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緋色のスティック  作者: ぱっち8
第5章
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第36話「新しい火」


冷たい空気にわずかな春の香りが混じる三月下旬。

岡山の朝はまだ肌寒いが、成磐中ホッケー部のグラウンドには、いつもより早く新しい風が吹いていた。


今日は「小学生向け部活紹介」の日。


毎年恒例のこのイベントで、地元の小学6年生たちが気になる中学のクラブを見学し、先輩たちの実演や練習を体験できる。


だがこの日、主将の照と塁斗、蒼をはじめとする2年生たちの話題は、ある一人の小学生に集中していた。


「今日、ものすごいヤツ来るらしいぞ」


「なんかU12に2年連続で選ばれた、親も代表経験者の超サラブレッドって噂らしいでー」


照が興奮気味に岡山弁で続ける。


岡山どころか全国でもその名を知られた天才ストライカーだという。


小学時代からU12日本代表として活躍し、春から成磐中に入学予定と聞いて、周囲の期待が高まっていた。


だがこの日、緋色だけは校内の委員会活動でグラウンドに不在。


そのため、緋色と「伝説の新人」との初対面は、すべてチームメイトからの"語り"の後で伝えられることになった。


---


部活紹介のため、普段より多くの保護者と小学生が集まった青い人工芝の上で、照と塁斗が模範となるパスやトラップを披露していく。


「みんな、ホッケーってこんなに面白いスポーツなんじゃで〜」


照の声が響く中、見学している小学生たちの目は輝いている。


中には既にスティックを握ったことのある子もいるようだ。


だが全員の視線が集まったのは、その後の「1対1の対人練習」だった。


中学生が小学生相手に楽しんでもらおうと企画した体験コーナー。


希望者が数名手を挙げる中、一人だけ全く別の空気を纏った少年がいた。


背は155cmほど。特別高くはないが、引き締まった身体と鋭い眼光が印象的だった。その目には、ただならぬ闘志が宿っている。


「あの子、なんか雰囲気が違うな...」


塁斗が小声で呟いた。


「じゃあ次の人、ちょっとやってみようでー」


照が軽い気持ちでボールをパスすると、その小学生は流れるようなスティックワークでボールをトラップした。その瞬間、空気が変わった。


「よっしゃ、いつでもええで...って、おっ??!」


照の表情が変わる。目の前の小学生の構えが、明らかに素人のそれではなかった。


その瞬間、少年が動いた。


3Dドリブル──ボールを空中に浮かせながら相手を抜き去るドリブルの高等技術を、まるで呼吸するように自然に繰り出す。


「なっ...!」


照が反応する間もなく、少年はあっという間に抜き去ってしまった。


「おいおい...まじかよ」


塁斗の驚いた声が響く。


「気を抜いてたとはいえ、照をあっさりと...」


その後、少年はGKの蒼とも対峙した。蒼は市長杯で大活躍の実力者だが──


「来い!」


蒼が身構える中、少年は迷いなくシュートモーションに入る。


ボールは小学生とは思えないくらいのスピードでゴール左隅のネットを揺らした。


「やば...」「何者?」「あんな小学生おる?」


グラウンドがざわつく。見ていた保護者からも感嘆の声が上がった。


「あのシュート、角度も威力も完璧やったぞ...」


「あの歳であれって…そりゃU12に選ばれるわ」


蒼がヘルメットを脱いで少年に近づく。


「君、どこでそんな技術を身につけたの?正直、僕たちでも簡単にはできないレベルだったよ」


少年は少し照れくさそうに笑った。


「えっと...お父さんも昔ホッケー選手だったので小さい頃からずっと一緒に練習してて。家でいろんなことを教えてもらいました。でも、今日は全部出し切ってないです」


その言葉に、塁斗や照の目が一層輝く。


「ほんとに面白いのが入ってきたな...」


照が呟いた。


---


放課後、委員会活動を終えた緋色が部室に戻ると、照と塁斗、蒼が興奮した様子で駆け寄ってきた。


「緋色、お前、今日の部活見とらんかったよな?ほんとにヤバいヤツ来てたぞ!」


「え...誰ですか?」


「あー、名前聞くの忘れとったーーー!体験に来てた小学生や!マジで天才!」


塁斗が身振り手振りで語り始める。


「いや、ほんと、3Dドリブルで照を一瞬で抜いたんだぞ?パスもトラップも上手だし、シュートの威力もエグかった。あれが1年...って思うとまじで楽しみだわ」


「そのシュートがなーー、角度もコースもすごかった」


「塁斗でも止められるかわからんくらいのコースと威力じゃったで」 照も興奮気味に続ける。


「小学生であのシュートは想定外だったなぁ。技術もそうだけど、メンタル面もすごそうだよ」 蒼も頷く。


「今年は面白くなりそうじゃなーーー!」


照の声にチーム全体の期待感が込められている。


「そんなにすごいの?」


緋色は胸を高鳴らせた。


「すごいなんてもんじゃない。俺たちの1年の時よりもずっと上のレベルにいる」


塁斗の真剣な表情に、緋色の心に小さな焦りと大きな期待が芽生える。





---




春休みが終わり、成磐中は新年度を迎えた。


入学式が終わり、仮入部初日。部室には期待に胸を膨らませた新入生たちが顔を出し、例年になく賑やかな雰囲気に包まれる。


「今年は5人も入部希望者がいるのね」


みち先生の嬉しそうな声が響く。


「そのうち3人はホッケー経験者、2人は他競技からの転向組です。みんな、とても意欲的よ」


そんな中、真新しいジャージ姿で現れたのが噂の少年だった。


グラウンドに足を踏み入れると、その場の空気が引き締まる。他の新入生たちも、彼の纏う雰囲気に何かを感じ取ったようだった。


「今日から入部する皆さんに自己紹介してもらいましょう」


みち先生の提案で自己紹介が始まった。


他の新入生たちが緊張しながら名前を名乗る中、最後にその少年が前に出る。


「今日からお世話になります、駿河するが ほむらです!」


はっきりとした声がグラウンドに響いた。2年生たちの顔に「あの時の!」という認識の光が浮かぶ。


「焔...かっこいい名前じゃなー」


照が感心したように呟く。


「こいつ、マジですげぇから、みんな気合い入れろよ!」


照の一言に、新入生も2年生も引き締まった表情を見せた。


緋色は焔に近づいた。


「君がみんなが噂してた子なんだね。駿河くん、よろしくね」


焔は一瞬緊張した様子を見せたが、すぐに笑顔を返す。


「こちらこそ、よろしくお願いします。えっと...先輩のお名前は?」


相原あいはら 緋色ひいろ。みんなからは緋色って呼ばれてる。」


「はい、緋色先輩!僕のことは焔って呼んでください!」


その時、焔がふいに前に出て、集まった部員たち全員を見渡す。


「皆さん、聞いてください!」


突然の発言に、全員の視線が焔に集まった。


「俺は...」


一瞬、「俺は」と言いかけて言い直す。


「僕は絶対、日本一のストライカーになります!そして、この成磐中を全国制覇に導きます!」


その言葉は小さな体からは想像できないほどの強い自信と決意に満ちていた。


部員たちが驚きながらも、その堂々とした宣言に期待感が広がる。みち先生も感心したような表情を浮かべている。


「おおー、頼もしいな」


塁斗が拍手すると、他の部員たちもそれに続いた。


緋色はその背中を見つめながら、胸の奥で何かが燃え上がるのを感じていた。


負けられないなぁ...


そう思うと同時に、この新しい仲間と一緒なら、本当にすごいチームが作れるかもしれない。そんな期待も膨らんでいた。


春の風が青い人工芝を渡っていく。


新たな物語の始まりだった──。


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