第29話「仲間を信じて」
2時間のインターバルが過ぎ、午後の陽射しが青い人工芝を照らしていた。
Eブロック第2戦、長崎県 海風中学校との対戦。
「みんな、準備はええかー?」
照の声に、成磐中のメンバーが頷いた。
京都府の朱雀中戦とは違い、相手チームのアップを見ているだけで、その真摯な姿勢が伝わってくる。
みんなが大きな声をかけ、一人一人が集中してパス練習を繰り返している。
「あのチーム、雰囲気が良いな」
塁斗が呟いた。
「なんというか...すごく真面目な感じがしますね」
緋色も同感だった。
長崎海風中の選手たちからは、ホッケーに対する純粋な情熱が感じられた。
「よし、今度も頑張るぞー!絶対勝ぁぁぁつ!!」
照の掛け声で、成磐中のメンバーがピッチに入った。
相手チームの選手たちが、一人ずつ丁寧に挨拶をしてくる。
「よろしくお願いします」
「お互い、良い試合にしましょう」
その言葉に嘘はなく、本当に良い試合を望んでいることが分かった。
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主審の笛が鳴り響き、試合開始。
長崎県の海風中は開始直後から、堅実なパス回しを見せてきた。
無理な攻撃はせず、確実にボールを繋いでいく。
「うわ、パスが正確だな」
蒼が感心した。
一人一人の基本技術が非常に高く、ミスがほとんどない。
緋色は相手の動きを観察しながら、青い光の感覚を研ぎ澄ませた。
すると—
(あの選手、左に回り込んでパスを出そうとしてる)
(今度は中央の選手が前に出たがってる)
相手選手たちの心が、手に取るように分かった。
朱雀中の時とは違い、長崎の選手たちは嘘や隠し事がとても少ない。
考えていることが、そのまま表情や動きに現れている。
「照先輩、左の選手が回り込んできそうです」
緋色の指示に、照が素早く対応した。
「塁斗先輩、中央からドリブルで次くるかもです」
塁斗も的確にポジションを変えて対応する。
海風中の選手たちは困惑していた。
「なんで全部読まれてるんだ...」
「なんで作戦がバレてる?」
でも、彼らは諦めなかった。
「大丈夫、やってきたことを信じて基本通りにやろう」
「みんなでカバーし合えば、必ず道は開ける」
長崎のキャプテンの声掛けで選手たちは、読まれてもなお堅実なプレーを続けた。
第1クォーター中盤
長崎海風中が見事な連携を見せた。
右サイドで3人のプレーヤーが三角形を作り絶妙な距離感を保ちながら、パスを繋いでいく。
緋色は相手の意図を読めていたが、それでも選択肢が多すぎて簡単には止められなかった。
「なんてチームワークだ」
塁斗が舌を巻いた。
「一人一人は読めてるのに、連携しだすと止めるのが難しい。みんなが周りのために走り出す」
海風中のシュートが、蒼のスーパーセーブで阻まれる。
「あぶねー!」
「ナイス、蒼!」
前半2クォーターに入っても、お互いに譲らない激しい攻防が続いた。
海風中は正統派の堅実なプレーで成磐中を苦しめ、成磐中は緋色の読みを活かして相手を封じ込める。
しかし、なかなか決定打が生まれない。
前半終了時、スコアは0-0だった。
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ベンチに戻った成磐中の選手たち。
「緋色、読みがさえてるね!」
蒼が興奮気味に言った。
「相手の動き全部分かってるみたいだった」
緋色は頷いたが、照は違った。
「おい緋色ーーーーぅ。」
照が真剣な表情で口を開いた。
「お前、また頭の中だけで考えとるじゃろ?」
「えっ?」
「俺たちのこと信じてパス出せよ。自信もって!」
照は緋色の肩を叩いた。
「任せとけ、俺が決めてきちゃるけん!お前はもっと仲間を信頼していいんじゃで!」
緋色はハッとした。
そうだ。またあの光の感覚に頼りすぎていた。
相手を読むことばかりに集中して、光ばっかりを気にして仲間との連携を疎かにしていた。
「照先輩...」
「お前の読みは確かにすげぇ。めっちゃすげぇ。できるなら俺もやりてぇ。。。でもな!それを活かすのは俺たちとのチームプレーじゃ」
塁斗も頷いた。
「そうだ。みんなでホッケーしようぜ!それがチームってもんだろ」
緋色は深呼吸した。
(そうだ。僕一人の力じゃない)
(仲間を信じて、練習で身につけたことを使おう)
みち先生も微笑んでいた。
「緋色くん、あなたの能力は素晴らしいけれど、それを活かすのはチーム全体よ。みんながあなたのパスを待ってるわ。」
後半戦への新たな決意が、緋色の胸に宿った。
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第3クォーター
緋色のプレーが変わった。
青い光の感覚が見えていても、まずは基本的な観察と判断に集中した。
全体の動きをみて、敵の動きや仲間との連携を確認する。
「塁斗先輩、そのままのポジションで大丈夫です。マークしっかり!」
「照先輩、僕がボールを持ったら、スペースに走りってほしいです!」
緋色のポジションが自然と中央になり、言葉に、プレーに、チーム全体のリズムを作り始めていた。
海風中も、成磐中の変化に戸惑っていた。
「あれ…?さっきまでと動きが全然違うぞ」
「でも油断するな。基本通りにいこう」
第3クォーター中盤
成磐中にチャンスが訪れた。
緋色が首を振り全体を見る。ボールを受ける前の一瞬。照と目が合った。
照が絶妙なタイミングで走り出した。
その時—
青い光がかすかに見えた。
緋色と照をつなぐきれいな青いラインーーー
でも今度は違う。
能力に頼るためじゃない。
照の「今だ」という気持ちが、青い光として見えたのだ。
緋色は迷わずパスを出した。
完璧なタイミング。
照が見事にゴールを決めた。
1-0。
「きたきたきたぁーーーーーー!!!!!」
照が緋色のもとに駆け寄ってきた。
「今のパス、完璧じゃったぞ!」
緋色は微笑んだ。
能力を使ったが、それは仲間を信頼した結果だった。
青い光は、照との絆を確認するために見えたのだ。
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海風中は最後まで諦めなかった。
1点のビハインドを背負いながらも、5人全員が5人全員のためにカバーし、走り続ける。
第4クォーター終了間際
海風中に決定的なチャンスが訪れた。
しかし、緋色の絶妙なポジショニングと塁斗の完璧な2人での守備で阻まれる。
ホイッスルが鳴り響いた。
1-0で成磐中の勝利。
両チームの選手が握手を交わす中、街田コーチがみち先生のもとにやってきた。
「みちちゃん、本当に良いチームね」
「ゆのちゃんのチームもよ。最後までチームのために諦めない姿勢、素晴らしかった」
街田コーチが緋色を見つめた。
「8番の子、後半は見違えるようだったわ。仲間への信頼と持ってる技術、両方を使いこなしてる」
緋色は深く頭を下げた。
「ありがとうございました」
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Eブロックの結果は、成磐中が2勝でブロック1位、長崎の海風中が1勝1敗で2位。
両チームがトーナメント進出を決めた。
「よっしゃー!決勝トーナメント進出じゃ!」
照が拳を上げた。
緋色の表情は清々しかった。
今度は能力に頼りすぎることなく、チーム全体で勝ち取った勝利だった。
夕方、トーナメント1回戦の組み合わせが発表された。
成磐中の相手は、Dブロック2位通過のチーム。
そして—
Gブロック1位として勝ち上がってきたのは、シューティングレイヴ広島だった。
「ついに...」
緋色の胸が高鳴った。
中国大会で1-7という屈辱的敗戦を喫した相手。
この大会は1,2年生主体の大会だが、広島はチーム事情で堂島迅含む3年生が数人参加している。
全国レベルのエースが残っているチーム。
決勝トーナメント1回戦を勝てれば、準々決勝で対戦することになる。
「今度こそ!この前のリベンジじゃな…!!」
照が静かに呟いた。
緋色は青い空を見上げた。
仲間を信頼し、能力も適切に使える今の自分なら、きっと違う結果を出せるはず。
まずは夕方からの決勝トーナメント1回戦突破だ!
市長杯1日目の最後の戦いが、間もなく始まろうとしていた。