第48話「因縁」
中国大会決勝戦開始まで、あと1時間。
大会本部前では重要な会話が交わされていた。
「神門監督、お疲れ様です」
出雲帝陵中学校の神門烈真(かみかど れつま*神門 颯真の父)監督の前に立っていたのは、一人の中年男性だった。
胸には「日本ホッケー協会 U15強化部」のバッジが光っている。
「田村さん、こんにちは。何かの視察ですか?」
烈真は軽く頭を下げた。田村と呼ばれた男性こそ、U15日本代表監督の田村健一だった。
「来年春の新しい国際大会に向けて、次のU15代表。つまり今の14歳世代の視察が目的で来ました。日本で初めて行われる国際大会。活躍できる良い選手がいないか、地区大会を見て回ってるんです。神門選手なんかは今回のU15にも飛び級にはなりますが、実力次第で使えたらと思っています」
田村の視線が真剣だった。14歳でのU15代表起用。
それは過去にも例の少ない、大胆な人選となる。
「新しい国際大会?それに飛び級で颯真をですか、それは嬉しいですね」
「はい。U15 Japan Premium Tournamentと言いまして、来年春に開催予定です。従来のオーストラリア遠征とは別で、各国の代表チームを日本に招待する形になります」
烈真も興味深そうに聞いている。新たな国際大会の開催は、日本のホッケー界にとって大きな転換点となるだろう。
「参加国は?」
「オランダ、オーストラリア、韓国、中国、マレーシア、インド、ニュージーランド、それと日本の8か国です。特に...」
田村の声が重くなった。
「オランダとオーストラリアという強豪国を招待できたことは、協会としても大きな成果です。ただ、オランダには同世代でプロからすでにオファーが来ている選手がいるという話が入ってきていまして。正直に言うと、現在の日本の中学生では相当厳しい戦いになるかもしれません」
「そんな選手が...」
烈真は眉をひそめる。オランダといえば、ホッケー王国として世界でも屈指の強さを誇る国だ。
「詳しいことはまだ分からないのですが、技術面では相当なレベルだと聞いています。だからこそ、チームの柱になる颯真くんのような逸材を早めに見極めておく必要があるんです」
田村は資料に目を落とす。
「颯真くんの戦術眼と統率力は、同世代では群を抜いているときいています。14歳という若さですが、むしろそれが武器になるかもしれません。経験の差を、持ち前の才能と成長力で補えるかどうか...今日の試合が大きな判断材料になります」
その時、椎名美智先生が大会本部に顔を出した。
「あら、烈真さん、それに田村さん。ご無沙汰しています」
「みち先生。今日はいい試合になりそうですね」
昔からの馴染み顔に、烈真の表情が少し和らぐ。
「今日のうちは以前とは違いますよ!あの子たちの成長ぶりには本当に驚かされてます。負けませんよ!」
みち先生の力強い言葉に、烈真は頷く。
「私も楽しみにしていました。彼らに強力なライバルがいることで、チームもより成長できますから。成磐中とは、良い関係を期待しています」
王者の余裕を見せる。
大きな太鼓の音と声援が聞こえ、決勝戦の応援に駆け付けた観客席を見渡した。
たくさんの応援団が声援を送っている中、特に久々の決勝進出で成磐中の応援席は熱気に包まれていた。
その時、聞き覚えのある女性の声が聞こえた。
「緋色!今日も頑張ってー!チームのみんなでねー!」
けいの声だった。
その声に導かれるように、烈真の視線がその方向に向けられた。
(……あれは!)
けいの隣に座って静かにピッチを見守る緋色の父、相原 巧真の姿を見た烈真の表情が一瞬、複雑なものに変わる。
‐――かつての「白い魔術師」。
学生時代、最も競い合ったライバルであり、そして...あの日相手 ―――
巧真もこちらに気づいているようだった。
お互いに視線を交わすと会釈をし、すぐに視線を外す。
それぞれが複雑な思い。ただ今は、それぞれの息子たちを見守る。
ーーー
『まもなく中国大会決勝戦が開始されます。選手の皆さんは準備をお願いします』
場内アナウンスが響く。
「それでは、良い試合を期待しています。颯真くんの実力、しっかりと見させていただきます」
U15監督 田村が観戦席に向かう中、烈真は複雑な心境でベンチへと向かった。
観客席にいる巧真の存在を意識しながら、そして息子・颯真の重要な試合への思いを胸に。
ーーー
決勝戦開始
青い人工芝に、両チームの選手たちが整列する。
成磐中 :GK福士 蒼、DF浦田 塁斗・山田 崇、MF相原 緋色、FW朝比奈 照・駿河 焔
出雲帝陵中 :GK斎宮 衛士、DF石峰 土紋・原田 勇樹、MF神門 颯真、FW松本 進・藤原 陸太
緋色の視線は、自然と颯真に向けられていた。
1年前、あの冷静な眼差しに「一人では限界がある」と突き付けられた。
あの日の試合があったからこそ、、、あの言葉の意味を理解した今の自分を見せたい。
緋色はこれまでの自分を振り返り、静かに闘志を燃やす。
焔の視線は、石峰 土紋に注がれていた。
小学の時、U12代表候補の合宿で出会った選手。
(あの時...土紋は確かにいたと思うけど…)
焔は記憶を辿る。
2年連続でのU12代表合宿で思い出せるのは、圧倒的な存在感を放っていた神門颯真だけだった。
(正直思い出せない…颯真が強烈すぎて。ここまで噂になる選手なのに...)
しかし今、その「思い出せない普通だと思っていた選手」が颯真と同じように強豪チームの主力になっている。
堂々とした立ち振る舞い、恵まれた身体、そして力強い眼光。
焔の胸に、混乱と焦りが湧き上がる。
今まで同年代で脅威と思えなかったレベルの選手との対戦…。
ーーー
一方、観客席では様々な思いが交錯していた。
田村監督は颯真の動きを注意深く観察している。
14歳でのU15起用という大胆な決断を下すための、重要な判断材料となる試合だ。
巧真は静かに息子を見つめていた。
1年前の挫折から立ち直り、今日という中国大会決勝という舞台に立つ緋色の成長を、父として誇らしく思う。
――― その一方で、かつての自分と重なる複雑な感情も抱いていた。
ーーー
「よろしくお願いします!」
両チームの大きな挨拶とともに、試合開始のホイッスルが鳴り響く