第19話「一緒に」
夕日が校舎の窓から差し込んで、廊下をオレンジ色に染めている。
緋色は部室の前から動けずにいた。
スティックバッグを床に置いたまま、壁にもたれてうつむいている。
他のチームメイトたちは、とっくに家路についた。
でも緋色には、家に帰る勇気がなかった。
(僕のせいで…僕のせいでみんなの夢が…)
胸の奥で、重いものがずっと渦巻いている。
(誠 先輩があんなに頑張ってくれたのに)
(僕は何をしてたんだろう)
時計の音だけが、静かな廊下に響いていた。
「緋色、まだここにいたのか」
振り返ると、誠が心配そうな表情で立っていた。
一度帰ったはずなのに、緋色のことが気になって戻ってきたのだ。
「誠 先輩…」
声が小さく震えた。
「家に帰らなくていいのか?お母さんたちも心配してるだろう」
「はい…でも…」
言葉が見つからない。家族の顔を見ることができない。
期待していたけいとみっちゃんに、どんな顔をして敗戦を報告すればいいのか分からなかった。
誠は緋色の隣にそっと座り込んだ。
「どうした?話してみろ」
いつもの優しい声だった。3年生として、先輩として、緋色を気遣ってくれている。
「僕のせいで負けました…」
緋色の声が震えた。
「もっとしっかりしていれば、全国大会に行けたのに」
「あの力を使いこなせていれば…」
自分を責める言葉が止まらない。
「僕が足を引っ張ったから、誠 先輩たちの最後の夏が…」
誠は黙って聞いていた。
緋色の気持ちを受け止めようとしながら。
「すみません…すみません…」
緋色の目に涙が浮かんでいた。
誠は首を振った。
「お前一人の責任じゃない」
「でも…」
「俺たちはチームだ。勝つのも負けるのも、みんなの責任だ」
誠の言葉は穏やかで、でも確かな重みがあった。
「でも、今日のお前は確かにおかしかった」
「緋色、お前は今日、俺たちが見えてたか?」
誠の質問に、緋色は答えられなかった。
「一人で全部やろうとしてた」
「チームメイトを信じてなかった」
「俺たちを置いて行こうとしてた」
一つ一つの言葉が、緋色の心に静かに響いた。
「でも新しい力があったから…みんなのために頑張ったつもりでした」
「そうかもしれない。でもな、緋色」
誠の表情が少し厳しくなった。
「力があることと、チームプレーができる事は別だ」
「俺たちはお前の力を活かすために存在してるんじゃない」
その言葉が、緋色の胸にずしりと響いた。
「俺たちは "お前" と一緒に戦いたかったんだ」
誠の声に、深い想いが込められていた。
「お前に頼るんじゃなく、お前と協力したかった」
「お前の力とみんなの力を合わせて、チームで勝ちたかった」
緋色は息を止めて聞いていた。
自分がチームメイトたちを何だと思っていたのか。
初めて、 " 本当に理解 " した。
「ホッケーはチームスポーツだ」
誠が続ける。
「一人のスーパープレーヤーじゃ限界がいつか来る」
颯真の言葉が頭をよぎった。
「一人では限界がある」
あの時、颯真は緋色に教えようとしていたのかもしれない。
チームプレーの大切さを。
でも緋色は聞く耳を持たなかった。
新しい力に酔いしれて、自分一人で何でもできると思い込んでいた。
「緋色、俺は来年はいない」
誠の声が少し震えた。
「でもお前にはまだ時間がある」
「この経験を無駄にするな」
誠の目が、真剣に緋色を見つめている。
「俺が教えられることは、もうあまりない」
「でも一つだけ、絶対に覚えておいてほしいことがある」
緋色は息を止めて聞いていた。
「チームメイトを信じろ」
「お前一人で背負うな」
「みんなで分かち合え」
誠の言葉が、緋色の心の奥まで届いた。
「今日の試合で、俺は確信した」
「お前には素晴らしい力がある。でもそれを一人で使おうとするな」
「チームのみんなと一緒に使えば、もっとすごいことができるはずだ」
ついに、緋色の感情があふれた。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
涙が頬を伝って落ちていく。
今まで抑えていた気持ちが、一気に爆発した。
「僕は…僕は間違ってました」
「みんなを見てませんでした」
「自分一人で何でもできると思ってました」
声にならない嗚咽が漏れる。
誠は黙って緋色の背中に手を置いた。
「泣いていい。でも次は前を向け」
優しく、でも力強い声だった。
「お前はまだ1年生だ。チャンスはいくらでもある」
緋色は顔を上げた。
涙でぐしゃぐしゃになった顔を、誠に向けた。
「でも、もう全国大会は…」
「来年がある」
誠が断言した。
「俺たちの分まで、全国を目指せ」
「でも今度は、チームで目指すんだ」
緋色は深く頷いた。
「はい…分かりました」
まだ涙は止まらないが、心の奥で何かが変わった気がした。
自分の間違いを認めること。チームメイトを信じること。
一人で背負わないこと。
誠から教わった大切なことを、絶対に忘れない。
「誠 先輩…ありがとうございました」
緋色の声に、少しだけ力が戻っていた。
「礼なんていらない。俺たちは仲間だからな」
誠が立ち上がる。
「さあ、帰ろう。お母さんたちも心配してる」
「…はい!」
緋色もスティックバッグを持って立ち上がった。
まだ重い気持ちは残っている。
でも、少しだけ前を向くことができた。
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夕日が二人の影を長く伸ばしている。
誠と並んで歩く帰り道。
「緋色、一つ約束してくれ」
「…はい」
「この話は、みんなには内緒だぞ」
誠が笑いかける。
「男同士の約束だからな」
「はい!約束します」
緋色も初めて、小さく笑った。
まだ完全に立ち直ったわけではない。
家族への報告も、これからの練習も、すべてが重い課題として残っている。
でも、 " 一人 " じゃない。
チームがいる。
仲間がいる。
誠の言葉を胸に、緋色は歩き続けた。
夕日に向かって、家路に向かって。
新しいスタートに向かって。