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緋色のスティック  作者: ぱっち8
第2章
14/74

第13話「予選リーグ開幕」

中国大会当日の朝、成磐中ホッケー部を乗せたバスは山間の道路をゆっくりと進んでいた。

車窓に流れる緑豊かな景色を眺めながら、緋色は胸の高鳴りを抑えきれずにいる。


ついに、この日がやってきた。


バスの中は異様なほど静まり返っていた。


普段なら朝比奈(あさひな) (てる)の明るい岡山弁が響いているはずなのに、今日は誰もが自分の世界に沈み込んでいる。

それだけ、今回の大会の重みを全員が感じているということだった。


「みんな、もうすぐ会場に着きますよ」


椎名(しいな) 美智(みち)先生の優しい声が、静寂を破った。

その言葉で、選手たちの緊張が一段と高まる。

緋色は無意識に深呼吸を繰り返していた。


「緋色、大丈夫?」


隣に座る福士(ふくし) (あお)が心配そうに声をかけてくる。


「うん、緊張してるけど…でも楽しみでもあるんだ」


緋色は素直に答えた。

四国強化合宿を経て、自分の中で何かが大きく変わったのを感じている。

以前のような不安だけではなく、この光る感覚をどこまで通用させることができるのか、という期待の方が大きくなっていた。


「僕も同じ気持ちだよ。特に今日は誠先輩たちの…」


蒼が言いかけた時、バスが急カーブを曲がった。

そして次の瞬間、視界に巨大な施設が姿を現した。


「うわあ…」


思わず声が漏れる。

中国大会の会場は、県大会とは比べ物にならない規模だった。

立派な人工芝のコートが美しく整備され、観客席も充実している。

駐車場には既に多くのバスが到着していて、他県のチームがアップを始めている光景が見える。


会場全体に活気が満ちていた。


「相変わらず、すげぇなあ…これが中国大会じゃなー」


照が初めて口を開いた。

その声には、いつもの余裕よりも緊張が色濃く混じっている。


「ああ。ここが俺たちの勝負の場所だ」


長瀬(ながせ) (まこと)が立ち上がる。

キャプテンとしての責任感と、3年生としての想いが、その背中からひしひしと伝わってくる。


バスから降りた瞬間、会場の雰囲気に圧倒された。

各県の強豪チームが次々とアップを開始している。

ユニフォームの色も様々で、それぞれが独特の迫力を放っている。

これが中国地方の頂点を決める戦いなのだ。


「あ、あれが…」


緋色の視線の先に、黄色と黒のユニフォームを着たチームが見えた。

シューティングレイヴ広島だ。

選手たちの体格も良く、ボールタッチの音一つをとっても格の違いを感じさせる。

特に背番号9番の選手は、他の選手とは明らかに別次元のオーラを纏っていた。


堂島(どうじま) (じん)…」


誠が小さく呟く。

Hockey Labの店長が言っていた全国トップクラスの選手だ。

遠目からでも、その存在感は圧倒的だった。

まるで、周囲の空気まで違って見える。


「まずは準備をしましょう」


みち先生が選手たちを促した。

荷物を持って控室に向かう途中、緋色たちは他のチームとすれ違った。


島根県代表の出雲帝陵中学校の選手たちだ。

その時、緋色の足が止まった。


「あ…」


チームの中に、一人だけ異質な雰囲気を放つ選手がいた。

冷静な眼差し、一切の無駄がない動き、そして何より…

その場にいるだけで周囲を支配するような存在感。


間違いない、神門(かみかど) 颯真(はやま)だ。


颯真と目が合った瞬間、緋色は背筋に電流が走るような感覚を覚えた。

相手も緋色を見ているようだった。

ほんの数秒の出来事だったが、お互いに何かを感じ取ったようだった。

まるで、運命的な何かを予感させる瞬間―――


「緋色?どうした?」


蒼の声で我に返る。


「あ、なんでもないよ」


そう答えたものの、胸の奥で何かがざわめいているのを感じていた。

あの選手が、藍人くんが言っていた神門 颯真。

同じ1年生でありながら、既に全国レベルの実力を持つと言われる司令塔。


テントで準備を整えながら、緋色は自分の気持ちを整理していた。


緊張はある。

でも、それ以上に期待が大きい。

四国合宿での成長を、この場で試してみたい。

光る感覚が、どこまで通用するのか確かめてみたい。


「よし、アップに行くぞ」


誠の声で、全員が立ち上がった。

青い人工芝に足を踏み入れた瞬間、緋色は背筋が伸びるのを感じた。

いつもの成磐中のグラウンドとは違う、特別な舞台。

ここで、自分たちの真価が問われる。


アップを終え、いよいよ第1戦が始まる。


---



第1試合 vs シューティングレイヴ広島


ベンチから見る堂島 迅の存在感は、やはり格が違った。


「成磐中、頑張れー!」


スタンドから声援が聞こえる。

女子の試合を終えた桜倉 えみ(さくら えみ)が、他の女子部員たちと一緒に応援してくれている。

その声が、緋色の心を温かくした。


主審のホイッスルが響き、試合開始。


---


第1クォーター



成磐中のスタートメンバーに緋色も選ばれた。

広島チームは、予想通り迫力のあるメンバーが並んでいたが、堂島 迅はベンチにいる。


「どうやら最初は主力を温存してきたようだな」


誠が冷静に状況を分析する。


「だったら今のうちに点を取るでー!」


照が気合いを入れた。

その岡山弁には、いつもの力強さが戻っている。


第1クォーター序盤


成磐中は意外にも善戦していた。

広島の選手たちの技術は確かに高いが、成磐中も四国合宿での成長が確実に活きている。

特に緋色のポジショニングが格段に良くなっており、常にパスを受けやすい位置にいることができている。


「いいぞ、緋色!その調子だ!」


誠の励ましの声が響く。

緋色は深呼吸をして心を落ち着かせた。

すると、視界の隅で薄っすらと金色の線が見えた。

以前よりもはっきりと、そして安定して光っている。


(見える…!前よりもずっとはっきりと!)


緋色は迷いなくパスを送る。

ボールは狙い通り照先輩の足元に向かった。

照が完璧にトラップし、そのまま相手ゴールに向かってドリブルを開始する。


「ナイスパス!」


照のシュートは惜しくもゴールキーパーに阻まれたが、確実に成磐中のペースだった。


「いいじゃないか!」


誠の表情に、希望の色が浮かんでいる。



第1クォーター中盤



成磐中にチャンスが訪れた。

広島の選手がファウルを犯し、成磐中にフリーヒットの機会が与えられる。


「緋色、任せたぞ」


誠がボールを託した。

緋色は再び深呼吸をする。

光る感覚がより鮮明になってくる。

今度は複数の光る線が、まるで選択肢を示すように見えた。


(あそこだ!照先輩の動きに合わせて…)


緋色が送ったパスは、完璧に照の走るコースに届いた。


照は躊躇なくシュートに持ち込む。


「ゴール!」


ボールがネットを揺らした瞬間、成磐中のベンチが沸いた。



1-0



成磐中が先制。


「やったー!」


ベンチから大きな声援が飛ぶ。

緋色は自分の感覚に驚いていた。

光る感覚が、以前よりもずっとはっきりと機能している。

四国合宿での成長が、確実に自分のものになっている。


しかし、さすがは強豪の広島チーム。

黙って見ているわけではなかった。



第1クォーター終盤



巧妙なパスワークから簡単に同点に追いつかれてしまう。



1-1




第2クォーターも激しい攻防が続いた。


広島は徐々にペースを上げてきたが、成磐中も粘り強く対応している。

緋色の光る感覚も安定しており、チーム全体が一つになって戦えている感覚があった。


「みんな、落ち着いていこう。俺たちのペースを保つんだ」


誠の冷静な指示が、チーム全体を落ち着かせる。


キャプテンとしての経験と判断力が、こういう場面で光っている。




第2クォーター中盤


広島の鋭いカウンター攻撃から勝ち越しを許してしまう。



1-2。



巧妙な崩しからの得点だった。


「くそ…やられたー!」


照が悔しがるが、その表情に諦めはない。

むしろ、闘志を燃やしている。


「まだまだ!いけます!」


緋色も声を上げる。

光る感覚への信頼が、彼に勇気を与えていた。




第2クォーター 終了間際



成磐中に絶好のチャンスが訪れた。

緋色がボールを持ち、相手陣内深くに侵入する。

深呼吸をすると、また複数の光る線が見えた。


(今度こそ…照先輩のタイミングに合わせて!)


緋色のパスは照のスティックに正確に届く。

照が渾身のシュートを放った。

しかし、そのシュートは惜しくもゴールポストに当たり、ゴールインならず。


「うあああ!惜しい!めちゃくちゃ惜しいがん!」


照が地面を叩いて悔しがる。



前半終了。1-2で広島リード。


ベンチに戻った選手たちの表情は、意外にも明るかった。


「いい感じで戦えてるぞ」


誠が言う。

その声には、希望と手応えが込められていた。


「そうじゃなー!緋色のパスも冴えまくってるし、このまま行けるかもしれん」


照も前向きだ。


「あの感覚が、本当に安定してるんです。みんなの動きも見えるし、きっと後半はもっと良くなります」


緋色も自信を持って言う。

四国合宿での成長を、確実に実感していた。


「素晴らしいですね、皆さん。後半もこの調子で行きましょう」


みち先生も希望に満ちた表情を見せている。


しかし、隣のコートで行われている他の試合を見ていた緋色は、少し不安も感じていた。

どのチームも想像以上に高いレベルでプレーしている。

中国大会のレベルの高さを、改めて実感させられた。


「大丈夫かな…後半も」


蒼が同じことを考えているようだった。


「大丈夫!みんなで頑張ろう」


緋色が答える。

その言葉に、蒼も頷いた。

仲間がいる。それが、何よりも心強い。




第3クォーター



後半開始

しかし、広島チームの様子が明らかに変わっていた。

ピッチに立つメンバーが、前半とは全く違う。


「あ…」


緋色は息を呑んだ。

堂島 迅がピッチに立っている。

そして、他にも明らかに格上と思われる選手たちがスタメンで登場していた。

広島が、ついに本気のメンバーを投入してきたのだ。


「ついに主力を投入してきたな」


誠の声に、緊張が走る。

試合が再開されると、すぐに違いが分かった。

広島チームの動きが一変していた。

パスの精度、スピード、判断力、ポジショニング、すべてが前半とは次元が違う。

まるで別のチームと対戦しているかのようだった。


「うわ…なんだこのレベル…」


緋色はボールに追いつくのがやっとだった。

相手選手たちの動きが速すぎて、ついていけない。

光る感覚は機能しているのに、体が追いつかない。



第3クォーター開始わずか2分で、堂島 迅が鮮やかなゴールを決めた。


1-3。


「なんじゃあの動き…」


照が呟く。

堂島 迅のプレーは、確かに全国レベルだった。

成磐中ディフェンダーを軽々と抜き去り、完璧なコースにシュートを放った。

まるで、ボールが吸い込まれるようにゴールに向かっていった。


その後も広島の攻撃は止まらない。

成磐中の選手たちは必死に対応しようとするが、相手の技術とスピードについていけない。


第3クォーターだけで3点を追加され、1-6になってしまった。


「くそ…全然違う…レベルが違いすぎる」


緋色は必死に光る感覚を頼りにプレーしようとした。

光る線は確かに見える。

でも、相手のスピードと技術があまりにも高すぎて、せっかく見えたコースも瞬時に塞がれてしまう。


「落ち着け!まだ試合は終わってない!」


誠が声をかけるが、明らかに劣勢だった。

実力差を、痛いほど思い知らされている。



第4クォーターも広島ペースが続いた。


成磐中の選手たちは必死に食らいついたが、実力差は歴然としていた。

それでも、誰一人として諦めることはなかった。


「まだじゃ!まだ終わっとらん!」


照が叫ぶ。

その声には、悔しさと同時に、最後まで戦い抜く意志が込められていた。

緋色も必死にプレーを続けた。光る感覚は機能している。


でも、相手のレベルがあまりにも高すぎる。

それでも、仲間のために、誠先輩たちのために、最後の最後まで走り続けたが無情にも主審のホイッスルが響いた。



試合終了


最終スコア1-7。



広島の圧勝だった。

控室に戻る途中、緋色たちは呆然としていた。

現実の厳しさを、まざまざと見せつけられた。


「強すぎる…」


蒼が呟く。


「前半は戦えとったのに…」


照が前向きに言おうとするが、その声にも落胆が混じっている。


「そうですね。課題も見えましたし、まだ2試合あります」


みち先生も選手たちを励まそうとするが、みんなの表情は重かった。

その時、女子の試合を終えた桜倉 えみ(さくら えみ)が駆け寄ってきた。


「みんなお疲れさま!」


「えみちゃん…見てたの?」


「うん、女子の試合が終わってから見てたよ」


えみの表情を見て、緋色は自分がどれだけ情けない試合をしたかを改めて実感した。


「僕…全然ダメだった。光る感覚があるのに、全然通用しなくて…」


緋色の声は震えていた。

四国合宿での成長を実感していただけに、今日の敗戦は心に深く刺さっていた。

自分が思っていた以上に、中国大会のレベルは高かった。


「そんなことないよ。前半はちゃんと戦えてたじゃない。ひいろくんのパスも良かったよ」


「でも、後半は…何もできなかった。せっかくあの感覚があるのに、全然役に立たなくて」


「ひいろくん…」


えみは緋色の落ち込みように心を痛めた。


「ふふっ♪ でもね、ひいろくんは諦めない人でしょ?きっと次はもっと良くなるよ」


えみの優しい励ましに、緋色は少し希望を取り戻した。

まだ、試合は残っている。



その夜、宿舎で選手たちは今日の試合を振り返っていた。


「広島は確かに強かった。でも、俺たちも成長してるのは間違いない」


誠が言う。


「そうじゃなー。緋色のパスは確実に良くなっとるし、チームワークも悪くなかったがん」


照も頷く。


「次は鳥取の八羅針中ですね」


蒼が資料を見ながら言う。


「戦術型のチームらしいな。今日とは違うタイプの相手だ」


誠が分析する。

緋色は窓の外を見つめていた。夜空に星が輝いている。


(僕の光る感覚は、確実に成長してる。でも、まだまだ足りない。もっと、もっと強くならなければ)


「緋色、どうした?」


蒼が心配そうに聞く。


「うん、ちょっと考えてただけ。明日の試合、絶対に勝ちたいんだ」


「俺たちも同じ気持ちだぞ。」


誠が言う。


「絶対に誠先輩たちを全国大会に連れて行きたいんだ」


緋色の言葉に、部屋の空気が少し重くなった。

3年生にとって、この中国大会が成磐中での最後の戦いになるかもしれない。


「そうだ…な。だからこそ悔いの残らないよう戦おう。今日の敗戦も、きっと意味がある」


誠の言葉に、全員が頷いた。

その夜、緋色は長い間眠れずにいた。

広島戦での敗北は悔しかった。


でも同時に、大きな学びがあった。

自分の光る感覚は確実に成長している。


でも…でも、それだけでは足りない。


(もっと強くならなければ。仲間のために、先輩たちのために)


窓の外で、夜が静かに更けていく。

明日はきっと、今日よりも良い試合ができる。


そう信じて、緋色はようやく眠りについた。

中国大会2日目。

新たな挑戦が、すぐそこまで来ている。

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