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緋色のスティック  作者: ぱっち8
第4章
28/74

第27話「見る目」

みっちゃんが岡山に来てから一週間が過ぎた。


「みっちゃん、今日は一緒に買い物に行きましょ?」


けいの提案で、三人は商店街に向かった。

秋の午後、商店街は買い物客で賑わっていた。


「あら、美味しそうな野菜ねー」

八百屋さんの前で、けいが立ち止まった。


「あの女性、すごく真剣に野菜を選んでるわね」

けいの目線の先には、30代くらいの女性が、キャベツを何個も手に取って確かめている姿があった。


「へー、料理が好きなんだね」

緋色が何気なく言った。


「、、、多分違うさー!」

みっちゃんが杖をコツンと地面に突いた。


「あの人、料理好きじゃないさー」


「えっ?」

緋色は驚いて女性を見直した。確かに野菜を真剣に選んでいるように見えるが...


「見てごらん、緋色。表情をよーく見るのよ~」


みっちゃんの指摘で、改めて女性を観察してみる。

確かに、何かに迷っているような、困ったような表情をしていた。


「実は料理初心者で、必死にどれがいい野菜なのか頑張って選んでるのよー」

みっちゃんがふふっと笑った。


「あんたの見方も面白いねー、緋色」


「私は全体的な動きから判断してたけど、みっちゃんは心の中をきっと見てるのね」

けいは笑いながらも感心したような表情だった。


「両方大切さー。でも緋色、これって特別なことじゃないのよ~?」


「えっ?」




三人は商店街を歩きながら、いろんな人を観察し続けた。

肉屋さんの前では、おじいさんが値段を気にしている様子。


けい:「これはきっと家族分の量を計算してるわね」


みっちゃん:「でも心配そうさー、きっと高いお肉選んでお財布と相談してるさ~」


緋色:「あ...確かに財布を何度も確認してる」




ベンチに座っている中年男性。


けい:「あの人、疲れて休憩してるように見えるわね」


みっちゃん:「違うよー、きっと誰かを待ってて、なかなか来ないんで少し不安になってきてるんじゃないかなー」


緋色:「確かに時計を見る回数が多いかも...」




だんだんコツを掴んできた緋色だったが、時々大きく外すこともあった。


「あ!!あの学生、勉強で疲れてる!」


「うーん、あれは恋の悩みっぽいねー」

みっちゃんが苦笑い。


「あはは、人間はそう簡単じゃないのよ」

けいも笑った。





パン屋さんの前で一休みしているとき、みっちゃんが緋色に尋ねた。


「緋色、チームメイトのことはどう見えてるの?」


「えっ?蒼は真面目だし、照先輩は熱いし...」


「ほら、もう見てるじゃない」

けいが口を挟んだ。


「蒼くんの守備位置の取り方とか、照先輩の動きとか」


「照くんが怒ってるとき、本当は何を考えてるか分かるかいー?」

みっちゃんが続けた。



緋色は少し考えた。


「あ...そういえば、チームのことを心配してるときかも。僕たちが気持ちで負けそうになると、いつも以上に声をかけてくれるし」


「それよ」

けいの声が弾んだ。


「普段からやってることなのよ」


「だから難しく考えなくていいさー」

みっちゃんが優しく言った。


「もっと自然に、もっとその人のこと深く見るだけよー」


「でも...」

緋色は戸惑った。


「僕、技術のことばかり考えてて。相手のプレーパターンとか、自分のパスコースとか」


「それも大切なのよ」

けいが頷いた。


「でもね、その奥にある相手の気持ちも見えるようになったら...」


「相手の本当の狙いが分かるさー」

みっちゃんが続けた。


「技術だけじゃ読めない心理的な部分がね」



―――



緋色は、先日の練習を思い出していた。


蒼の真剣な表情の奥にある、守り抜くというチームへの想い。



照の熱血的な言動の裏にある、後輩たちへの愛情。



誠の静かな佇まいに隠された、強いリーダーシップ。



「あ...」

何かが腑に落ちた瞬間だった。


「もしかして、僕...みんなのことを見てるつもりで、実は表面しか見てなかったのかも」


「良いことに気づいたねー」

みっちゃんが嬉しそうに微笑んだ。


「人は一人一人、心の奥に大切なものを持ってるのよ」

けいが穏やかに言った。


「それを理解しようとする気持ちが、本当のチームワークに繋がるのよ」


夕日が商店街を優しく照らしていた。

帰り道、緋色は歩きながら考えていた。



(相手を理解する、仲間を理解する)



(技術だけじゃない。心の中も見ようとする)



(でも…決めつけちゃダメ。いつも理解しようとする気持ちを持ち続ける)



ふと目を閉じた瞬間、まぶたの裏に薄っすらとした光が見えたような気がした。

金色ではなく、静かな青い光だった。


「あ...」


目を開けて辺りを見回したが、特に変わったものは見当たらない。

でも、心の中に何か新しいものが芽生えたような、そんな感覚があった。


「どうしたの、緋色?」

けいが心配そうに声をかけた。


「ううん、なんでもない」

緋色は微笑んだ。


「ただ...なんか、なんか新しいことが分かったような気がして」

みっちゃんとけいは顔を見合わせて、嬉しそうに笑った。


「それは良かったさー」


「きっと、これからもっと見えてくるわよ」

三人は夕暮れの道を、ゆっくりと家に向かって歩いていった。



―――



翌日の放課後練習。

緋色は昨日みっちゃんとけいから学んだことを思い出しながら、グラウンドに向かった。


(人を見る、気持ちを理解する)


(きっと、ホッケーでも使えると思う)


青い人工芝に到着すると、いつものメンバーが準備運動をしていた。


「おう、緋色!今日も頑張るぞー」

照が声をかけてくる。


「はい!」


いつもと同じ挨拶だったが、緋色は照の表情をよく観察してみた。


(照先輩、いつもより少し疲れてるかな?でも元気に振る舞ってる)


「それでは、今日は女子チームと合同練習をします」

みち先生が声をかける。


「男女とも3年生が抜けたので人数が減ったから、一緒にやりましょう」


女子チームが人工芝の向こう側からやってきた。

先頭にはえみの姿が見える。


「ひいろくん!」


えみが手を振ってくる。

その笑顔を見て、緋色は昨日の商店街でのことを思い出した。


(いつも笑顔をくれるえみちゃんのことも、わかったらいいな)


「それじゃあ、紅白戦をやりましょう!男女混合で」


みち先生の提案で、チーム分けが始まった。

緋色はえみと対戦することになった。


「よろしく!えみちゃん」


「こちらこそ!でも手加減しないよー」

えみの目がいたずらっぽく光った。


試合が始まると、緋色は意識的に相手の動きだけでなく、気持ちも読もうとした。

えみがボールを持って向かってくる。

その瞬間、緋色の視界に薄っすらと光る線が見えた。


金色の線だった。


(あ…!光る感覚が前よりも戻ってきてる)


でも、それだけじゃなかった。

えみの表情を見つめていると、目を閉じなくても、青い光がほんのり見えるような気がした。


(えみちゃん、左に行くふりをして、実は右に抜けるつもりなのかな)


技術的には左の光る線が見える。

でも心を読むと、えみの本当の狙いは右のような気がする。

緋色は迷わず右に体重を移してブロックした。


「えっ!?」


えみが驚いた声を上げた。

完全に読まれていた。


「ひいろくん、今の...どうして分かったの?」


「えっと...なんとなく?」

緋色自身もよく分からなかった。


でも確かに、金色の線と青い光の両方が見えたような気がした。

試合は続く。

緋色の新しい感覚は、まだ安定していなかった。


時々見えるけれど、時々見えない。

でも、明らかに何かが変わっていた。


「ひいろくん」

試合後、えみが緋色に声をかけた。


「なんだか、違う感じがする」


「えっ?」


「前とはなんか周りの見方が変わったような...よくわかんないけど、心を読まれてるような?」


「そう...かな?」


緋色は曖昧に答えた。

でも、心の中では確信していた。

昨日みっちゃんとけいから学んだことが、少しずつホッケーでも使えるようになってきている。


「市長杯まで、あと2週間ね」

えみがふと呟いた。


「ひいろくん、きっと今度は良い結果が出ると思うよ」


「ありがとう、えみちゃん」


緋色は微笑んだ。

金色の線と青い光。

技術と心の理解。何かがつながっている。


夕日が人工芝を照らす中、緋色は市長杯への期待を胸に、練習道具を片付けていた。





まだ完璧じゃないけれど、新しい可能性を感じて。


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