第38話「青成ダービー再び」
ゴールデンウィークの合宿も終え、初夏の六月。ついにあの季節がやってきた。
新入生も部活にすっかり慣れ、基礎技術も身についてきた頃、成磐中ホッケー部に一つのビッグニュースが舞い込んできた。
「青成ダービーの季節がやってきました!」
みち先生の発表に、部室全体がざわめく。
「今年も青刃中学校とダービーよ!!日程は来週の土曜日です」
照が興奮して飛び上がる。
「きたでーーー!久しぶりのダービーじゃ!!」
「楽しみですね。新戦力も加わったし、どんな試合になるか」
蒼も期待に満ちた表情だ。
緋色は焔の方を見る。
「焔、君はまだ藍人くんと戦ったことないよね?彼はすごく上手いから、楽しみにしておいて」
焔は頷いた。
「はい!緋色先輩。小学生の時に少し見たことはありますけど、どんな選手なんですか?」
「技術がとても正確で、二重ドリブルっていう特別な技も使うんだ。君と同じくらい上手いかも」
その時、蒼が少し心配そうな顔をする。
「でも今回は未経験の新入生も初の公式試合ですよね。青刃中は手ごわいです。」
「心配すんなって!俺たちがしっかりフォローしようで!」
照の言葉に、新入生たちも緊張と期待の入り混じった表情を見せる。
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試合当日。青い人工芝の上に、久しぶりに青刃中の選手たちが姿を現した。
藍人と天音の姿を見つけて、照が大きく手を振る。
「おーい!藍人ーーー!天音ーーー!」
「照先輩!お疲れさまです!」
「こんにちはーーーー!今日”も”負けませんよー!!」
藍人と天音も嬉しそうに駆け寄ってくる。和やかな再会に、両チームの選手たちも自然と笑顔になる。
「今年は新入生がたくさん入ったって聞きましたよ」
「おう!今年はすげぇぞ〜」
蒼も天音のもとへ歩み寄る。
「天音、今日はお互い頑張ろう」
「おう!蒼には負けんで!」
二人のGKは互いを認め合いながらも、しっかりとライバル意識を燃やしていた。
そんな和やかな交流の中、青刃中の列に見慣れない小柄な選手がいた。
その選手は成磐中の選手たちを見回すと、突然焔を指差した。
「あ!いた!」
全員の視線がその選手に集まる。周囲の和やかな空気とは明らかに違う緊張感だった。
「え…と。君は...?」
緋色が尋ねると、その選手は胸を張って答えた。
「島 雷太!青刃中1年です!そしてーーー」
そう言うと、焔の方に向き直って決めポーズを取る。
「駿河 焔!永遠のライバルのお前に勝つためにここに来た!」
「えっ……?」
焔は戸惑った表情を見せる。目の前の少年に見覚えがない。
「君は...誰?」
その一言に、雷太の表情が凍りつく。
「だ、誰って...俺だよ!島 雷太!小学生の時に何度も対戦したじゃないか!」
「あ...ごめん、ちょっと思い出せない」
焔の正直な言葉に、雷太の心にぐさりと刺さる。
(覚えてない...だとぉぉぉぉぉぉぉ!!!!???)※雷太の心の声
藍人が慌てて仲裁に入る。
「雷太、試合前からそんなに興奮しちゃだめだよ」
「でも藍人先輩!俺はこの日のために猛特訓して...!」
「分かってるよ。でも試合で証明すればいいじゃないか」
藍人の言葉に、雷太は少し落ち着いた。
一方、成磐中側では焔が首をかしげている。
「緋色先輩、僕、あの人知ってるのかな?」
「さあ...でも、焔のことをよく知ってるみたいだね。きっと小学生の時に対戦したことがあるんじゃない?」
「そうなのかな...」
(なぁぁぁあにぃぃぃぃぃ………!!!!??)※雷太の心の叫び
焔の無関心さが、雷太の心をさらに刺激していた。
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前半 第1クォーター
試合開始の笛が響く。
青刃中のスターティングメンバーには、藍人と天音、そして雷太の姿もあった。
「おっ、あの元気な新入生、レギュラーなんだな」
塁斗が感心する。
前半戦が始まると、予想通り両GKの好セーブが続いた。
成磐中のパスは緋色、焔、照の連携で組み立てられる。
焔もこれまでの学びを活かし、個人で無理をせずにチームプレーを心がけていた。
しかし天音の反応は素早く、シュートコースを完璧に読んでセーブを連発する。
「さすが天音やなー!今の止めるんかよ…」
照も感心するほどの好セーブだった。
一方、青刃中の攻撃では雷太が積極的に仕掛けてくる。
「見せてやる!必殺!雷速ドリブル!!!」
確かに速い。藍人からの指導の成果かスピードに乗ったプレーを披露した。
しかし塁斗の冷静な守備と蒼の的確なポジショニングに阻まれ、なかなか決定機を作れない。
「蒼、ナイスキーパー!」
緋色が励ます。
前半は0-0で折り返した。
両GKの好セーブが光る、緊迫した展開だった。
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ハーフタイム、青刃中のベンチでは戦術変更が行われていた。
「天音、後半は休んでくれ。新1年生にも試合に出てもらおうと思う。お前は前半で十分活躍した」
監督の指示に、天音は少し残念そうな顔をする。
「了解ですーーーー。んじゃ後半はみんなを応援します!」
代わりに入る新1年生GKに向かって、天音は励ましの言葉をかける。
一方、成磐中のベンチでは緋色が焔に話しかけていた。
「焔、前半の動きはとても良かったね。チームのことを考えてプレーできてる」
「ありがとうございます。でも、まだ点が取れてません」
「大丈夫。後半はきっとチャンスが来る。もっと自分から仕掛けていいし、僕たちで連携もしよう」
緋色の言葉に、焔は力強く頷いた。
「はい!!!あと…確かに小学生の時ものすごく足の速い子がいたような…あとうるさかったような…」
緋色は苦笑いしてきいていた。
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後半開始。
交代したGKはまだ試合の緊張感に慣れていないようで、前半の天音ほどの安定感はなかった。
その隙を突いて、焔が先制点を奪う。
サークル付近でボールを受けると、そのままドリブルで進入し冷静にコースを狙って決めた。
「やったー!」
成磐中の選手たちが喜ぶ中、ベンチの天音は大声で青刃中を鼓舞する。
「みんなー!まだまだこれからだぞー!雷太ー!いけー!」
天音の大きな声援に、青刃中の選手たちも気合いが入る。
その声に応えるように、雷太が意地を見せた。
藍人が照、緋色を連続でドリブルで躱すとすかさずスペースに走っていた雷太にパスを送る。
雷太が持ち前のスピードで成磐中のサークルに入るとそのままシュート、見事な同点弾を決めた。
「いいぞ!雷太!」
藍人が真っ先に駆け寄り、雷太の健闘を称える。
「ナイスゴール!君のスピードが活きたね」
「藍人先輩...」
雷太の目に涙が浮かぶ。努力が報われた瞬間だった。
天音もベンチから飛び上がって喜んでいる。
「よっしゃー!雷太ー!ナイス―――!!」
試合は1-1。最後の勝負がかかっていた。
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終盤、決着の時が訪れる。
緋色が全体を見るために首を振る。青い光を感じながら、敵味方入り混じるフィールド全体を頭に入れる。
照がスペースを作るために下がる所の瞬間、焔がマークを外し、絶好のポジションに走り込む。
(今だ!)
緋色からの絶妙なタイミングのパス。
緋色と焔をつなぐきれいな青いラインが見えた瞬間、焔は迷わずシュートを放つ。
ボールは交代GKの手を抜けて、ゴールネットを揺らした。
「決まったー!」
成磐中の勝利が決まった瞬間だった。
試合は2-1で成磐中の勝利に終わった。
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試合後、雷太は悔しさを抱えながらも、どこか清々しい表情をしていた。
努力の成果は見えた。でも、焔との差はまだある。
そんな雷太のもとに、焔がやってきた。
「雷太くん、さっきのゴール、すごく良かった!」
焔の屈託のない笑顔に、雷太は複雑な気持ちになる。
「ありがとう...でも、君には勝てなかった」
「雷太くんのスピードを見たとき思い出したんだ!小学生の時にあんなに速いドリブル、僕にはできないすごい選手がいたなって。でもさ勝ち負けも大事だけど楽しかったね!」
焔の素直な言葉に、雷太の心が少し軽くなった。
「本当?」
「本当。今度機会があったら、そのドリブル教えてよ」
「……そこまで言われたら…仕方ないなぁ」
雷太が照れて答えた。
その時、藍人がやってきた。
「雷太、いいゴールだったぞ。努力がちゃんと形になってるじゃないか!」
「藍人先輩...」
「技術的には確実に成長してる。これからも一緒に頑張ろうな」
藍人は焔の方を見る。
「焔くん、雷太の成長を見ていてくれてありがとう。また練習でも一緒にやろうよ、お互いに学ぶことがあると思うし」
この提案に、両チームの選手たちが興味を示した。
「面白そうじゃなー!」
照も乗り気だ。
天音も駆け寄ってくる。
「それええなーー!みんなで練習したら楽しそう!」
緋色が焔に声をかける。
「どう?焔」
焔は雷太を見る。一方的にライバル視されていることは分からないが、彼の努力と情熱は物凄く感じ取れた試合だった。
「...はい。雷太くん、一緒に練習しよう」
その言葉に、雷太の表情がパッと明るくなった。
まだ焔には勝てない。でも、こうして認めてもらえた。
これも一歩前進かもしれない。
青い人工芝の上で、新しい関係が始まろうとしていた。
グラウンドに風が心地よく吹き抜ける中、青成ダービーは幕を閉じた。
両チームの友情と、それぞれの成長を感じさせる一日だった。
そして次なる挑戦へ向けて、両チームの物語は続いていく。