表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
緋色のスティック  作者: ぱっち8
第3章
22/78

第21話「夏祭り」

夏休みに入って3週間が過ぎた。


緋色は毎日、基本練習に励んでいた。

光る能力のことは無理に意識せず、トラップ、ヒット、プッシュ、スイープ、ドリブルの右抜きや左抜きなど基礎錬を徹底的に反復している。


「今日はどうだった?」


家に帰ると、けいが優しく聞いてくる。



「うん、少しずつだけど上手くなってる気がする」



緋色は毎日の練習に自信をもって答えた。



「光る感覚に頼らなくても、基本をしっかりやれば仲間と繋がれるって分かったから」


「それは良かったわ」



けいが微笑む。


「何をするにしても基本は大事だからね!そこをしっかりできるようになれば、きっと何があっても大丈夫よ」



一週間前に他校との練習試合もあった。

成磐中は2-1で勝利したが、緋色の手応えは複雑だった。


光る能力がほとんど見えない状態でも、基本技術とチームワークでそれなりに戦えた。

でも、やはり以前のような鮮やかなプレーはできなかった。



それでも、チームメイトたちは緋色を励ましてくれた。



「緋色のパス、すごく丁寧になったがん」


照先輩が言ってくれた。



「タイミングも良いし、よく周りが見えてるな」


誠先輩も頷いてくれた。






「そういえば、今日は夏祭りよね」



けいが思い出したように言う。



「近所の公園でやってるでしょ?行ってみない?」


「もうそんな時期か・・・」


「そうよ。屋台もたくさん出るし、花火も上がるみたい」



緋色は少し考えた。

最近は練習のことばかり考えていて、そういう楽しいことを忘れていた。



「行ってみようかな」



「それがいいわ。たまには息抜きも大切よ」



けいが嬉しそうに笑う。


夕方、相原家の3人は浴衣を着て夏祭りに向かった。

けいは薄い青色の浴衣、巧真は紺色の浴衣を着ている。


緋色は普段着だったが、それでも家族で出かけるのは久しぶりだった。




「久しぶりに家族で出かけるな」


巧真が歩きながら呟く。



「そうね。最近は緋色も忙しかったから」


けいが答える。

緋色は家族と一緒に歩いていると、なんだか心が軽くなるのを感じた。

練習での悩みや不安も、少しずつ薄れていく。






公園に着くと、たくさんの屋台が並んでいて、多くの人で賑わっていた。

子供たちの笑い声、屋台の呼び込みの声、祭囃子の音が混じり合って、夏祭り特有の活気に満ちている。



「わあ、すごい人ね」


けいが驚く。



「たこ焼き食べようか」


巧真が提案する。

緋色は辺りを見回していた。同級生も何人か来ているようだった。

みんな楽しそうに歩いている。



その時だった。


「あ、ひいろくん!」


聞き覚えのある声に振り返ると、薄いピンク色の浴衣を着た女の子が手を振っていた。


「えみちゃん…!」



緋色は息を止めた。えみの浴衣姿がとても綺麗で、見とれてしまった。

いつもの活発な印象とは違う、可愛らしい姿だった。



「偶然だね!ひいろくんも家族と?」


えみが近づいてくる。



「うん。えみちゃんも?」


「お母さんと来たの。でもお母さんは友達に会って話し込んじゃって」


えみが少し困ったような表情を見せる。



「お父さん、お母さん」



緋色が振り返ると、けいと巧真が懐かしそうにえみを見ていた。



「えみちゃん、久しぶりね!」



けいが温かく微笑む。



「けいちゃん!久しぶりです」



えみが嬉しそうに手を振る。



「巧真おじさんも、お元気でしたか?」



「ああ、元気だよ。えみちゃんも随分大きくなったな」



巧真も優しく答える。



「良かったら、一緒に回らない?」



けいが提案する。



「えみちゃんのお母さんにも声をかけて。久しぶりにゆっくり話したいわ」



「ぜひ!お母さん呼んでくるね!」



えみが嬉しそうに答える。



えみの母親とも合流して、一緒に夏祭りを楽しむことになった。



「本当に久しぶりね」



けいとえみの母親が嬉しそうに話している。



「そうですね。子供たちがこんなに大きくなって」



「あの頃は、2人でよく一緒に遊んでたのにね」



昔の思い出話に花を咲かせる大人たち。

緋色とえみは少し恥ずかしそうに顔を見合わせた。




「ひいろくん、射的やろうよ」



えみが緋色に提案する。



「射的?」



「うん。あそこ」



えみが指差すと、射的の屋台があった。

コルクの銃で的を狙って景品を取るゲームだ。



「やってみる」



緋色は射的に挑戦してみることにした。

店主から銃を受け取り、的を狙う。最初の数発は外れてしまったが、だんだんコツを掴んできた。


集中して狙いを定める。呼吸を整えて、静かに引き金を引く。



「当たった!」



えみが喜んでくれる。



緋色は小さなぬいぐるみを景品としてもらった。



「えみちゃん、これ」



緋色がぬいぐるみを差し出すと、えみの顔が少し赤くなった。



「ありがとう…大切にする」



えみが嬉しそうにぬいぐるみを受け取る。



その瞬間、緋色の心の中で何かが暖かくなった。

えみの笑顔を見ていると、自然と自分も笑顔になれる



「緋色、えみちゃん」



けいが2人を呼ぶ。



「私たち、もう少しゆっくり話したいから、あなたたちは先に屋台を回ってもいいわよ」



「そうだな。何か食べたいものを買っておいで」



巧真も財布から小銭を取り出して緋色に渡す。



「ありがとうございます」



えみが嬉しそうに答える。



「気をつけてね。後で合流しましょう」



けいが微笑んで送り出してくれる。


夕暮れの中、2人で歩く夏祭り。

たくさんの屋台の明かりが、浴衣姿の2人を優しく照らしている。



「かき氷食べよ?」



えみが提案する。



「うん」


2人でかき氷を注文して、ベンチに座って食べた。

えみはイチゴ味、緋色はブルーハワイを選んだ。



「ひいろくん、最近の調子はどう?」



えみが聞いてくる。



「うん…まだちょっと思うようにいかないけど、でも少しずつ良くなってる気がする」



「そうなんだ。でも、この前の練習試合では良いパスしてたよ」



「えみちゃん見てたの?」



「うん。女子の休憩中に少しだけ」



えみが恥ずかしそうに答える。



「すごくいいパス、とても丁寧だった。受け取る人のことを考えて出してるんだろうなって」



えみの言葉が、緋色の心に静かに響いた。



「ありがとう。最近、光る感覚に頼らないで、基本をしっかりやろうって決めたんだ」



「光る感覚?」



えみが首を傾げる。

緋色は少し迷ったが、えみになら話してもいいかもしれないと思った。



「実は僕、少し前からパスコースなんかが光って見える感覚があったんだ。でも最近、それが見えなくなって」



「そうだったんだ…」



えみが真剣に聞いている。



「でも今は、それでも良いかなって思ってる。足りてなかった基本を今はしっかりやって、仲間のことをよく見て、信じてパスを出す。それが一番大切だって分かったから」



「ひいろくん…」



えみが緋色を見つめる。少し勇気を出すように、小さく息を吸った。



「私、ひいろくんの一生懸命頑張ってるところ、すごくかっこいいと思うよ」



えみの頬が花火の光で赤く染まる。



「特別な能力があるからじゃなくて、どんなときも諦めないで頑張ってる姿が...」



そして、えみらしい満面の笑みで続けた。



「ふふっ♪ 来年の夏祭りも、一緒に来れたらいいね」



大きな花火が上がって、2人の顔を明るく照らした。

緋色は胸が温かくなったが、えみの想いの深さには気づかなかった。

花火に見とれている緋色を見て、えみはそっと微笑んだ。






花火が上がり始めた。

夜空に大きな花火が咲いて、2人の顔を色とりどりに照らす。



「綺麗だね」



えみが空を見上げる。



「うん」



緋色も花火を見上げたが、時々えみの横顔を見てしまう。

花火の光に照らされたえみがとても綺麗で、胸がドキドキして仕方がなかった。



「ひいろくん」



えみが緋色の方を向く。



「私、来年こそは絶対に全国大会に行きたい。成磐中のみんなで一緒に!」



「僕も!!」



緋色が答える。



「一緒に頑張ろうね」



「うん。一緒に頑張ろう」



2人は花火を見上げながら、静かに約束を交わした。

特別な能力がなくても、基本をしっかりやって、仲間と一緒に頑張れば、きっと夢は叶う。



そんな確信が、緋色の心に芽生えていた。






夏祭りが終わって家に帰る道。

緋色は今日一日を振り返っていた。



えみと過ごした時間は、練習の悩みを忘れさせてくれた。

そして、改めて大切なことを思い出させてくれた。



「楽しかったわね」



けいが話しかけてくる。



「えみちゃん、相変わらず可愛くて良い子ね」



「…うん」



緋色が答える。



「お前もリフレッシュできてよかったな」



巧真が緋色に声をかけた。



「ありがとう、お父さん」



緋色は家族と一緒に歩きながら、心が軽やかになっているのを感じた。

光る能力がなくても、家族がいて、仲間がいて、えみちゃんがいる。それだけで十分幸せだと思えた。



家に着いて、緋色は明日からの練習への意欲を新たにした。

基本をしっかりと身につけて、仲間と一緒に、来年こそは全国大会を目指そう。



えみとの約束を胸に、緋色の夏休みは続いていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ