第34話「ベスト4」
午前9時
市長杯準決勝の会場に、成磐中ホッケー部の面々が到着した。
青い人工芝に朝露がきらめく中、緋色は深呼吸をする。
今日の相手は松山東中。
四国合宿で戦った、あの強豪チームだった。
「照くんはベンチには入るけど、足首の状態を考えると出場は難しいわね」
みち先生の言葉に、照がベンチで悔しそうに唇を噛む。
「すまんなー、みんな。この大事な時に足を引っ張って...」
「照先輩、そんなことないです!」緋色がきっぱりと言う。
「僕たちが照先輩の分まで頑張ります」
塁斗と蒼も力強く頷く。
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主審の笛が鳴り、準決勝が始まった。
しかし、緋色はすぐに違和感を覚えた。
いつものように深呼吸をして心を落ち着けても、視界の隅で青い光がうまく見えない。
(おかしい...いつもなら見えるはずなのに)
照がいない。
いつものように攻撃の起点となってくれる頼もしい存在がピッチにいない。
その現実が、緋色の感覚を狂わせているようだった。
「緋色、落ち着け!」
塁斗の声に我に返る。
松山東中の攻撃が迫っていた。
成磐中は必死に守る。
塁斗、蒼、そして緋色も守備に回って、チーム一丸となって松山東中の攻撃を凌ぐ。
第1クォーター、第2クォーター、そして第3クォーターまで、スコアは0-0のまま推移した。
(みんな、よく守っとる!!...だが攻撃が...!)
照は唇をかみしめながら試合を見ていた。
照は仲間たちの必死な姿に胸が熱くなった。
自分がいなくても、こうやってチーム全体で戦えている。
しかし第4クォーター、松山東中がPCを獲得した。
「……いつものセットプレーじゃないぞ、気をつけろ!」
照先輩がベンチから叫ぶ。
だが、松山東中が見せたのは、今まで見たことのないトリックプレーだった。
フェイントを織り交ぜた巧妙な崩しから、予想外の角度でのタッチシュート。
蒼が懸命に手を伸ばすが、ボールはゴールネットを揺らした。
1-0。
「くそ...やられた」
塁斗が悔しそうに呟く。
緋色も唇を噛んだ。
残り時間で必死に攻めるが、松山東中の守備は固く、同点ゴールは生まれなかった。
試合終了のホーンが鳴る。
1-0
松山東中の勝利。
ベスト4で成磐中の市長杯は終わった。
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市長杯の結果発表が行われた。
「優勝、出雲帝陵中学校!」
会場に大きな拍手が響く。
表彰式で表彰される神門颯真の姿を、緋色はじっと見つめていた。
(さすがだな...やっぱり強い)
そして、青刃中の結果も耳に入ってきた。
ベスト8で出雲帝陵中に4-1で敗戦したという。
(藍人くんたちも颯真と戦ったんだ...)
緋色の胸に、新たな想いが芽生える。
(次は...次はみんなと一緒に、颯真と戦うんだ)
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その夜の発端は、試合後にえみが言った一言だった。
「ひいろくん、お疲れ様!みんなで(家族同士で)お疲れ様会しない?」
えみの提案に、みっちゃんが目を輝かせる。
「そうさー!それなら照くんも塁斗くんも蒼くんも呼んじゃうよー!せっかくだから藍人くんも天音くんも、えみちゃんのご家族も、みーんな呼んじゃうさー!BBQするよー!」
「あ、...みっちゃん!!」
けいが慌てるが、緋色の顔がみるみる明るくなっているのを見て、ため息をつく。
「えみちゃんは(多分家族同士で)...って、だめか...」
けいは諦めた表情でえみを見た。
えみも内心では(家族同士がよかったけど...でもみんなと一緒も楽しそう♪)と思いながら
「ふふっ♪ みんなでも楽しそう!」とけいに微笑んだ。
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夜7時。
相原家の庭は前代未聞の大宴会と化していた。
巧真とけいが慌ててBBQセットを準備し、みっちゃんが沖縄料理を振る舞う。
えみの両親も手料理を持参してくれて、藍人と天音の両親もビールやジュースを差し入れてくれた。
「いやー、いつも息子がお世話になっております」
藍人の父親が巧真と握手を交わす。
「こちらこそ。藍人くんにはいつも良い刺激をもらっているみたいで」
「緋色くんは本当に急成長よね!今日の試合もすごかったわ!」
天音の母親がけいと談笑している。
庭の一角では、選手たちが輪になっていた。
「ベスト4、すげぇじゃん!」
天音が興奮気味に言う。
「でも悔しいな...もう少しだったのに」
塁斗が呟く。
「まあ、松山東中は強いですからね。僕たちも練習試合で負けてるし」
藍人が冷静に分析する。
「そうじゃなー。でも俺たちも確実に強くなっとるけぇな!!」
照が松葉杖を振り回し言う。
「でも僕たち、よく頑張ったよね!」
蒼が安堵の表情を見せる。
「ふふっ♪ ひいろくん、今日のプレー本当にかっこよかった!みんなを信じて最後まで戦ってたって感じ♪ 」
えみの言葉に、緋色の頬が少し赤くなる。
「みんながいたから頑張れたんだ」
みんながわいわいと話に花を咲かせ、どんちゃん騒ぎになってきた頃、緋色が席を立った。
「ちょっと水を汲んでくるね」
キッチンに向かうと父、巧真がそこにはいた。
「お父さん?」
二人だけの静かな空間で、巧真がぽつりと言った。
「よくあの時、全体を見て、自分だけでいくんじゃなくちゃんと周りを頼れたな。よく頑張った。」
緋色の目が見開かれる。
「お父さん...見に来てくれてたの?」
「ああ。仕事だったが、どうしても気になってな」
巧真の表情が、いつもより穏やかだった。
「
緋色、お前は確実に成長しているよ。技術もだが、それ以上に心が強くなったな」
「お父さん...」
緋色の胸が熱くなる。
父に認められた喜びと、もっと頑張ろうという新たな決意が湧き上がってくる。
「来年は、もっと良いチームになる。お前が中心になって、みんなを引っ張っていけたらいいな」
「うん!!」
緋色の返事は、力強く響いた。
庭に戻ると、天音が立ち上がっていた。
「みんなー!聞いてくれーーー!」
BBQを囲む全員の視線が天音に集まる。
「今日、俺たちは颯真に負けた!緋色たちも松山東中に負けた!でもさ、俺たちめちゃくちゃ強くなってるじゃん!」
天音の大きな声が庭に響く。
「来年、俺たちは絶対に負けねー!颯真にも、どんな相手にも!」
「そうだね」
藍人も穏やかに微笑む。
「あたりめぇじゃぁぁぁ!」
照も松葉杖を掲げる。
「今度は負けない!」
緋色の声が夜空に響いた。
相原家の庭に、力強い声が響き渡った。
親たちも微笑みながら、子供たちの成長を見守っている。
市長杯ベスト4。
この結果は、緋色たちにとって大きな自信と、来年への強い決意をもたらしてくれた。
(次は...次こそは、みんなと一緒に、必ず颯真を倒す)
緋色の心に、来年への熱い想いが燃え上がっていた。
そして相原家の温かい夜は、みんなの笑い声と決意の言葉に包まれて、静かに更けていくのだった。