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緋色のスティック  作者: ぱっち8
第2章
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第19話「一緒に」


夕日が校舎の窓から差し込んで、廊下をオレンジ色に染めている。


緋色は部室の前から動けずにいた。

スティックバッグを床に置いたまま、壁にもたれてうつむいている。

他のチームメイトたちは、とっくに家路についた。


でも緋色には、家に帰る勇気がなかった。


(僕のせいで…僕のせいでみんなの夢が…)


胸の奥で、重いものがずっと渦巻いている。


(誠 先輩があんなに頑張ってくれたのに)

(僕は何をしてたんだろう)



時計の音だけが、静かな廊下に響いていた。



「緋色、まだここにいたのか」


振り返ると、誠が心配そうな表情で立っていた。

一度帰ったはずなのに、緋色のことが気になって戻ってきたのだ。



「誠 先輩…」



声が小さく震えた。



「家に帰らなくていいのか?お母さんたちも心配してるだろう」




「はい…でも…」




言葉が見つからない。家族の顔を見ることができない。

期待していたけいとみっちゃんに、どんな顔をして敗戦を報告すればいいのか分からなかった。



誠は緋色の隣にそっと座り込んだ。



「どうした?話してみろ」

いつもの優しい声だった。3年生として、先輩として、緋色を気遣ってくれている。



「僕のせいで負けました…」



緋色の声が震えた。




「もっとしっかりしていれば、全国大会に行けたのに」




「あの力を使いこなせていれば…」




自分を責める言葉が止まらない。




「僕が足を引っ張ったから、誠 先輩たちの最後の夏が…」




誠は黙って聞いていた。

緋色の気持ちを受け止めようとしながら。




「すみません…すみません…」




緋色の目に涙が浮かんでいた。

誠は首を振った。




「お前一人の責任じゃない」




「でも…」




「俺たちはチームだ。勝つのも負けるのも、みんなの責任だ」


誠の言葉は穏やかで、でも確かな重みがあった。




「でも、今日のお前は確かにおかしかった」




「緋色、お前は今日、俺たちが見えてたか?」




誠の質問に、緋色は答えられなかった。




「一人で全部やろうとしてた」




「チームメイトを信じてなかった」




「俺たちを置いて行こうとしてた」





一つ一つの言葉が、緋色の心に静かに響いた。




「でも新しい力があったから…みんなのために頑張ったつもりでした」




「そうかもしれない。でもな、緋色」


誠の表情が少し厳しくなった。




「力があることと、チームプレーができる事は別だ」




「俺たちはお前の力を活かすために存在してるんじゃない」




その言葉が、緋色の胸にずしりと響いた。




「俺たちは "お前" と一緒に戦いたかったんだ」


誠の声に、深い想いが込められていた。




「お前に頼るんじゃなく、お前と協力したかった」




「お前の力とみんなの力を合わせて、チームで勝ちたかった」


緋色は息を止めて聞いていた。



自分がチームメイトたちを何だと思っていたのか。

初めて、 " 本当に理解 " した。




「ホッケーはチームスポーツだ」


誠が続ける。



「一人のスーパープレーヤーじゃ限界がいつか来る」


颯真の言葉が頭をよぎった。




「一人では限界がある」



あの時、颯真は緋色に教えようとしていたのかもしれない。

チームプレーの大切さを。


でも緋色は聞く耳を持たなかった。

新しい力に酔いしれて、自分一人で何でもできると思い込んでいた。




「緋色、俺は来年はいない」


誠の声が少し震えた。



「でもお前にはまだ時間がある」




「この経験を無駄にするな」


誠の目が、真剣に緋色を見つめている。




「俺が教えられることは、もうあまりない」



「でも一つだけ、絶対に覚えておいてほしいことがある」


緋色は息を止めて聞いていた。




「チームメイトを信じろ」




「お前一人で背負うな」




「みんなで分かち合え」


誠の言葉が、緋色の心の奥まで届いた。




「今日の試合で、俺は確信した」





「お前には素晴らしい力がある。でもそれを一人で使おうとするな」





「チームのみんなと一緒に使えば、もっとすごいことができるはずだ」







ついに、緋色の感情があふれた。






「ごめんなさい…ごめんなさい…」






涙が頬を伝って落ちていく。

今まで抑えていた気持ちが、一気に爆発した。




「僕は…僕は間違ってました」




「みんなを見てませんでした」




「自分一人で何でもできると思ってました」


声にならない嗚咽が漏れる。

誠は黙って緋色の背中に手を置いた。




「泣いていい。でも次は前を向け」


優しく、でも力強い声だった。




「お前はまだ1年生だ。チャンスはいくらでもある」


緋色は顔を上げた。

涙でぐしゃぐしゃになった顔を、誠に向けた。




「でも、もう全国大会は…」




「来年がある」


誠が断言した。



「俺たちの分まで、全国を目指せ」



「でも今度は、チームで目指すんだ」


緋色は深く頷いた。




「はい…分かりました」


まだ涙は止まらないが、心の奥で何かが変わった気がした。

自分の間違いを認めること。チームメイトを信じること。




一人で背負わないこと。




誠から教わった大切なことを、絶対に忘れない。





「誠 先輩…ありがとうございました」


緋色の声に、少しだけ力が戻っていた。



「礼なんていらない。俺たちは仲間だからな」


誠が立ち上がる。



「さあ、帰ろう。お母さんたちも心配してる」



「…はい!」


緋色もスティックバッグを持って立ち上がった。

まだ重い気持ちは残っている。




でも、少しだけ前を向くことができた。




---




夕日が二人の影を長く伸ばしている。

誠と並んで歩く帰り道。



「緋色、一つ約束してくれ」



「…はい」



「この話は、みんなには内緒だぞ」


誠が笑いかける。



「男同士の約束だからな」



「はい!約束します」


緋色も初めて、小さく笑った。

まだ完全に立ち直ったわけではない。


家族への報告も、これからの練習も、すべてが重い課題として残っている。





でも、 " 一人 " じゃない。


チームがいる。


仲間がいる。


誠の言葉を胸に、緋色は歩き続けた。

夕日に向かって、家路に向かって。




新しいスタートに向かって。

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