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緋色のスティック  作者: ぱっち8
第2章
18/76

第17話「驕りの代償」

  


前半終了を告げるホーンが響く。


2-2の同点。


成磐中の選手たちがベンチエリアに向かう中、緋色の足取りは軽やかだった。


「よし...!よし、いける!!」


緋色の興奮した声が、成磐中ベンチ内に響く。


しかし、誠と蒼の表情は複雑だった。


「緋色くん、水分補給をしっかりと」


みち先生がボトルを手渡しながら、緋色の様子を観察している。


「ありがとうございます!」


緋色は一気に水を飲み干すと、興奮を抑えきれずに話し始めた。


「すごいんです!今までと全然違う感覚で、コート全体が見えるんです!」


「最初はみんなを活かせて、次は僕一人でも決められました!」



緋色の瞳は輝いていた。


(この力があれば...これなら全国に行ける!)


一方で、誠は腰に手を当てながら緋色を見つめていた。


確かに緋色の前半のプレーは素晴らしかった。特に照へのパスは、見事としか言いようがない。


でも、何かが引っかかっている。


「緋色...確かに得点は素晴らしかった。でも...」


誠が何かを言いかけた時、


「もう1点いきましょう!後半で決めましょう!」


緋色の明るい声が、誠の言葉を遮った。


誠の違和感は深まる。



蒼も心配そうに緋色を見つめている。


(何か...おかしい。緋色の様子が...)



「緋色、少し落ち着け」


誠が再び声をかけようとしたが、


「大丈夫です!この感覚があれば、後半は絶対勝てます!」


緋色の自信に満ちた表情。



でも誠には、それが危険な兆候に見えて仕方がなかった。



「緋色くん、チームプレーを忘れちゃダメよ」


みち先生も、優しくも的確な指摘をする。



「もちろんです!でも、この力を使えばもっと...!」


緋色の返事は上の空だった。



照が近づいてくる。


「緋色、前半のパスは最高じゃったなー!でも、一人で突っ込むのは危険じゃで」


「ありがとうございます!でも大丈夫です、見えてるんです!」


照も困ったような表情を浮かべた。




一方、出雲帝陵中のベンチでは、全く違う空気が流れていた。


「みんな、前半はお疲れ」


監督が労いの言葉をかける。


「いえ、まだ始まったばかりです」


颯真の表情は冷静そのものだった。


「あの8番、…面白いな」


監督が言うと


「はい、確かに興味深いです。だが...」


颯真の目に、わずかな失望の色が浮かんだ。


「まぁ、もしかしたらあの程度かな…と。後半は、少し本気でいかせてもらいます」


颯真の一言で、ベンチの空気が一変した。

前半は様子見だったのだ。


「全員、準備はいいか?」


監督が言うと、選手たちが一斉に頷いた。

前半とは明らかに違う、鋭い眼光がそこにあった。



---



第3クォーター開始



後半開始の笛が響く。

出雲帝陵中の選手たちがピッチに現れた瞬間、会場の空気が変わった。

前半とは明らかに違うメンバーと迫力。


そして、颯真の表情も変わっていた。


「前半は面白いものを見せてもらった」


颯真の声に、これまでにない鋭さが宿っていた。

緋色は気づいていなかった。

相手が前半、本気を出していなかったことを。


そして今、颯真が前半の緋色のプレーを完全に分析済みであることを。



第3クォーター 2分。



緋色がボールを奪取した。


(よし!この感覚で...!)


緋色の視界に、黄金に輝くパスコースとドリブルコースが見えた。

周りが声をかけるが、前半と同じように一人で突破を図る。


颯真が冷静にチームメイトに指示を出す。


「右のスペースを潰せ。あいつの動きは読める」


「OK!」


緋色はドリブル突破を図るが、しかし―


「甘い」


颯真の冷静な声と共に、ボールが簡単に奪われた。


(……え?な…んで?ちゃんと見えてたのに...)


緋色の困惑をよそに、颯真は瞬時にカウンター攻撃を開始した。

シンプルなロングパスを前線に送る。

それだけで成磐中の守備は完全に崩された。


ゴール。


2-3


(え…?こんな簡単に逆転...?!)


緋色は愕然とした。

前半はあれほど有効だった感覚が、なぜか通用しない。


(なんで…なんで読まれるんだ?この力があるのに...)


緋色は焦った。

でも緋色は気づいていなかった。

黄金に見えるコースそのものが、前半より明らかに減っていることに。


一人でボールを運び、一人で相手と戦い続ける消耗。

体力と集中力の限界が、徐々に緋色を蝕んでいた。


「緋色!落ち着け!パスだ!」


誠の叫び声が聞こえる。

でも緋色の耳には入らない。


(追いつかなきゃ...全国に行くんだ...!)


(この力で、なんとかしなきゃ...)


再び突破を試みる緋色。

しかし颯真は、その動きを完璧に予測していた。


「またか…パターンが単調すぎる」


ボールを奪い取り、再びカウンター。


ゴール。


2-4


「なんだ...そんなものなのか...」


颯真の声には、期待していたのに裏切られたような失望が込められていた。

観客席から、不安そうな声が聞こえてくる。


「緋色、どうしちゃったの...」


けいの心配そうな声。


「前半はあんなに良かったのに...」


みっちゃんも困惑している。



---



第4クォーター開始。



颯真は止まらなかった。

緋色が独走を試みるたびに、完璧に予測して奪い取る。

緋色の単純なプレーは、すでに颯真に完全に読まれていた。

緋色の苦し紛れのパスを読まれ、カットされた瞬間からの美しいカウンターで5点目。


2-5


緋色の単独ドリブルを止めた瞬間からの流れるような攻撃で6点目。


2-6


「…まだ分からないか?」


颯真の冷静な声が、緋色の心を深く刺した。

緋色は完全に混乱していた。

前半はあれほど輝いて見えた黄金のコースが、もうほとんど見えない。


体も重く、思考も鈍っている。

それでも、諦めることができなかった。


(まだ...まだ僕には...光るコースが…)


最後の攻撃。

緋色が必死にドリブルを仕掛けるが、もはや予測可能な動きでしかない。

颯真が軽々とボールを奪い、5点目のゴールを決めた。


2-7


残り5分。

颯真がベンチを向いた。


「交代だ」


主力選手たちが、次々とベンチに下がっていく。

これ以上は必要ないという、明確なメッセージだった。

颯真も最後にベンチに向かいながら、緋色を振り返った。


「お前の能力は面白い。だが、一人では限界がある」


その言葉が、緋色の心に深く突き刺さった。

試合終了を告げるホーンが響く。



最終スコア


2-7


緋色は膝をついた。


(新しい光の道を手に入れたはずなのに...できるはずなのに…)


結果は惨敗。

最後には主力を下げられるという現実。


「緋色...」


誠が歩み寄る。


「すみません...僕がもっとしっかりしていれば...」


緋色の声は震えていた。


「いや、それは違う」


誠の表情は厳しかった。


「お前一人の責任じゃない。でも...今日のお前のプレー、どこかおかしかった」


「おかしい...ですか?」


「ああ。まるで俺たちが見えていないみたいだった」


「え…?」


誠の言葉が、緋色の胸に重くのしかかった。



観客席から、けいとみっちゃんが駆け寄ってくる。


「緋色、お疲れさま」


けいの優しい声。


でも、その目には深い心配の色が浮かんでいた。


「今日の緋色...前半はとても上手だったよー。でも途中から...」


みっちゃんが言いかける。


「なんだか、一人で戦ってるみたいに見えたさ~」


「あ...…」


緋色の声は小さかった。


誠と同じみっちゃんの素直な言葉が、緋色の胸に刺さった。


「僕は...僕はチームのために戦ってたんだ...」


「そうね…。でも、チームと...みんなと一緒に戦ってるようには見えなかったわ」


けいの的確な指摘。


緋色は返す言葉がなかった。



成磐中のテントに戻る途中。

緋色は足取り重く歩きながら考えていた。


次の試合まで、あと数時間しかない。

負け組トーナメントでの5位決定戦。


(新しい力を手に入れた...前半は逆転もできた)

(でも、なぜ後半は勝てなかった?)

(なぜ、最後は通用しなかった?)


颯真の最後の言葉が頭に響く。


「一人では限界がある」


(パスでも得点できた…一人でも決められた…なのに…なのになんで…?)


心の中で、何かが深く傷ついているのを感じた。でもその何かがわからない。

大事な試合の敗戦の記憶が、心に重くのしかかっている。


最後のチャンス、5位決定戦トーナメントへの道のりが、すぐ目の前に迫っていた。



しかし緋色の心は、既に深く折れていた。

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