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緋色のスティック  作者: ぱっち8
第2章
19/74

第18話「分かち合おうぜ」


5位決定戦まで残り時間わずか。


緋色はテントエリアの隅で一人座り込んでいた。

膝を抱えて、うつむいたまま動かない。


(パスでも得点できた…一人でも決められた…なのに・・・なのになんで…?)


颯真の言葉が、頭の中で何度も響く。


「一人では限界がある」


(僕の何がいけなかったんだ…?)

(あの新しい感覚も、もう全然見えてこない…)


石見双星中戦で覚醒した「線を見る」感覚。

出雲帝陵中戦で進化した「黄金の網」のような視界。

それらは完全に消えていた。


まるで最初から存在しなかったかのように。


「緋色、大丈夫か?」


誠が心配そうに声をかける。


「はい…大丈夫です」


緋色の返事は上の空だった。


(大丈夫じゃない…何も…)


「緋色、水分補給だけはしっかりとっとけよー!」


照もボトルを差し出してくれる。


「…ありがとうございます」


機械的に受け取るが、口をつけることもない。


蒼が近づいてきて、緋色の隣に座った。


「緋色…大丈夫だ、まだ終わってない。」


蒼の優しい声。


でも緋色の心には届かない。


(みんなが優しい…でも僕にはもう何もない…)


みち先生も緋色の様子を見て、深く心配していた。


「緋色くん…」


声をかけようとするが、言葉が見つからない。

周りからの励ましの声も、緋色の耳にはもう届かなかった。

心の殻に閉じこもって、外の世界を遮断してしまっている。



「成磐中学校 対 青刃中学校。5位決定戦を開始いたします」



場内アナウンスが響く。


緋色の顔が青ざめた。


青刃中学校。

藍人や天音がいるチーム。

以前の予選リーグで対戦した時は、緋色の「光るパス」で互角に戦えた相手。

でも今の緋色には、あの感覚がない。


(無理だ…勝てるわけない…僕には今、何もない)


「緋色、行くぞ」


誠に肩を叩かれ、重い足でピッチに向かう。

青刃中の選手たちが、統制の取れた動きでウォーミングアップをしている。

その中に、藍人と天音の姿があった。

藍人が緋色に気づいて手を振ってくれたが、緋色は反応できなかった。


「緋色…?」


天音も心配そうな表情を浮かべている。

でも緋色は、彼らの視線を避けるように下を向いてしまった。



試合開始の笛が響く。


最後のチャンス。


全国大会への切符をかけた戦いが始まった。

しかし緋色の心は、既に諦めに支配されていた。

試合が始まったが、緋色は別人のようだった。


消極的なプレー。


パスを受けても、すぐに横や後ろに逃げる。

ドリブルで前進することもない。


「緋色!前に行け!」


誠の叫び声が聞こえる。

でも緋色の足は動かない。


(前に行っても…どうせ…奪われちゃうし)

(今の僕には何も…できない)



---



第1クォーター。



緋色はボールに触る回数が極端に少なかった。

味方がパスを出そうとしても、緋色は受ける動きを見せない。

まるでピッチにいないかのような存在感の薄さ。


一方、青刃中の藍人や天音は、緋色の変化に驚いていた。


「緋色…どうしちゃったんだー?」


天音が心配そうに呟く。


「前回とは全然違う…まるで別人みたいだな」


藍人も困惑している。

以前対戦した時の緋色は、もっと積極的で攻撃的だった。


「光るパス」で何度も藍人たちを驚かせた、あの緋色はどこにもいない。


でも青刃中は手を抜かない。

全国大会への切符をかけた大事な試合。

容赦なく攻撃を仕掛けてくる。

緋色の機能しない成磐中は青刃中にとっては攻めやすい相手だった。



---



第2クォーター 中盤。



青刃中が先制点を奪った。

藍人の鋭いドリブルからのシュート。

蒼が好反応を見せたが、コースが完璧すぎて防ぎきれなかった。


0-1


「くそっ!」


誠が悔しそうに叫ぶ。


「緋色!もっと積極的に行け!お前の力が必要なんだ!」


でも緋色は反応しない。


(僕の力?そんなのもう…)



前半終了



0-1で青刃中リード。

緋色のプレーは最悪だった。

パス成功率も低く、チームの足を引っ張るだけの存在になっていた。


---


ハーフタイム。


ベンチに戻ったチームの空気は重かった。

みち先生が緋色に声をかける。


「緋色くん、どうしたの?いつものあなたじゃないわ」


「すみません…」


緋色の返事は小さかった。


「すみませんじゃねかろ―――っ!!」


照が珍しく感情を露わにした。


「お前がこんな調子じゃ、チームが成り立たんわ!」


「照、落ち着け」


誠が照を制止する。


「でも誠 先輩…このままじゃ負けるで」


「分かってる。でも今は…」


誠の視線が緋色に向けられた。

緋色は完全に萎縮してしまっている。


誰の叱咤激励も、優しい励ましも、今の緋色には届かない状態だった。


「緋色…」


誠が何かを言いかけたが、言葉を飲み込んだ。

今の緋色に何を言っても無駄だと感じたからだ。

 


---



第3クォーター 開始



しかし緋色のプレーは変わらない。

むしろ悪化していた。

ボールに触る回数も減り、チームの足を引っ張るだけの存在になっていた。


「緋色!パスを受けろ!」


「緋色!そこ空いてるぞ!」


誠の声が飛ぶが、緋色は反応しない。


できない。


まるで周りの声が聞こえていないかのようだった。

観客席からも、不安の声が聞こえてくる。


「緋色…どうしちゃったの?」


けいの心配そうな声。


「元気がないねー…」


みっちゃんも困惑している。



第3クォーター中盤。



ついに限界が来た。


「緋色くん!!交代よ、下がりなさい!」


みち先生の強い声。

普段は優しいみち先生が、ここまで強い口調で言うのは珍しいことだった。

緋色は黙ってベンチに向かった。


(やっぱり…僕には…僕には無理なんだ…)


ベンチに座りながら、緋色は空虚な気持ちでピッチを見つめていた。

しかし緋色が下がった後、チームの雰囲気は一変した。


誠が今まで以上にチームを引っ張り始めた。


「みんな、諦めるな!大丈夫だ!まだ時間はある!」


「蒼、ナイスセーブ!よく止めたぞ!」


「照、いいポジションだ!そのまま行け!」


誠は自分もプレーしながら、チーム全体を励まし続けた。

周りを支え、チームの柱として奮闘する姿。

その姿に感化されて、他の選手たちも必死に食らいついた。




第4クォーター 序盤。




誠のセンタリングから、照が同点ゴールを決めた。



1-1



「やったぞ!同点だ!」


ベンチからも大きな歓声が上がった。

誠が照と抱き合って喜んでいる。

チーム全体に活気が戻ってきた。


さらに数分後。


誠自身が執念の逆転ゴールを決めた。


2-1


「誠 先輩すげー!」


「逆転だ…逆転だ!!」


チームメイトたちが誠 先輩に飛びついていく。

誠がベンチの緋色に目を向けるが、緋色の反応は薄かった。


(僕がいない方がチームは強い…)

(僕は…僕は何のためにここにいるんだろう…)


ベンチで一人、緋色は複雑な感情に支配されていた。


しかし、青刃中も必死だった。

全国大会への切符をかけた戦い。

簡単に諦めるわけにはいかない。



第4クォーター 終盤



藍人の個人技でこじ開けられ同点に追いつかれた。



2-2



「くそっ!」


誠が悔しそうに叫ぶ。




そして終了間際。

青刃中が決勝ゴールを決めた。


2-3


成磐中の選手たちが、ピッチに崩れ落ちた。

試合終了を告げるホーンが響く。



青刃中の勝利。


青刃中はその後も5位決定戦を勝ち抜き、全国大会出場を決めた。





成磐中の夏は終わり、緋色は呆然とベンチに座り続けていた。

涙が…出ない……ただ、空虚な気持ちだけがそこにあった。


試合後、チーム全員がテントエリアに戻って円陣を組んだ。

緋色も促されて、輪に加わり誠が最後の言葉を口にする。


「みんな、お疲れさま…。」


誠の声は、涙で震えていた。


「結果は…負けだったけど、俺は、俺は誇りに思ってる!」


「一人じゃ何もできないんだ、勝つも負けるも……チームで分かち合おうぜ」


「俺はこのチームが大好きだ」




誠の言葉に、みんなが涙を流した。

蒼も、照も、他のチームメイトたちも。


そして緋色は、その瞬間に気づいた。


(一人じゃ何もできない…僕は…僕は一人で戦おうとしてた)

(チームのみんなを置いて行こうとしてた)


誠の言葉が、緋色の心に深く刺さった。

自分の行動の結果に、ようやく気づいた。


でも、もう遅かった。

全国大会への道は閉ざされてしまった。


誠たちの最後の夏は終わってしまったのだ。


大会から学校に戻り、解散となった。

他のチームメイトたちは、重い足取りながらも家路についていく。

しかし緋色は、部室の前から動けずにいた。

スティックバッグを床に置いたまま、壁にもたれてうつむいている。


(僕のせいで…僕のせいでみんなの大会が…)

(誠 先輩があんなに頑張ってくれたのに)

(僕は何をしてたんだろう)


家に帰る勇気がなかった。

けいとみっちゃんの顔を見ることができない。


期待してくれていた家族に、どんな顔をして敗戦を報告すればいいのか分からなかった。

時間だけが過ぎていく。

夕日が部室の窓から差し込んで、廊下を染めている。


緋色の心は、深い後悔に支配されていた。


そんな緋色に、誠が声をかけた。


「緋色!」

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