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緋色のスティック  作者: ぱっち8
第5章
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第37話「一緒にさ」


新年度最初の本格練習。


5人の新入生を迎えた成磐中ホッケー部のグラウンドは、いつもより活気に満ちていた。


「今日から新入生はまず基礎練習から始めましょう」


みち先生の号令で、まずはパス&トラップの基礎練習が始まる。


新入生たちは緊張した面持ちでスティックを握っていた。


「みんな緊張すんなよー、楽しくやろうでー!」


照の岡山弁が響く中、練習が開始された。


5人の新入生の中でも、やはり焔の動きは群を抜いていた。

正確なトラップ、鋭いパス、そして何より余裕のある身のこなし。


他の4人とは明らかに別次元だった。


「やっぱりすげーな」


照が感心して見ていると、突然思いついたように声をかけた。


「そうじゃええこと思いついた!お前の名前、ほむらじゃろ?キャプテン様から君をホムホムと命名してしんぜよう」


「ホ・・・・・ホムホム!?」


焔は少し戸惑ったが、照の人懐っこい笑顔に安心したのか、小さく笑った。


「ええがん!!ホムホムの方が覚えやすいし、親しみやすいじゃろー!」


「照先輩らしいあだ名の付け方ですね」


蒼は苦笑いしながら


「ホムホムかー、僕は焔って呼んでもいい?」


蒼も加わって、部全体にそのあだ名が定着していく。


焔も最初の緊張がほぐれたのか、自然な笑顔を見せるようになった。


一方で、他の新入生たちもそれぞれ個性を見せ始めていた。


経験者の一人、田中は堅実なプレーが光る。派手さはないが確実にボールを繋ぐタイプで、塁斗が「お、いい判断だな」と評価している。


もう一人の経験者、山田は攻撃的な性格で、焔ほどではないが積極的にドリブルを仕掛けてくる。

ただし技術がまだ追いついておらず、時々ボールを失う場面も。


未経験者の二人は、中村と佐藤。中村は他競技で培った運動神経で基本動作を素早く習得し、佐藤は慎重な性格ながら一つ一つ丁寧にこなしている。


「みんないい感じね」


みち先生は新入生たちの様子を見ながら満足そうに頷いていた。


特に焔の動きには目を見張るものがあったが、同時に気になる点もあった。


基礎練習が終わると、次は3対3のミニゲーム。


「よっしゃ、チーム分けしよーで」


照の提案で、先輩と新入生が混じったチーム編成になった。

焔のチームには田中と中村、対戦相手には山田と佐藤が入った。


試合が始まると、焔は積極的にボールを要求した。


「へい!!」


ボールを受けると、得意の3Dドリブルで相手をかわそうとする。


最初の数回は見事に決まり、グラウンドから拍手が起こった。


「すっげー!あんな技、なかなかできないよなー」


「U12代表は伊達じゃないな」


しかし、相手チームも焔の動きに注目し始めていた。


照と塁斗がささやかな作戦会議を始める。


「ホムホムにマーク集中させてみようか」


「面白そうだな。どう対応するか見てみよう」


次のプレーから、焔には複数人がつくようになった。さすがの焔も、二人に囲まれると簡単には抜けない。


「パス!焔!」


同じチームの田中が声をかける。

フリーになっているのに、焔は聞こえていないかのようにさらにドリブルを続ける。


「焔くん、こっち空いてる!」


中村も叫ぶが、焔の意識はボールを持った状態での突破にのみ向いていた。


結果的に、三人目の守備が来た時点でボールを奪われてしまった。


「あ...」


焔の表情が初めて曇る。こんなはずではなかった、という困惑が顔に浮かんでいた。


「どうした、ホムホム?」


照が心配そうに声をかけるが、焔は首を振るだけだった。


みち先生はその様子を静かに見守っていた。


(技術は申し分ないけれど、周りが見えていないのね。小学生の時はそれで通用したのでしょうけど...)


緋色も焔の様子を注意深く観察していた。その表情に、1年前の自分を重ねていた。


休憩時、緋色が焔に近づいた。


「焔、すごくドリブル上手だよね!」


「えっ…?」


焔は不安そうな表情を見せる。さっきのプレーはうまくいってなかったのに褒められた理由がわからずにいた。


「…でもさ、一人でやろうとしすぎてない?」


その言葉に、焔は少し戸惑った表情を見せる。


「小学生の時は僕がドリブルで抜いて点を取れれば勝てたんです。チームのみんなも喜んでくれたし、どんどん僕に任せてくれるし...」


その言葉に、緋色は1年前の自分を思い出していた。


中国大会で神門颯真と対戦した時、


「一人でも勝てる」


と思い上がって、チームメイトを見失った苦い記憶。


「実はさ、僕も同じだったんだよね。でも、一人じゃ限界だってのに気がつかされて…」


緋色の静かだが確信に満ちた声に、焔は何かを感じ取ったようだった。


「限界...ですか?」


「そう。どんなに上手くても、一人でできることには限りがあるんだ。特に相手のレベルが上がれば上がるほど」


緋色は焔の隣に座り、視線をグラウンドに向けた。


「僕は去年、とても強い相手と戦った時に思い知らされたんだ。一人で全部やろうとして、結果的にチームに迷惑をかけてしまった」


焔は緋色の横顔を見つめていた。


この先輩にも、自分と同じような経験があるのだということが、なんとなく理解できた。


「でも、仲間と一緒に戦うことを覚えたら、僕はもっと強くなれた。だからさ…君もきっと同じはずだよ。一緒にやってみようよ、きっとそっちの方が楽しいよ!」


後半の練習で、緋色は焔とペアを組み、パス練習を提案した。


「今度はさっきと違うことを試してみよう。焔がフリーになったら、僕がパスを出すから」


「え...僕がボールを持たないんですか?」


焔には少し意外だった。


いつも自分がボールを運ぶことから攻撃が始まるのが当然だと思っていたから。


「そう。今度は君はゴールを決めることだけに集中して」


最初は慣れない動きに戸惑っていた焔だったが、緋色の指示に従って動き始めた。


緋色は周りの動きと焔の動きを確認し、焔と目が合う---


(ここだ!)


焔がマークを外した瞬間、緋色からの絶妙なタイミングのパスが焔のスティックにつながった。


焔はほとんど迷うことなく、シュートを放ちボールは見事にゴールネットを揺らす。


「えっ...」


焔の目が見開かれる。自分で運んでシュートするのとは全く違う、新鮮な感覚だった。


ボールに触る時間は短かったのに、なぜかとても気持ちよくシュートできた。


「どう?全部自分でしなくてもいいんだよ。仲間に頼ってもいいんだ」


緋色の優しい言葉に、焔は小さく頷いた。


「緋色先輩のパス...すごく取りやすかったです」


「それがチームプレーなんだ。君が得意なことに集中できるように、僕が君の得意なことを活かせるパスを送る。お互いの良いところを活かし合えば、もっと強くなれる」


二人の練習を見ていた他のメンバーたちも感心していた。


「緋色のパス、ほんとに上手くなったなー」 照が感心する。


「焔くんも、さっきより動きが良くなってる」 蒼も気づいていた。


みち先生も満足そうに見守っている。


(緋色くんも随分成長したわね。教える立場になって、また一回り大きくなった)


練習が終了し、部員たちが片付けを始める中、緋色が焔に声をかけた。


「焔、チームにはいろんな選手がいるからさ。みんなのこともっと知ってみたら?もっと凄いことができるかも!」


焔は一瞬困惑した表情を見せたが、緋色の真剣な眼差しに何かを感じ取る。


さっきのパス練習で感じた、あの新鮮で気持ちの良い感覚をもう一度体験してみたかった。


「...はい!緋色先輩。僕に、チームで戦うことを教えてください」


青い人工芝に夕日が差し込む中、新しい指導関係が生まれていた。


焔の才能と、緋色の経験。二つが組み合わさることで、きっと新しい何かが生まれる。


そんな予感を抱きながら、成磐中ホッケー部の新しい挑戦が始まろうとしていた。

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