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第5話「出会いと闘志の朝」

朝7時、相原家の玄関に呼び鈴が響いた。


「誰かしら?こんな朝早くに」


母のけいが首をかしげながらドアを開けると、そこには沖縄の民族衣装を着た小柄な女性が立っていた。


「みっちゃん!?」


けいの驚きの声に、緋色は2階から駆け下りた。


「みっちゃんだ! でも…どうして??」


平良たいら 美智子みちこ――

緋色のひいおばあちゃんは、杖でリズムを取りながら小さく踊って見せた。


「サプライズだよぉ~! 緋色がホッケー始めたって聞いて、居てもたってもいられなくなっちゃって」


みっちゃんの沖縄弁が玄関に響く。

その明るさに、家族みんなが自然と笑顔になった。


「でも、沖縄から岡山まで…」


「あんた、心配性ねぇ。70過ぎても元気よ、この通り」


みっちゃんがくるりと回って見せると、緋色は思わず吹き出してしまった。




朝食の席で、みっちゃんは緋色に向かって言った。


「緋色、ホッケー始めたんでしょ? 何か必要な道具とかないの?」


「実は今日、スパイクを買いに行く予定だよ」


緋色が答えると、みっちゃんの目がキラリと光った。


「それなら一緒に行くさ~ みっちゃんにまかしときな~」


「ほんと!? ありがとう!」


緋色は嬉しそうに頷いた。

みっちゃんと一緒なら、きっと楽しい買い物になる。


午後、二人は『Hockey Lab』へ向かった。

岡山市内にあるスポーツ専門店で、ホッケー用品が所狭しと並んでいる。

店内には「ENJOY HOCKEY」と書かれた横断幕が掲げられていて、岡山県のホッケー愛が感じられる。


「いらっしゃい!」


店員のぱっちさんが温かく迎えてくれた。

緋色が成磐中の新入部員だと分かると、とても親身になって相談に乗ってくれる。


「スパイクは足に合うのが一番じゃけんね。履き心地を確かめてみ」


何足か試し履きして、緋色は自分にぴったりのスパイクを見つけた。

人工芝専用のポイントが、足裏にちょうど良い感覚を与えてくれる。


「これ、すごく良い感じです」


「おー良かった。大切に使いーね」


会計を済ませていると、店の奥からリズミカルな音が聞こえてきた。


シュッ、カツッ、シュッ。


何だろう、この心地よい音は?


緋色は音に導かれるように店の奥へ向かった。

そこには、緋色と同じくらいの年齢の少年が一人、見事なドリブルを披露していた。


ボールが少年のスティックに吸い込まれるように動いて、まるでリズムを刻む音楽のようだった。

特に、急にペースを変える技術が素晴らしい――


二重ドリブルによるチェンジオブペース。


「すごい…」


緋色が思わず声に出すと、少年が振り返った。


「あ、見てた? 恥ずかしいな」


少年は照れたような笑顔を浮かべた。

緋色と同じ1年生らしく、親しみやすい雰囲気がある。


「僕、桐島きりしま 藍人あいと。青刃中の1年」


「相原 緋色です。成磐中の1年」


二人は自然と握手を交わした。


「成磐中!そっか…僕たち、きっと試合で当たることになると思う」


藍人の瞳がキラリと光った。

その瞬間、緋色の胸に小さな炎が灯った。


「ここには良いスティックが揃ってるよ。君も何か探してるの?」


「スパイクを買いに来たんだ。藍人くんはスティック?」


「うん、新しいのに替えようと思って。でも、なかなか決められないんだ」


二人はしばらく、ホッケーの話で盛り上がった。

藍人の技術への情熱、緋色の素直な向上心――

互いに良い刺激を受けているのが分かる。


「じゃあ、僕は帰るね。今度、ダービーで会おう」


「ダービー?」


「6月にあるんだ。青刃中と成磐中の交流戦。きっと僕たちも出ることになると思うよ」


「そうなんだ…。うん、楽しみにしてる!」


藍人が去った後、緋色の心には新しい目標が生まれていた。

あんな風に上手くなりたい。

藍人に負けないくらい、強くなりたい。


夕方、成磐中の人工芝脇。

練習を終えた照先輩が、緋色を見つけて駆け寄ってきた。


「おお、緋色。新しいスパイクを買ったんか?」


「はい。それと、青刃中の桐島 藍人くんに会いました」


「藍人! あいつはすげぇぞ。天音あまねもおるしなぁ」


照 先輩の表情が少し引き締まった。


「天音?」


兵動ひょうどう 天音あまね。新1年GKで、U12日本代表の経験者じゃ。声がでかくて、反射神経が化け物級なんよ」


緋色は興味深く聞いていた。

青刃中には、藍人以外にもすごい選手がいるのか。


「あの、藍人が『今度、ダービーで会おう』って言ってたんですけど…」


「ああ、それは青刃中との交流戦のことじゃなー」


「交流戦?」


「そう!人呼んで…青成ダービーのことじゃ!!県内の2校が年4回本気で戦う交流試合じゃ!!6月に最初のがあるんよ」


照の説明に、緋色の目がキラキラと輝いた。


「青成ダービー……僕も出られますか!?」


「当たり前じゃ! 新入生も大歓迎!特に6月のは新戦力のお披露目みたいなもんじゃからなー」


緋色は拳を握りしめた。胸の奥で、熱い何かが燃え上がってくる。


「絶対、その試合出たいです」


その決意を込めた声に、照は満足そうに頷いた。


「よし、それじゃあ明日からの練習、覚悟しとけよー」


夕日が校舎の向こうに沈んでいく。

緋色は新しいスパイクを抱えながら、心の中で誓った。


6月の青成ダービー ――


そこで、必ず藍人と戦いたい。

そして、自分がどこまでやれるのかを確かめたい。


「みっちゃん、ありがとう」


帰り道、練習を見に来ていたみっちゃんに向かって緋色は深々と頭を下げた。


「何をー、お礼なんていらないよ。でもね、緋色」


みっちゃんは立ち止まって、緋色の目をまっすぐ見つめた。


「あんたの目、今日一日ですごく変わったねぇ。何か大切なものを見つけた顔をしてる」


その言葉に、緋色は驚いた。

みっちゃんには何でもお見通しなのかもしれない。


「うん。僕、ホッケーが本当に好きになったと思う。それに、目指したい相手もできた」


「それは素晴らしいことよ。でも忘れちゃダメ。一人で戦うんじゃない。仲間がいるってことを」


みっちゃんの言葉が、緋色の胸に深く響いた。


家に帰ると、父の巧真たくまが玄関で待っていた。


「新しいスパイク買ったのか?」


巧真の優しい声に、緋色は嬉しそうにスパイクを差し出した。

巧真はそれを手に取り、丁寧に確かめる。


「…良いスパイクだな。大切に使えよ」


「お父さん」


緋色は少し迷ってから口を開いた。


「お父さんは何かスポーツやってたの?」


巧真の表情が一瞬、複雑なものになった。

でも、すぐに穏やかな笑顔に戻る。


「昔……な。一生懸命はいいがケガだけはするなよ」


「うん、…気をつける。ありがとう」


緋色は何か言いたそうな父の表情を感じ取ったが、それ以上は聞かなかった。


巧真の返事は少し曖昧だったけれど、緋色は満足だった。

きっと、いつかは父と一緒にホッケーの話ができる日が来るはずだって。


その夜、緋色は新しいスパイクを枕元に置いて眠った。

夢の中で、自分が藍人と戦っている姿を見た。


そして、視界の隅にあの金色の光がちらりと見えたような気がした。


――迫り来る青成ダービー、緋色はどんな輝きを見せるのか?


朝が来るのが、待ち遠しかった。

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