第31話「リベンジマッチ」
市長杯2日目 準々決勝の朝。
成磐中のテントには、これまでとは違う落ち着いた空気が流れていた。
「今日の相手は、シューティングレイヴ広島」
みち先生が戦術ボードを出し、選手たちに向き合った。
「みんな忘れてないと思うけど、中国大会で1-7で負けた相手よ」
緋色の脳裏に、あの屈辱的な記憶が蘇る。
前半1-0でリードしていたあの試合。
後半に堂島迅ら主力が投入された瞬間、成磐中の守備は完全に崩壊した。
「でも...」
みち先生の声が、緋色の回想を現実に引き戻した。
「あの時の私たちと、今の私たちは違います」
みち先生の言葉に、選手たちの表情が引き締まった。
「緋色くん、あの時何が足りなかったと思う?」
突然名前を呼ばれ、緋色は少し驚いた。
でも、答えははっきりしていた。
「個人の力だけで勝とうとしていました」
「そうね。照くんも、蒼くんも、塁斗くんも。皆さんは技術的に大きく成長しました。でも一番大切なのは?」
「チームとして...みんなで戦うことです!」
緋色の答えに、みち先生が微笑んだ。
「その通りです。今日は、皆さんがチームとして成長した姿を見せましょう!」
みち先生が戦術ボードを全員に向ける。
「この試合はまず守備。広島の攻撃、3年生が残り特に堂島迅選手への対応は必須よ」
ボードに描かれた図を指しながら説明が続く。
「彼らの個人技は確かに優秀です。でも、一人で全てを止める必要はないのよ」
「一人目は相手の進路を限定。どちらかのサイドに追い込む役割。できれば私たちの右サイドね。」
「二人目がタイミングを見てカバーリングして蓋をして囲みましょう」
「そして塁斗くん。もし2人が抜かれてもしっかりとフォローしてあげて」
塁斗が真剣な表情で頷いた。
「最後に蒼くん。DFがきっとコースを限定してくれるから、あなたの実力なら相手のシュートコースは読めると思う。思い切ってセーブに行きましょう」
蒼の表情が、これまでとは違う力強さを見せていた。
「ここ最近はずっと足を引っ張ってばっかだった…。僕も...僕も成長した姿を見せてやる!」
みち先生が蒼の静かな決意に微笑んだ。
「そして攻撃については」
みち先生が再びボードにさす。
「照くんの個人技で相手を引きつけて、緋色くんのパスで数的優位を作る」
「常に2対1、3対1の状況を作り続けることが目標です」
「俺次第ってことじゃなー、まかせろーー!!」
照が気合を入れる。
「緋色、お前のパスを信じとるけんな!俺の動きに合わせて思い切ってパスを出せよー」
緋色は照の言葉に、胸の奥が熱くなるのを感じた。
「はい!僕も、皆さんを信じてパスを出します」
そう答えながら、緋色は自分の中に静かな確信があることに気づいた。
青い光の感覚は、もう個人技のためのものではない。
仲間との絆を確認し、最適な連携を生み出すためのもの。
中国大会の時とは、まったく違う心境の自分がここにいた。
「よし、準備はいいか?」
塁斗が実質的なキャプテンとして声をかける。
全員が「はい!」と答えた。
ベンチに向かうとき、緋色はもう一度チームメイトの顔を見回した。
蒼の力強い眼差し。
照先輩の燃え上がる闘志。
塁斗先輩の冷静な判断力。
(今度は見失わない。自分を...みんなを信じるんだ)
青い人工芝のピッチに足を踏み入れた瞬間、観客席から大きな声援が聞こえてきた。
相手ベンチを見ると、懐かしい黄色と黒のユニフォームが目に入った。
シューティングレイヴ広島。
そして、その中に堂島 迅の姿があった。
あの圧倒的な存在感は、数か月前と何も変わっていない。
でも今の緋色には、恐怖よりも期待の方が大きかった。
(今の僕たちなら、きっと)
主審が笛を口に当てる。
選手たちが、それぞれのポジションについた。
緋色は深呼吸をして、心を落ち着かせる。
すると、視界の隅で静かな青い光がゆらめいているのが見えた。
でも今回は、その光は自分一人のものではなく、仲間たちとの絆を表しているように感じられた。
「ピーーー!」
リベンジマッチの始まりを告げるホイッスルが、会場に響き渡った。
ーーー
第1クォーター
試合開始と同時に、シューティングレイヴ広島が攻撃を開始した。
しかし、成磐中の選手たちには動揺がなかった。
「来るぞ!」
塁斗の声が響く。
広島の2年生FW・矢吹 獅琉が鋭いドリブルを仕掛けてきた。
まさに、みち先生が説明した通りの展開だった。
最前線の成磐中のFWが、矢吹に抜かれないように右サイドに追い込む。
「よしっしゃ、ええぞ!」
照の声が飛ぶ。
矢吹が無理やり中央突破したところを塁斗がブロックに入りプレッシャーをかけた。
「くそっ」
矢吹が慌てて強引にシュートを放つが、ボールが蒼に向かって飛んだ瞬間—
「任せろっ」
蒼が力強く声を上げながら、完璧にセーブした。
「ナイスキー、蒼!」
緋色が思わず叫んだ。
蒼の表情には、これまでとは違う自信が宿っていた。
その3分後、今度は広島の3年生MF・江坂 颯斗が精密なドリブルから決定的なチャンスを作り出した。
しかし再び蒼が立ちふさがる。
1対1になるが冷静にスライディングでシュートをブロックしにいく。
「今度も止めてみせる!」
蒼が大胆なスライディングセーブを成功させシュートを弾き出した。
「蒼くん、すごいじゃない!」
ベンチからみち先生の声が聞こえる。
第1クォーター中盤
何度か危険な場面を回避した成磐中に、攻撃のチャンスが訪れた。
緋色が深呼吸し全体を見る。
ハーフライン付近でボール持つ照を見つめる。
すると、視界の隅で青い光が静かに輝きだしラインが繋がっていく―――
でも今回は、その光が照だけでなく、チーム全体を繋いでいるように感じられた。
「照先輩!!」
緋色が照と目を合わす。
緋色が照からパスを受け、照は相手DF一人の隙をついて裏へ抜け出す。
その瞬間、緋色の視界に新たなパスコースが青く光った。
(ここだ...!!!!)
フリーになった塁斗へ横パスを出し、すかさず指示を出す。
「塁斗先輩!」
緋色と目の合った塁斗は完璧なタイミングで照にスルーパスを出す。
照はトラップせず、そのままワンタッチでシュートを放つ。
ボールが相手GKの脇を抜けて、ゴールネットを揺らした。
「ゴール!!」
1-0
「やったぞ!」
照が駆け寄ってくる。
「緋色、今の流れ最高じゃったがん!」
「塁斗先輩のパスが完璧でした」
緋色は素直に答えた。
青い光の感覚で見えたのは、自分一人ではなく、味方の動きも含めた得点の道だった。
それから数分後、広島が本格的な反撃を開始した。
今度は主力の一人である3年生FW・狩谷 昴、個人技でゴールに迫ってきた。
成磐中のDFライン二人がかりで対応するも、狩谷の技術は高く、最後は難しい体制でも強烈なシュートを放ってきた。
「これは決まったか—」
観客席からそんな声が聞こえた瞬間。
(絶対に止める!!)
「させるかぁぁぁぁっ!!」
蒼が渾身の超絶反応を見せダイビングセーブ。
ボールが蒼のスティックに触れて、ゴールポストに当たって跳ね返った。
会場が「おおおお!」という歓声に包まれる。
「蒼、すげぇセーブじゃーーーー!!」
照が興奮して叫ぶ。
蒼が立ち上がりながら、チームメイトに向かって力強くスティックを突き上げた。
「僕はこのチームの最後の砦なんだ!絶対止めてやる! みんなで勝とう!!」
蒼のチームを鼓舞する声で、成磐中の選手全員の表情が変わった。
緋色の胸にも、熱いものが込み上げてきた。
(蒼が、こんなに気迫を前面に...)
第1クォーター終了間際
広島がPCから最後の攻撃を仕掛けてきた。
混戦の中からこぼれ球が蒼の正面に転がってきた瞬間、広島のFWが詰めてくる。
「危ない!」
でも蒼は慌てることなく、冷静にボールをクリアした。
「ナイスクリア、蒼!」
塁斗が駆け寄ってくる。
第1クォーター終了のホーンが響いた。
1-0で成磐中がリード。
ベンチに戻る途中、緋色は蒼の背中を見つめていた。
あの控えめだった同級生が、今日は誰よりも頼もしく見えた。
「蒼、今日のセーブは本当にすごいよ」
「ありがとう!でも、まだ始まったばかりだ」
蒼の表情には、これまでにない自信と闘志が宿っていた。
「第2クォーターも、僕がゴールを守る。みんなは思い切って攻めてくれ」
その言葉に、チーム全体の雰囲気がさらに引き締まった。
観客席では、けいとみっちゃんが息子の成長を見守っていた。
「なんだかとっても良いチームになったねー」
「そうね。みんなが支え合ってる」
一方、広島のベンチでは、堂島迅が静かに立ち上がっていた。
「第2クォーターから、俺も出る」
堂島の言葉に、広島の選手たちの表情が引き締まった。
真の勝負は、これから始まろうとしていた。