第50話「変わりゆく "才能" 」
最終 第4クォーター
開始の笛が鳴り響く。
成磐中は2-1と1点を返し、確実に流れを掴んでいた。
しかし、相手は王者 出雲帝陵中。
「まだ1点差だ。落ち着け」
颯真の冷静な声がチーム全体に響く。
その統率力は相変わらず別格だった。
成磐中も緋色を中心に積極的に攻めるが、出雲の守備は颯真の絶妙なポジショニングで簡単には崩れない。特に土紋を中心とした守備陣は、第3クォーターの失点を受けてより集中力を高めていた。
そして試合開始から2分。
山田が自陣サークル内で相手FW藤原に激しく詰め寄られてしまう。
焦ってクリアしようとした山田のボールはエンドラインに出してしまった。
ピピ――――!
主審の笛が鳴る。
「PC!」*
*自陣サークル内で故意にエンドラインにボールを出してしまうとPCになってしまう。
ペナルティコーナー。出雲帝陵中にとって決定的なチャンスが訪れた。
「すみません...」
山田が申し訳なさそうに頭を下げる。
1年生にとって、この重圧は想像以上に厳しいものだった。
「大丈夫だ、山田。みんなで守るぞ」
塁斗が山田の肩を叩く。
出雲帝陵中のPC。シューターの位置に颯真がかまえる。
「フリックが来る...」
蒼が集中する。
パサーからきれいなボールが出され、ストッパーが止めた瞬間、颯真のフリックはきれいな線を引くかのように右中段のネットに突き刺さった。
ボールは低く、スピードに乗っていたため成磐中のDF陣にはノーチャンスだった。
ゴオーール!!
「よしっ!!」
いつものようなきれいなフリック一閃。珍しく颯真がゴールを喜んでいた。
「やられた...」
蒼が天を仰ぐ。
3-1。
出雲帝陵中が再び2点のリードを奪った。
「颯真、ナイスシュート!」
「さすがエース!」
出雲ベンチ、観客席が沸き上がる。
一方、成磐中ベンチには重い空気が流れた。
「まだ時間はあるわ。諦めるないで!取り返すわよ!」
みち先生の声が選手たちを鼓舞するが、3-1という点差は重い。
ーーー
その時、焔は静かに自分のふがいなさを嚙み締めた。
(俺は…まだ何もできてない・・・!)
「みんな!取り返しましょう!まだ終わってない!」
焔の声に、チーム全体の視線が向けられる。
「僕は...まだ一人で戦おうとして…。でも…でも負けたくない!」
焔の表情は真剣だった。
「あぁ、そうだね!まだ大丈夫、きっと追いつける!」
緋色が焔を見つめる。
「そうじゃな!颯真はすげーが、あいつはあいつじゃ!俺らは俺らのやり方で勝つぞ!」
照の鼓舞に焔の心の炎が再び燃え、その眼差しが土紋を捉える。
「土紋…確かに物凄く上手くなった…見違えるほどに。だが僕もあの時とは違う...!!」
焔の声に力が込もる。
「今度は僕も一人じゃない。チームで勝つんだ!」
ーーー
試合再開。成磐中の攻撃が始まる。
中央で緋色がボールを受け、右の焔にパス。
しかし土紋がすぐにスペースを詰めに寄る。
「悪いが最後まで好きにはさせない…!」
土紋の冷静な声。しかし焔の反応は以前とは違っていた。
「塁斗先輩!」
焔は無理に勝負しようとせず、すぐに塁斗に戻す。
「どうした...」
土紋が焔の変化を感じ取る。
試合前半ような無謀な突破ではなく、チーム全体での攻撃に変わっている。
再び焔にボールが渡る。
同じように土紋が再び詰め寄る。が、焔は少しずつもらう位置を変えていた。
照の動きを確認し、横パス。
「させない!!」
土紋がインターセプトを狙うが、土紋が動くと同時に焔は裏へと抜けだす。
パスの先には照ではなく緋色が飛び出しワンタッチでボールの行き先を変える
「なにっ!!?」
緋色から照へ。照が受け取ると焔はすかさずゴール前へ。
「焔!」
照から焔へ。今度は土紋のマークはない。土紋の守備が緩んだ瞬間だった。
既にGKとの1対1。
「焔!!!」緋色の声が聞こえる。
焔が得意の3Dドリブルを仕掛け出雲帝陵中のGKを翻弄するが、長い手を生かし右手側のコースを阻む!
「簡単に、やらせるかよ一年!!」
一瞬で抜けきれない焔はGKを背に素早くフォアターン。
ここに土紋が執念のDFに戻っていた。
「俺はお前に勝つために、、、させるかぁぁぁ!!」
土紋がタックルに入る。しかし、焔はその狙いに気付いていた。
3Dドリブル ⇒ フォアターン ⇒ エアリアルドリブル…
まさに一瞬の超絶テクニックでGK、土紋を抜き去った。
「おおぉぉォォ!!」
GKを壁に土紋のタックルをかわしながら、焔はゴールへ渾身のプッシュシュートを放った!
ゴォォォン!!
「おおおおおおおお!!!」
大きな歓声、、、とは裏腹にシュートはポストに当たりゴールにはならなかった。
「くっ...そ!!」
焔が地面をたたく。しかし完全に焔のプレーで成磐中が試合をの流れをつかむ瞬間だった。
焔の判断が以前とは全く違う。
個人技で勝負するのではなく、チーム全体での攻撃に徹している。
その直後も照のシュート。GK斎宮がかろうじてセーブするが、こぼれ球を緋色が詰める。
「危ない!」
原田がクリア。しかし、成磐中の攻撃の質が明らかに変わっていた。
第4クォーターに入ってから土紋は考えていた。
(焔の戦い方が依然と変わった...?)
小6から始めた努力。
颯真と共に積んできた厳しい練習。
すべては焔のような天才に追いつき勝つためだった。
(でも、焔は一人で戦うのをやめた。プレーが進化してる…)
土紋は複雑な心境だった。
自分が努力で追いついた相手が、さらに成長している。
しかも、今までとは違うチーム全体で戦うという新たな武器を手に入れて。
「土紋、どうした?」
颯真が声をかける。
「あいつが…焔が変わりました。一人で突破しようとしない。チーム全体で攻めてくる」
「そうだな。お前と一緒で、成長したということだ」
颯真の表情は冷静だった。
「だが、それでも止めろ。お前ならできる」
「はい…!!」
土紋は頷く。自分の今までの努力を信じて。
惜しいシュートを放った直後から、焔の動きがさらに変わった。
ボールを受、周囲をける前に見方を探す。塁斗の位置、緋色の動き、照の上がり。
見える範囲すべてを瞬時に記憶する。
「こっちじゃ、焔!」
照の声に反応し、焔がパス。しかし土紋がインターセプト。
「負けてたまるか!!」
土紋の声に、焔が振り返る。
「土紋、君は本当に強くなった。でも...」
焔の表情が変わる。
「僕にはチームがある!」
土紋がインターセプトしたボールを再び塁斗、緋色が奪い取る。
「しまった…!!」
焔に固執するあまり周りが土紋は見えていなかった。
今度は緋色からの絶妙なスペースへのパス。
照が受けた瞬間、土紋のフォローに来ていた颯真が詰め寄る。
「残念~!」
しかし照は慌てず、すぐさま緋色にバックパス。
緋色は深呼吸をして青い光の先の焔へ―――。
(緋色先輩の教えを思い出せ。僕は一人じゃない)
焔は土紋からボールを奪われた瞬間からすぐゴールに向かって走っていた。
自分がボールを取られる瞬間、塁斗、緋色が見えていた。
(先輩たちが ”きっと” 取り返してくれる…!)
前線に走る途中で照と目が合う。
(照先輩が "きっと" フォローしてくれる…!!)
焔にとって本当の意味で『味方に託す』プレーになった。
緋色からきれいなスイープでのパスがGK前に通る。
「ここだーーー!」
今度は無謀な突破ではなく、GKの動きを読んでいた。
GKのタックルに入る瞬間、ワンタッチで浮かしそのままダイレクトシュート
「決まった…!!」
しかし、そこには執念で戻っていた土紋の姿があった。
ピピィィィ―――――――ッ!!
「PS!!」ポイントと空に手を指すシグナルと一緒に主審の声が響く。
土紋は何とか止めたが体に当たってしまっていた。
「くそっ!!」
悔しがる土紋に颯真が声をかける。
「よく戻った!失点を食い止めたんだ。まだわからない」
大声援の前に照がボールをセットし難なく決めて見せた。
「よっしゃーーーー!」
3-2。
成磐中がさらに1点を返した。
「焔!凄いじゃないか!」
緋色が駆け寄る。
「…先輩。一人じゃないって、こういうことなんですね」
焔の表情は清々しかった。シュートを決め切れはしなかったが一人得点するのではなく、チーム全体で相手を攻略した達成感。
一方、土紋は静かに焔を見つめていた。
(また成長した...どんどん先に…)
土紋の表情に、わずかな笑みが浮かぶ。
努力で追いついた相手が、さらに上のステージに向かっている。
それは悔しくもあり、誇らしくもあった。
試合は3-2。
1点差となって、俄然緊迫した雰囲気になった。
「まだ3分ある。もう1点取るぞー!まずは追いつく!」
照が叫ぶ。
「油断するな。失点したら意味がない!」
塁斗が警戒を促す。
観客席では、様々な思いが交錯していた。
田村監督は身を乗り出している。
「久々に中国地区で追い上げられている…面白い試合になってきた。どちらも、とても良いチームだ」
試合時間 残り3分。
1点差の緊迫した状況で、最後の攻防が始まろうとしていた。
果たして、どちらがこの因縁の決勝戦を制するのか。
次の瞬間が、すべてを決めることになる。
最終クォーター。熾烈な攻防。
そして、焔や緋色、それぞれの成長。
ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。
この作品は、スポーツを通じて“仲間と戦うことの意味”や“自分を変える力”を描いた物語です。
今、焔たちの物語はフィールドの上でクライマックスを迎えようとしています。
でもこの「緋色のスティック」は、
彼らだけの物語ではないと思っています。
それを信じて、実は今、僕はこの作品を【1冊の本】として《形にするプロジェクト》に取り組んでいます。
この物語が、
誰かの「もう一歩を踏み出す力」になってほしい。
ページをめくったその先に、
「もう一人じゃない」と思える誰かとの出会いがあれば。
そう願っています。
プロジェクトについては以下のページでご紹介しています。
もしよかったら、応援してもらえたらとても嬉しいです。
【クラウドファンディングはこちら】
https://camp-fire.jp/projects/884214/view?utm_campaign=cp_po_share_c_msg_backers_index
チームで戦うことの意味と、
諦めず進む全ての人に、この作品が届きますように。
そして、最後のクォーターが終わったその先も、
この物語と一緒に、何かが「続いて」いきますように。
ありがとうございました。
──ぱっち8