第23話「北へ」
9月頭と中旬に選考会があり、岡山県11人制選抜の発表があった。
成磐中の部室で、椎名美智しいな みち先生が結果を読み上げる。
「まず、選出されたメンバーから発表します」
緋色は固唾を飲んで待った。
あの庭先でのお父さんとのパス交換以来、毎日基礎練習を続けてきた。
光る能力はまだ戻らないが、少しずつ上達している実感はあった。
「成磐中からは長瀬 誠、朝比奈 照、福士 蒼。青刃中からは…」
蒼の名前が呼ばれた時、緋色は複雑な気持ちになった。
同級生の蒼が選ばれて、自分が選ばれていない。
嬉しい気持ちと寂しい気持ちが入り混じる。
「そして、補欠メンバーとして...相原 緋色」
「補欠...」
緋色は小さく呟いた。
選ばれたといえば選ばれたが、実質的には落選と同じだった。
「緋色、良かったじゃないか」
誠が声をかけてくれる。
「補欠でも、チームの一員だ。練習にも参加できるし、サポートとして大切な役割がある」
「はい...」
緋色は複雑な表情で答えた。
「俺も最初は補欠じゃったけんなー」
照が続ける。
「でも、そこで腐らずに頑張ってきたけん今がある!けが人が出たら交代もあるし、緋色もきっと来年は正メンバーになれるけん」
放課後、緋色は一人でグラウンドを歩いていた。
(補欠か...)
悔しくないといえば嘘になる。
完全に切られたわけではない。
(蒼も選ばれたのに、僕は...)
その時、蒼が走って追いかけてきた。
「緋色、待ってよ」
「蒼...選出、おめでとう!」
緋色は精一杯の笑顔を作った。
「ありがとう。でも、僕だって不安だよ」
蒼が困ったような表情を見せる。
「緋色がいないと、成磐中から1年は僕だけだし心細いよ」
「大丈夫だよ。僕は応援とサポートで参加するから」
「そうなの?」
「うん。練習も参加はできるし他にもビデオ撮影とか、分析のお手伝いとか。チームの役に立てるよう頑張る」
緋色は自分に言い聞かせるように答えた。
「緋色...」
「来年は絶対に選ばれるから!一緒にプレーしよう」
緋色が手を差し出すと、蒼も握り返してくれた。
その夜、夕食の時間。
緋色は補欠になったことを家族に報告した。
「そうだったの...」
けいが心配そうな表情を見せる。
「でも、1年生で補欠に選ばれるなんて、すごいことよ」
「そうだな」
巧真も頷く。
「俺なんか、1年の時は補欠にも選ばれなかった」
「お父さんも?」
「ああ。だから、緋色の頑張りはちゃんと認められてるってことだ」
巧真の言葉に、緋色は少し救われた気持ちになった。
「でも...やっぱり悔しい」
「その気持ちが大切よ」
けいが優しく話しかける。
「悔しいって思うから、もっと頑張れる」
「そういえば」
けいが思い出したように言う。
「10月に北海道で親戚の結婚式があるのよ」
「北海道?」
「ええ。私のいとこの結婚式。もう何年も会ってないから、この機会に家族で行こうかと思って」
緋色は少し考えた。11人制の選手たちは合宿や練習で忙しいだろう。
補欠の自分にとっては、ちょうど良いタイミングかもしれない。
「いつ頃?」
「10月の中旬。土日を使って3泊4日くらいかな」
「11人制の練習はどうしよう?」
「せっかくだし、今回は家庭の用事で休ませてもらおう」
巧真が答える。
「それに、たまには気分転換も必要だ」
緋色は頷いた。確かに、最近は練習のことばかり考えていた。
「行ってみたい!」
「本当?」
けいが嬉しそうな表情を見せる。
「じゃあ、準備しましょう。北海道は寒いから、暖かい服も必要ね」
翌週から、11人制チームの練習が始まった。
緋色は予定通り、サポート役として参加している。
正規メンバー18人に加えて、補欠の4人が練習相手として参加する形だった。
でも、緋色にとってはそれも簡単ではなかった。
(やっぱり、基本のレベルがまだまだだ...)
光る能力がほとんど見えない状態で、県選抜レベルの選手たちと練習するのは厳しい。
時々、薄っすらと光が見えるような気がするが、それも一瞬で消えてしまう。
パスを出そうとしても、相手の動きが速すぎてまだ追いつけない。
(もう少し、もう少しなんだけど...)
でも、諦めずに食らいついていく。来年は絶対に正メンバーになるために。
「緋色、お疲れ」
練習後、誠が声をかけてくれた。
「ついていくのは大変だろうが、頑張りはみんな見てるからな」
「はい...まだまだですが」
「そんなことないよ」
蒼も汗を拭きながら歩いてくる。
「緋色のパス、時々すごく良いのが来るんだ。あの時の感じ」
「ほんとに?」
「うん。何かを掴みかけてるって感じがする」
蒼の言葉に、緋色は少し嬉しくなった。
まだ思うようにはいかないが、少しずつでも成長している。
出発の前日、緋色は部活終えみんなと話していた。
「緋色、北海道気をつけていってこいよー!」
照が声をかけてくる。
「はい。皆さんも練習、頑張ってください」
「土産話、楽しみにしてるから」
誠も笑顔で送り出してくれる。
「お疲れ様でした」
緋色は深く頭を下げた。
11人制の補欠という立場は悔しかったが、サポートを通じて学んだことも多かった。
チームワークの大切さ、仲間を支えることの意味。
そして、直接プレーできなくても、チームに貢献する方法があるということ。
その夜、緋色は久しぶりに練習以外のことを考えていた。
北海道。イメージは雪の降る大地。
けいの故郷でもある。
(お母さんの昔の話も聞けるといいな)
(それに、北海道に行けば何か変わるかもしれない)
最近、少しずつだが光る感覚が戻ってきているような気がしていた。
完全ではないが、時々薄っすらとした光が見えることがある。
緋色は荷物をまとめながら、旅行への期待を膨らませていた。
お父さんのスティックの動きや立体パス技術への憧れは、日に日に強くなっている。
毎日の基礎練習で、少しずつ技術は向上している実感はあるが、まだまだあのレベルには程遠い。
(北海道で、何か新しいヒントが見つかるかな)
緋色は期待に胸を膨らませて眠りについた。
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翌朝、相原家の3人は北海道へ向かう飛行機に乗った。
窓から見える雲の上の景色を見ながら、緋色は新しい土地への期待を抱いていた。
補欠選出の悔しさも、まだ心の中に残っている。
でも、それ以上に、何か新しいことが始まる予感があった。
北海道の空の下で、緋色に何が待っているのか。
飛行機は静かに、白い雲の上を飛び続けていた。