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緋色のスティック  作者: ぱっち8
第2章
17/76

第16話「一人でも」


中国大会3日目の朝。


決勝トーナメントの会場には、予選リーグとは明らかに違う緊張感が漂っていた。成磐中学校の選手たちもテントエリアで最終準備を進めていた。


「決勝トーナメントはダブルエリミネーション方式となっております。5位以上のチームに、全国大会出場権が与えられます」


場内アナウンスが響く中、緋色は手にしたスティックを握り締めていた。

成磐中は予選リーグを2敗1分けでAブロック最下位の5位。

決勝トーナメントの初戦は、Bブロック1位の出雲帝陵中学校との対戦が決まった。


つまり、1つ勝てば全国確定。


負けても負け組トーナメントで5位決定戦のチャンスが残されている。

しかし初めての大会で緋色の頭には、その『次のチャンス』という言葉がうまく入ってこなかった。


(次、勝たなきゃ...このまま負けたら終わり...)


「緋色、そんなに力まなくていい」


ウォーミングアップエリアで、緋色の緊張を察した誠が優しく声をかけてくる。


「負けてもまだ、次のチャンスがあるんだ」


「はい...」


緋色の返事は上の空だった。


「相手は全国トップクラスのチームだ。厳しい戦いになるのは目に見えてる。だからこそ、思い切っていこう」


誠の経験に基づいた冷静なアドバイス。

でも緋色の心は、初めてのトーナメントへの緊張と不安で支配されていた。


(でも…でも、このまま負けたら...)


「緋色くん、深呼吸して。いつものプレーをすれば大丈夫よ」


みち先生も心配そうに見つめながら、穏やかな声で励ましてくれた。

会場を見渡すと、統制の取れた動きで現れたチームがあった。

出雲帝陵中学校。


紺色のユニフォームに身を包んだ選手たちは、統制の取れた動きでピッチに向かっている。そしてその中心に、他の選手とは明らかに違うオーラを放つ人影があった。


背番号10番。神門(かみかど) 颯真(はやま)


すれ違ったとき一瞬だけ視線を交わした、あの冷静な眼差しの持ち主だった。


「あれが神門 颯真か...」


照が小さく呟く。


「見た感じ、緋色と同じ1年生には見えないな」


誠も颯真の姿を見つめながら言う。

確かに、颯真の存在感は他の選手とは別次元だった。

高校生並みの体格に加えて、その場にいるだけで周囲を支配するような迫力がある。


(あの人が...全国トップクラスの司令塔)


緋色は颯真を見つめながら、胸の奥で何かが熱くなるのを感じていた。


石見双星中戦での「線を見る」感覚が、颯真という相手に対してどこまで通用するのか。それを確かめてみたいという気持ちが、緋色の中でふつふつと湧き上がってくる。


「よし、アップに行くぞ」


誠の声で、緋色は現実に引き戻された。

青い人工芝のピッチに足を踏み入れた瞬間、会場の空気が一変した。観客席からは、各チームへの声援が飛び交っている。その中に、聞き覚えのある声があった。


「緋色、頑張って!」


観客席を見上げると、けいとみっちゃんが手を振っているのが見えた。


(お母さん、みっちゃん...今日も見に来てくれてる)


家族の応援が、緋色の緊張を少しだけ和らげてくれた。

アップを終え、いよいよ試合開始の時間が近づいてくる。


開始は出雲帝陵中のボールから始まることになった。


「頑張ろう」


誠がチーム全体に向けて声をかける。


ピッチに並んだ瞬間、颯真と目が合った。

あの時と同じ、冷静で鋭い眼差し。でも今度は、緋色も負けじとその視線を受け止めた。


(今度こそ...今度こそこの力を活かして勝つんだ)


主審がホイッスルを口に当てる。


会場全体の空気が、一瞬静止したかのように感じられた。


そして―



ピーーー!


笛が鳴った瞬間、会場の空気が一変した。


出雲帝陵中の選手たちが、まるで一つの意思を持った生き物のように動き出す。彼らの動きには無駄が一切なく、何度も練習を重ねた精密さがそこにあった。


その中心にいるのは、背番号10番・神門 颯真。


「よし、いくぞ」


颯真の一言で、チーム全体が完璧に連動する。


---


第1クォーター



試合開始から数分。成磐中の選手たちは、相手のレベルの高さに戸惑いを隠せずにいた。

出雲帝陵中の動きは、これまで対戦してきたどのチームとも違っていた。



第1クォーター 3分



颯真がハーフラインでボールを受け取った瞬間、緋色は背筋に電流が走るような感覚を覚えた。


(来る...!)


颯真は一瞬の判断で、鋭いドリブルを開始した。成磐中の最前線のプレッシャーを、まるで存在しないかのように軽々とかわしていく。

そのままサークルまで持ち上がった颯真が、そのまま力強いシュートを放った。


「くそっ」


蒼が反応するも、コースが完璧すぎて届かない。

ボールがネットを揺らした瞬間、出雲帝陵中のベンチから大きな歓声が上がった。


0-1


第1クォーター中盤での鮮やかな先制点だった。


(個人技でも、こんなに...)


緋色は愕然とした。

第1クォーターの残り時間、成磐中も必死に攻撃を仕掛けた。


そんな中、緋色は石見双星中戦で身につけた「線を見る」能力で反撃を試みた。

深呼吸をして、心を落ち着かせる。すると、視界の隅で薄っすらと金色の線が見えた。


(今度こそ...)


石見双星中の双子の連携を読んだあの感覚を思い出し、相手のパスを予測して飛び込んだ。


「見えた!」


見事にインターセプトに成功。そのまま照にパスを送り、惜しいシュートまで持っていくことができた。


その瞬間、颯真が緋色の方を一瞬見た。


「へぇ...あの8番、面白いものを持ってるな」


颯真が小さく呟く。

しかし、次の攻撃では颯真の対応は完璧だった。

緋色が同じような動きを試みても、もう颯真にはパターンを読まれていた。


「だが、まだ甘い」


颯真の冷静な判断で、緋色の動きは完全に封じられてしまった。


第1クォーター終了。

0-1で出雲帝陵中がリード。




第2クォーター



成磐中の動きが、第1クォーターよりも良くなっていた。緋色の「線を見る」感覚も、徐々に相手のレベルに慣れてきている。

しかし、0-1のスコアは変わらないまま、時間だけが過ぎていく。


(このままじゃ負ける...このままだと...)


観客席のけいとみっちゃんの顔が頭に浮かんだ。


(負けたくない...ここで終わりたくない...)


(誠先輩たちのためにも...みんなのためにも...)


強烈な想いが、緋色の胸の奥で燃え上がった。

絶対に負けられない。

この試合に、すべてをかけたい。


その瞬間―


(これは...?!)


緋色の視界に、異変が起きた。

これまで見えていた薄い金色の線が、突然鮮やかに輝き始めたのだ。


それだけではない。


今までの「線を見る」感覚とは全く違う、新しい世界が目の前に広がった。

コート全体のあらゆる動線、パスライン、攻撃ルートが、まるで黄金の網のように見える。

相手選手の動き、味方選手のポジション、ボールの軌道。すべてが手に取るように分かった。


これは、これまでとは次元の違う感覚だった。

新たな感覚での反撃

すぐにその効果が現れた。


出雲帝陵中の攻撃を読み切り、完璧なインターセプト。

緋色の視界には、複数の選択肢が黄金に輝いて見える。

その中からひと際輝く照へのパスコースを選択。


「照 先輩!こっちです!」


完璧なタイミングでパス。

照が受け取り、そのまま強烈なシュートを放った。


ボールがゴールネットを揺らす。


ゴール!


1-1


「ナイスパス、緋色!」 「めちゃくちゃ良いパスだったがん!」


照が興奮しながら駆け寄ってくる。


(すごい...この力があれば、みんなを活かせる!)


緋色の新しい感覚への自信が高まった。

数分後、再び緋色がボールを奪う機会が訪れた。

今度は、パスコースだけでなく―


(あれ?ドリブルコースも、シュートコースも見える...このまま僕が直接行けば...!!)


黄金に輝くドリブルコース、そしてゴールへの軌道が見えた。


「緋色!」


誠が好位置で手を上げる。

でも緋色の目には、もっと魅力的な選択肢が見えていた。


(僕一人でも行ける...!)


ドリブル突破を選択。

DF二人を華麗に抜き去り、GKの動きを完璧に読んでシュート。

ボールが正確にゴールの隅に吸い込まれた。


ゴール!


2-1


「やった...僕一人でも決められる!」


緋色の心に、今までとは違う高揚感が芽生えた。

しかし、出雲帝陵中も黙って見ているわけではなかった。


緋色の2得点に刺激された出雲帝陵中が、第2クォーター終盤に精密な攻撃を仕掛けてきた。颯真を中心とした組織的な攻撃で、成磐中の守備陣を崩され、同点ゴールを決められてしまう。


2-2


前半終了


観客席のけいが、息子の変化を見逃さなかった。


「あら...緋色の表情が変わったわね」


「そうだねー、何か違う感じがするよー」


みっちゃんも興味深そうに見つめている。

ピッチ上では、緋色の変化に気づいた選手がもう一人いた。


神門 颯真だった。


「ほう...」


颯真の口元に、わずかな笑みが浮かんだ。


前半終了を告げるホーンが響く。



2-2の同点。



緋色の心の中には、これまでにない高揚感があった。


(2点も取れた!新しい感覚で一人でも得点ができた!)


この新しい感覚があれば、後半は必ず勝てる。


「これは...今までと全然違う...!」


緋色の瞳に、新たな光が宿っていた。

そう確信していた。

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