第30話「砦攻略」
市長杯トーナメント1回戦。
成磐中の相手は鹿児島県代表・涌陽中学校。
「赤白の縦縞ユニフォーム、かっこいいですね」
蒼が率直な感想を口にする中、緋色は相手チームのアップを見つめていた。
特に目を引くのは、背の高い1年生の選手だった。
「あの選手、1年生らしいけどものすごく落ち着いてますね」
緋色の視線の先にいるのは、藍・ウォール・功多。
イギリス人ハーフの端正な顔立ちだが、仲間との会話ではしっかりとした日本語を使う。
「遠慮せずにやろう!せっかくの決勝トーナメント、思い切っていこう!」
功多の声が人工芝に響く。その声に、チームメイトたちが「おう!」と力強く応える。
「見た目とのギャップがすごいな」
照が苦笑いを浮かべる。
みち先生がパンフレットに目を通しながら説明する。
「涌陽中は守備的なチームみたいね。特にあの功多選手は、U12の日本代表経験もある実力者らしいわ。この試合も簡単にはいかないわね」
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審判の笛が響き、試合開始。
涌陽中のフォーメーションは特殊だった。GK1、DF3、FW2。中盤を完全に省略した布陣。
「あれ真ん中がいない...?」
緋色は困惑した。
そして中央DFに位置する功多の守備範囲の広さに、すぐに気づくことになる。
緋色がボールを持って中央を突破しようとすると、瞬時に功多が現れる。
「うっ!」
腕の長さを生かしたスティックワーク、ボールへの寄せの判断の速さ。
全てが1年生のレベルを超えていた。
照がサイドから仕掛けても、功多が即座にカバーに入る。
塁斗が中央からパスを出そうとしても、功多が読んでインターセプト。
「あの選手、一人で中央全部を守ってる...」
蒼の呟きが的確に状況を表していた。
一方、涌陽中の攻撃は分かりやすかった。
功多が奪ったボールを、スクープパスか強烈なヒットで前線のFW2人に供給。
シンプルだが効果的だった。
第1クォーター中盤
涌陽中にPCのチャンスが生まれる。
シューターの位置には功多。
彼の構えを見た瞬間、緋色の背筋に緊張が走った。
「シュバッ!!」
美しいフォームから放たれたフリックは、蒼の予想を上回る威力とコースを描き、ゴール左隅に突き刺さった。
「くそ、やられた...」
蒼が悔しそうに呟く。
功多のフリックは、それくらい完璧コースだった。
第1クォーター終了のホイッスル。
1-0で涌陽中がリードしていた。
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1分間の休憩時間。
みち先生が照に近づく。
「照くん、気づいてる?」
「あの背の高い1年が守備を全部やってるってことっすか?」
「そう。多分涌陽中は彼一人にかなり依存したチームだと思うわ。だから、彼を...」
みち先生の目が鋭く光る。
「よし、あなたの役割を少し変えるわ。あの子の視界に入り続けて彼をもっと走らせてみましょう。」
照は作戦の意図を感じ取り、笑って答えた。
「そうゆう事ね、おーーーーけぇーーーーいっ!!」
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第2クォーター
照のプレースタイルが変わった。
ボールを持つと、積極的に功多に仕掛ける。
一対一で勝負をしたり、功多の視界に入り続け動かすことを主眼にした。
外に引っ張り出し、中に戻し、また外へ。
功多は照の動きに合わせて、懸命にカバーし続ける。
「はあ、はあ...」
第2クォーター終了のホイッスル。
スコアは依然として1-0のまま。
功多の呼吸が少し荒くなり、照の「功多走らせ作戦」は確実に効いていた。
功多の動きに、わずかだが重さが見え始めている。
ハーフタイム。
みち先生がベンチで選手たちを集める。
その表情には、確信に満ちた光があった。
「みんな、よく頑張ってるわ。特に照くん、狙い通りね」
「でも、まだ点が入らんのじゃけど...」
照が歯がゆそうに呟く。
「大丈夫。あの功多選手、確実に疲れてきてる。見てごらん」
みち先生が涌陽中のベンチをみた。
功多は水を飲みながら、深く下を見て息をついていた。
「1年生が一人でフィールド全体をカバーするのは、どんなに能力が高くても限界があるの」
緋色が不安そうに口を開く。
「でも、功多選手の守備力はすごくて...」
「そうね。だから第3クォーターまで、もう少し我慢しましょう。照くん、引き続き走らせて。そして第4クォーター...」
みち先生の目が鋭く光る。
「その時がきたら、みんなで攻める。功多選手の体力が落ちた時が、私たちのチャンスよ」
塁斗が頷く。
「分かりました、後半で決めましょう」
「おう、楽しみじゃ!」
照の表情に闘志が宿る。
緋色も深呼吸して気持ちを整える。
青い光で仲間との連携を深める時が必ず来る。
第3クォーター開始
照の動きがさらに激しくなった。
功多を左に誘い、右に戻し、また左へ。
動きの速い照を味方に任せる判断ができず、功多は照をマークし続ける。
功多は必死についていこうとするが、明らかに足取りが重くなっていた。
「うっ…やばい...!」
一瞬、功多の反応が遅れる。
しかし、持ち前の技術でなんとかボールを奪い返す。
ベンチからみち先生が観察する。
(やっぱりね。あの子、相当疲れてる。でも、まだ技術でカバーできてる。やっぱり第4クォーターが勝負になりそう)
第3クォーター中盤
緋色がドリブルで仕掛けた時のこと。
功多のカバーが、いつもより半歩遅れた。
「今だ!」
緋色はシュートを放つが、功多のスティックに当たり防がれる。
「くそ、惜しい...」
でも緋色は感じていた。
功多の守備に、確実に隙が生まれ始めている。
涌陽中のベンチでは、監督が心配そうに功多を見つめていた。
「功多、大丈夫か?」
「はい...任せてください……!」
功多は歯を食いしばって答える。
しかし、その額には大粒の汗が浮かんでいた。
第3クォーター終了間際
スコアは変わらず1-0。
しかし、試合の流れは確実に変わり始めていた。
その時、みち先生が声をかける。
「照くん、そろそろ!!」
みち先生の表情は自信に満ちていた。
照は笑い、緋色に声をかけた。
「塁斗、緋色ーーーー!!いくぞーーーっ!」
緋色が首を振り全体を見渡すと塁斗がやや中央にズレ、照が右サイドに動き、功多を引っ張り出した位置に気付く。
照を追う功多は疲労を押して、インターセプトを狙っていた。
照、塁斗が時間を作る合間に深呼吸した緋色はその瞬間を見逃さなかった。
青い光が仲間の位置と最適なパスのルートを浮かび上がらせる。
(照先輩がハーフラインまで戻り...塁斗先輩がやや中央にズレてきている...)
緋色は中央から右サイドの照にパス送る。
照はハーフラインで受けると、すぐに塁斗に返す。
塁斗から逆サイドへの展開パス。
青い光がラインとなり繋がり始める。
緋色が外で受ける頃には、功多はまだ反対サイドにいた。
その瞬間、照が急加速しサークルに侵入する。
「ここだ!」
緋色からラストパスをサークルトップで受けた照が、功多をスピードで引き離してゴールをねらう。
「ゴッ」
照のリバースシュートがゴールネットを揺らした。
「よっしゃ――――狙い通り!」
ベンチから歓声が上がる。
1-1の同点。
功多が悔しそうに地面を叩いた。
しかし、その表情には諦めではなく、次への意欲が宿っていた。
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最終クォーター
功多の疲労は明らかだった。
照のスピードについていくことが難しくなり、守備範囲に穴が生まれ始める。
「隙が出始めた…!」
塁斗が左サイドでボールを持った。
力強いドリブルで相手DFを抜き去り、ゴール前にセンタリングを上げる。
功多が必死にカバーに入ろうとしたが、照のスピードには追いつけない。
塁斗の強烈なセンタリングに、照がタッチシュートを合わせた。
「ゴォーン!」
2-1。
絶妙な角度から放たれたタッチシュートはポストに当たりゴールに吸い込まれた。
成磐中の逆転ゴール。
功多は膝に手をついて息を荒げていた。
能力が高いがために全てやろうとしてしまう事、1年生が一人でチームを支えるには限界がある。1人のスーパーなプレーヤー“だけ”では勝てないことを身をもって体験していた。
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試合終了のホーンがなる。
緋色は功多のもとに歩み寄った。
「すごかった。一人であれだけ守れるなんて」
功多は顔を上げ、緋色を見つめた。
「あんたたちも...すごかった。特にあん時のパス回し、やばかった」
そう話す功多の表情には、悔しさと同時に相手への敬意が込められていた。
「また全国で会えたら、今度は負けん」
「僕も、もっと強くなってるよ!」
二人は固く握手を交わした。
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「お疲れ様でした」
みち先生が選手たちを労う。
「今回の試合で分かったことがあるわね。個人の力だけでは限界がある。でも、チーム全体で戦えば、どんな強い相手でも攻略できる」
緋色は青い光で仲間との連携を深めた同点ゴール、照と塁斗の2年生コンビが決めた逆転ゴールを思い返した。
(僕一人じゃできないことも、みんなとなら...)
次は準々決勝。
勝ち上がってきたシューティングレイヴ広島との、中国大会のリベンジマッチが待っていた。
緋色の胸に、新たな自信が芽生えていた。