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緋色のスティック  作者: ぱっち8
第3章
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第24話「札幌の出会い」

飛行機の小さな窓から見下ろすと、札幌の街並みが秋の午後の陽射しを受けて金色に輝いていた。


岡山とは全く違う、どこまでも続く平らな大地。

遠くには雪化粧した山々がくっきりと見える。


「わあ、きれいだね~」


隣の席から母のけいが身を乗り出して窓の外を眺めている。

その横顔には、懐かしさと少しの緊張が混じった複雑な表情が浮かんでいた。


「お母さん、久しぶりの北海道でしょ?」


「そうね...何年かに1度は帰ってたけど、緋色を連れて行くのは初めてかな」

機体がゆっくりと高度を下げていく。新千歳空港が次第に大きく見えてきた。


着陸すると、本州とは全く違う空気が肌を刺した。

10月中旬の北海道はもうすっかり秋が深まっていて、吐く息が白く見える。



「寒いな...」

緋色が思わず両手をこすり合わせると、到着ロビーから手を振る人影が見えた。



「けい!!こっちよー!」

明るい声の主は、40代前半くらいの女性だった。けいよりも少し背が高く、ショートカットの髪が似合う快活そうな人だ。


「由里さん!」

けいの顔がパッと明るくなった。久しぶりの再会とは思えないほど、二人はすぐに抱き合っていた。



「元気だった?10年以上ぶり?全然変わってないじゃない」


「由里さんこそ!相変わらず若いなあ」

吉田由里—けいの元チームメイトで、今は北海道でアイスホッケーの指導に携わっているという話を聞いていた。


「この子が緋色くんね?」


「お母さんそっくり!可愛い顔して~」

由里は緋色に向かって優しい笑顔を向けた。


「よろしくお願いします」


「よろしくお願いしますって、そんな堅いことは言わないで。由里お姉さんって呼んで!」

由里の北海道弁が温かく響く。緋色は自然と笑顔になっていた。


車で向かったのは、けいの父—つまり緋色の祖父の家だった。

札幌市内の住宅街にある、庭の広い一軒家。

玄関先には枯れ葉が積もっていて、秋の深まりを感じさせる。


「お疲れさま」

玄関に現れたのは、70代前半くらいの穏やかそうな男性だった。けいの目元によく似ている。


「お父さん、ただいま」


「緋色だね。大きくなったなあ」

祖父の相原(あいはら) 正一(せいいち)は、緋色の頭を優しく撫でた。



その日の夕方は札幌市内を少し観光した。

時計台やテレビ塔を見て回り、夕食には札幌ラーメンを食べた。

緋色にとって、すべてが新鮮だった。




「明日は面白いところに連れて行ってあげるからね!!」

由里が意味深な笑顔を浮かべた。


「面白いところ?」


「お楽しみ♪でも、ひいろくんならきっと気に入ると思うよ」






次の日の午前中、由里の車で向かったのは「北苑アイスリンク札幌」という施設だった。

近づくにつれて、緋色の心臓が高鳴った。

大きな建物から、どこか懐かしいような、でも全く新しいような雰囲気が漂ってくる。


「ここは...」


「私たちが現役の時によく練習してたリンクよ」

けいが説明する。


「由里さんにお願いして、今日は特別に見学させてもらえることになったの」



建物に入ると、ひんやりとした空気と独特の匂いがした。

フィールドホッケーの人工芝とは全く違う、氷の匂い。


「いらっしゃい」


現れたのは60代前半の男性だった。厳しそうな顔つきだが、目は優しい。


「石橋さん、お世話になります」

由里が頭を下げる。


「前にお話した、けいの息子さんです」


「ああ、君がけいの...」

石橋 修一はじっと緋色を見つめた。



「確かに似てるな。特に顔つきが」



リンクサイドに案内されると、そこには想像を上回る光景が広がっていた。

真っ白な氷の上を、まるで氷と一体になったかのように滑る選手たち。

スケート靴のエッジが氷を削る音、パックが壁に当たる音、選手同士の激しいぶつかり合い。


フィールドホッケーとは全く違うスピード感だった。



「すごい...」


緋色が息を呑んでいると、けいが隣で小さく笑った。


「私も最初は圧倒されたのよ。でも、スケートに慣れてくると、他のスポーツとは違った面白さがあるの」


「けいは本当に上手だったんだべさ」

由里が誇らしそうに言う。



「特に試合の流れを読むのが抜群でね。『イーグルアイ』って呼ばれてたのよ」


「イーグルアイ?」


「全体を俯瞰して見る能力。けいはリンク全体の動きが手に取るように分かるの。まるで鷹が空から獲物を見つけるみたいに」



石橋も頷く。


「確かにけいのゲーム理解力は素晴らしかった。今の選手たちにも見せてやりたいくらいだ」

練習が一段落すると、石橋が声をかけた。



「せっかくだから、少し体験してみるか?」


「えっ、僕が?」


「スケート履いてみろ。どうせならこの状況を楽しめ」



緋色は少し戸惑ったが、けいが背中を押した。


「やってみたら?せっかくの機会なんだし!」

借りたスケート靴を履いて、恐る恐る氷の上に足を向ける。

最初はふらつきながらも、意外と滑ることができた。


「お、なかなかやるじゃない」

由里が感心する。


「運動神経いいのね」



慣れてくると、氷の上での感覚が楽しくなってきた。

フィールドホッケーとは全く違う、滑らかで自由な動き。



「パックを使ってみるか?」



石橋がスティックとパックを渡してくれた。アイスホッケー用のスティックは、フィールドホッケーのものより長く薄い、先端部分も形が違う。



最初はパックをうまくコントロールできなかったが、次第に慣れてきた。


「いいじゃない」

けいが嬉しそうに声をかける。


「センスあるわよ」


その時だった。


「あ、けいさん!!」

振り返ると、30代後半くらいの女性が近づいてきた。

けいより少し若く見えるが、同じような凛とした雰囲気を持っている。



「雪乃?!」

けいの顔が驚きで満たされた。


「やっぱり!由里さんから聞いてたけど、本当に来てるなんて」



北村(きたむら) 雪乃(ゆきの)—けいの1学年下の元チームメイトだった。


「元気だった?」


「こっちのセリフですよ~なかなか北海道に帰ってこないんだもん」

二人は15年以上ぶりの再会を喜び合った。


「この子が息子の緋色よ」

けいが紹介する。


「はじめまして」


「緋色くん、噂は聞いてるわ。よろしくね!」

雪乃の笑顔は温かく、どこか安心感があった。



「実は...」

雪乃が少し照れたように言う。



「私も息子を連れてきてるの。同じ中学生なのよ」


「えっ?」


雪乃が手招きすると、リンクサイドのベンチから一人の少年が立ち上がった。

緋色とほぼ同じ身長だが、がっしりとした体格。短髪で、鋭い目つき。

でも人見知りなのか、少し恥ずかしそうにしている。



「緋色くん、紹介するね。うちの息子の凜太郎よ」


北村(きたむら) 凜太郎(りんたろう)です」


少年— 凜太郎は緋色に向かって軽く頭を下げた。


「相原 緋色です。よろしく」


二人は握手を交わした。凜太郎の手は思った以上にしっかりしていて、鍛えられているのがわかった。


「凜太郎くんも何かスポーツやってるの?」


「はい。でも僕は母とは違う陸の方のフィールドホッケーやってます」


「えっ、本当に?!」


緋色の目が輝いた。

まさか札幌でフィールドホッケーをやっている同世代に出会えるとは思わなかった。



「海衛学園の1年生です」


凜太郎は少し恥ずかしそうに言った。


「母がアイスホッケーをやってたんで、僕も最初はアイスから始めたんですが...フィールドの方が面白くて」



「僕も1年生!成磐中学校です」



「成磐中...ってどこ?」


「岡山県だよ!母の帰省についてきたんだ」


「そうなんだ。岡山って今年は全中に青刃中がでてるよね」


「緋色くんはどのポジション?」

凜太郎が尋ねた。



「FWとかMFだよ。パスを出すのが好きで」



「僕はDFなんだ。守るのが得意というか...好きなんだ」


二人の会話が自然と弾んでいく。

同じスポーツ、同じ学年、そして何より同じ「ホッケーが好き」という気持ちが、すぐに距離を縮めた。



「よかったら、少し一緒にやってみる?」凜太郎が提案した。


「アイスホッケーもすごい面白いんだ!パックでも、パスの練習くらいはできるよ」


「やってみたい!」


二人は氷の上でパスの交換を始めた。最初はパックの感覚が違って戸惑ったが、すぐに慣れた。

凜太郎のパスは正確で力強い。もともとやっていたこともあり緋色が受けやすいところにきちんと送ってくる。


「さすが!上手いね」


「緋色くんこそ。初めてにしてはすごいよ」


パスを交換しながら、緋色は凜太郎の動きに注目していた。

守備意識が高いのか、目線が常に相手の動きを見ていているのがわかる。



「凜太郎って、守備のとき何を一番大切にしてる?」


「えーっと...」

凜太郎は少し考えた。


「相手がどこに来たいかを読むことかなぁ。相手の行きたいところを予測して抑えにいく感じ」



「…なるほど」



緋色には理解できるような、できないような感覚だった。

自分は攻撃的なパスを考えることが多いが、凜太郎は常に守りから発想している。



「あ、そうだ」

凜太郎が思い出したように言った。


「明後日の夜、時間ある?」


「明後日?」


「結婚式があるって母から聞いてて。もしよかったら、その後お祖父さんの家に遊びに行かせてもらえないかなって」


「本当?」

緋色の顔が明るくなった。


「うちの母と緋色のお母さんが昔話で盛り上がってるし。結婚式の後の2次会ついて行っても僕たちは退屈すると思うんだ」

凜太郎が苦笑いする。


「お祖父さんの家の庭ある?フィールドホッケーの練習一緒にしようよ!」



「やりたい!絶対やりたい!」



二人の目が輝いた。遠く離れた北海道で、まさかこんな出会いがあるとは。



「んじゃ、決まりだね!母さんにお願いしてくる」





リンクサイドでは、けい、雪乃、由里の三人が懐かしそうに話し込んでいた。


「息子さん、いい子ね」

雪乃がけいに言った。


「凜太郎くんもよ。しっかりしてるし、とっても優しそう!」


「二人とも同じホッケーをやってるし、きっと気が合うわ」

由里が笑う。


「私たちみたいにね」



石橋も満足そうに頷いて聞いていた。


「ホッケーは技術も大事だが、チームスポーツだからな仲間との絆が一番大切だ。あの二人を見てると、きっといい選手になるだろうな」



氷の上では、緋色と凜太郎がまだ楽しそうにパスの練習を続けていた。

フィールドホッケーとアイスホッケー、岡山と北海道、攻撃と守備。


違いはたくさんあったが、「ホッケーが好き」という気持ちは全く同じだった。

そして二人とも、明後日の夜が待ち遠しくて仕方がなかった。


札幌の空は高く青く、秋の冷たい風が頬を撫でて過ぎていく。



緋色にとって、忘れられない出会いの日となった。

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