップに立ち寄った。
「うわー、こんなにたくさんスティックがある」
焔が目を輝かせる。
「あら、最新の靴やスティックバックなんかもあるのね」
みち先生が商品を見ている。
その時緋色は、一本のスティックに目を奪われていた。
「あ、これ...めちゃくちゃかっこいい…!」
軽くて、持った時の感触がとてもいい。今使っているものとは違うメーカーだったが、なぜかすごく手に馴染む。
「それ、最近出た日本代表選手も使ってるモデルの良いスティックだよ」
店員さんが声をかけてくる。
「重心バランスが絶妙で、パスが得意な選手なんかがよく使ってるモデルだね。今かなり評判のスティックだよ。」
「パスの精度...」
緋色が呟く。自分の武器はドリブルよりもパス。もしこのスティックでより正確なパスが出せるなら...
「値段は...」
「3万8000円になります」
(……………高っっ!!!!!!)
緋色の表情が曇り、少し立ち眩み…。到底、中学生には出せる金額ではなかった。
「緋色、どうしたん?」
照が声をかける。
「いや、いいなって思ってたスティックが引くほど高くて…」
緋色が苦笑いすると
「触ってみるのはタダじゃけ、感触だけでも確かめてみたらえーが!あとは全国でいい結果残して親に頼み込め!」
照の提案に緋色の目が輝く。
(た……確かに!!その手があった!)
緋色は少しその場でボールを触らせてもらいホッケーショップをあとにした。
「絶対に次も勝ちましょう!!…絶対にっ!!」(新しいスティックのために!)
「お…おう!」
新たにスティックへの想いを募らせ、緋色は新たな闘志を燃やしていた。
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ホッケーショップを出た後、一行はキッチンカー巡りを始めた。
「わんこそばも出てるのね。えっ?…ここで挑戦するのかしら」
みち先生が少しびっくりしている。
「わんこそば!」
焔が目を輝かせる。
「テレビで見たことある!すごい勢いで食べるやつでしょ?!」
「……焔くん?…試合前だからダメよ?」
みち先生が注意するが、選手たちは興味津々だった。
わんこそばの店では、他のお客さんが挑戦中。大きなお椀に小さなそばが入れられる。
「はい、どんどん!」「はい、じゃんじゃん」
店員さんの掛け声で、大柄の男の人が照が勢いよく食べ始める。
「すげーーーー!めっちゃ食べるの速いがん!」
照の岡山弁があまりの光景に飛び出す。
緋色も感心してみていたが、結局そのお客さんは100杯のそばを平らげ満足そうに応援席へと消えていった。
「…さすが岩手の味だね。僕はあんなに食べられないや」
「こういうの見ると、ほんとに遠くまで来たんだなって実感するね」
蒼と緋色は感慨深げに言葉を交わしていた。
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キッチンカーでの食事後、緋色はテント近くで手を振る家族に気が付いた。
「あ、お母さんだ!みっちゃんも一緒にきてくれたんだね!」
「緋色!西比良中戦、勝ったみたいね!朝、岡山を出たから1試合目は間に合わなかったけどこの後の試合楽しみにしてるわ」
けいの声が嬉しそうだ。
「うん、なんとか。蒼が本当にすごくて」
「緋色~、次も頑張るんだよ~!」
「みっちゃんも見に来てくれてありがとう!頑張るよ」
「お父さんも仕事の合間に速報チェックしてるみたいよ!仕事で来られなくて残念がってたわ」
巧真も気にかけてくれている。それだけで心が温かくなった。
「2時間後に準々決勝なんだ。陽翔院中っていう強いチーム」
「無理しちゃダメよ。でも、緋色なら大丈夫!みんなと一緒に頑張ってね」
母の言葉に勇気をもらう。
「えみちゃんたち残念ながら負けちゃったんだ…」
「そうなのね…でも勝負事だから仕方ないわ。えみちゃんが一生懸命に頑張った結果なら次に繋がるわ、きっと」
少し会話しただけなのに、緋色は家族の支えを改めて感じていた。
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成磐中のテントに戻った緋色は、一人で次の試合のことを考えていた。
陽翔院中は福井県の代表で、北信越1位。 IWATE HCを3-2で破った実力校だ。
「きっと、今までにない強い相手になる」
西比良中も強かったが、陽翔院中はより組織的で隙が少ないと聞いている。
「でも...」
緋色は手を握り締める。
西比良中戦で、チーム全員で戦うことの大切さを再確認した。
一人では絶対に勝てない。でも、みんなとなら、どんな強い相手でも戦える気がした。
「周りもどんどん見えるようになって、味方をもっと上手く使えるようになってきた」
相手の攻撃を「線」で読む感覚も身についてきている。
遠い岡山から駆けつけてくれた家族やえみが応援してくれている。
「陽翔院中も、みんなで戦おう」
緋色は静かに決意を固めた。
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試合30分前、成磐中は準々決勝に向けて準備を始めた。
みち先生が陽翔院中の分析を簡潔に伝える。
「陽翔院中は組織力が売りのチームです、うちの戦い方と似てるわね」
「特に注意すべきは...」
詳しい戦術分析が続くが、緋色の心は既に決まっていた。
今日、えみの活躍を見て、岩手の人たちの温かさに触れ、家族の支えを感じた。
そして何より、仲間たちと一緒にいることの幸せを実感した。
「次も、きっと勝てる」
そんな確信が、緋色の心にあった。
ホッケーショップで見たスティックのことも、少し心に残っていたが…まずは結果を出し、見に来てくれている母に交渉だ!!…と、今の自分に言い聞かせる。
今は、仲間との絆と、これまで培ってきた技術で勝負するときだ。
準々決勝まで、あと30分。
陽翔院中との戦いが待っている。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!
今回は、喧騒から少し離れて。
大会の合間、ほんの少しだけ“息を吸う瞬間”を描きました。
試合では見えない表情。
仲間と並んで、ホッケーグッズに目を輝かせる姿。
わんこそばに笑って、応援をくれた家族と会えて…
そんな“ひととき”が、ちゃんと明日のエネルギーになる。
戦いの中の“日常”を描けたらいいなと思いました。
この『緋色のスティック』という物語が、
ただの試合記録じゃなく、“誰かの青春の記憶”になるように。
今、1冊の本にまとめるプロジェクトを始めています。
クラウドファンディングはこちら
https://camp-fire.jp/projects/884214/view?utm_campaign=cp_po_share_c_msg_projects_show
のんびりしたタイミングでも、
誰かの背中を支えているものがある——
そんな気持ちが、きっといつか届きますように。
準々決勝、いよいよ始まります。
──ぱっち8