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緋色のスティック  作者: ぱっち8
第2章
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第12話「見えた強敵」

四国合宿から3日後。


成磐中学校のホッケー部は、いつものように放課後の練習に励んでいた。

青い人工芝に夕日が差し込み、選手たちの汗がきらめいている。


「みんな、四国合宿での成長が素晴らしいですね」


椎名(しいな) 美智(みち)先生が練習を見守りながら、満足そうに頷いている。

特に緋色の変化は顕著だった。

光る感覚への信頼が深まり、プレーに安定感が生まれている。

パスの精度も格段に向上し、仲間との連携もスムーズになっていた。


「緋色、めっちゃ上手になったなー」


照が感心しながら言う。

緋色のボールタッチは確実に変わっていた。

以前は「カツッ、カツッ」という硬い音だったのが、

今では「コツッ、コツッ」という柔らかな響きに変化している。


「ありがとうございます。でも…まだまだです」


緋色は謙遜しながらも、確実な手応えを感じていた。


四国合宿での10試合は、間違いなく自分を成長させてくれた。

光るパスの感覚も以前より安定してきている。


蒼も緋色の変化に気づいていた。


「緋色のポジショニングが良くなってる。前よりずっとボールを受けやすい場所にいる」


「そうじゃなー。合宿で鍛えられた甲斐があったなぁ」


照の岡山弁が響く。

練習が終わりに近づいた頃、みち先生が選手たちを集めた。

その表情は普段より少し緊張している。


「皆さん、中国大会の組み合わせが決まりました」


選手たちの表情が一気に引き締まる。

ついにその時が来た。

緋色の胸も高鳴る。


「成磐中は予選Aブロックです。同じブロックには...」


みち先生が資料を読み上げる。

選手たちは息を呑んで聞いている。


「広島県代表のシューティングレイヴ広島、島根県2位の石見双星中学校、鳥取県1位の八羅針中学校、山口県1位の防府南中学校です」


重い沈黙が部室を支配した。

5校での予選リーグ。

しかも、どのチームも手強そうな名前ばかりだ。


「5校といっても当たるのはBブロックと同じ3校です。

成磐中学が当たるのは広島県、島根県2位、そして鳥取県1位のチームです。

青刃中学校は島根県1位の出雲帝陵中学校と同じAブロック。


各ブロックで順位を決めたのち、決勝トーナメントを行い上位5チームが全国大会出場となります。」


緋色たちは5校のブロック。

誠が静かに口を開いた。


「広島代表のシューティングレイヴ広島...」


誠の表情が厳しくなる。


「あそこは昨年、全国でもトップの実力を誇っていたチームだ。学校枠を超えたクラブチームで構成されている」


緋色は息を呑んだ。

クラブチームは学校の部活動とは違う、より高いレベルでの選手育成を行っている組織だ。


「島根県2位の石見双星中も侮れない。」


誠が続ける。


「島根は全体的にレベルが高い。2位でも他県の1位クラスの実力はあるだろう」


「他の対戦相手についても、もっと詳しく調べた方がいいかもしれませんね」


緋色が提案する。


「そうだな。知らない相手ほど怖いものはない」


誠が頷いた。


「特に島根は2校とも強豪だからな。1位の出雲帝陵中、2位の石見双星中...どちらも油断できない」


成磐中は全国でも上位の2チームがいる激戦のAグループに入ることになった。

緋色は予選の厳しさを改めて実感した。

Aグループ5校の中で上位に入るのは、本当に大変だ。

しかもそこからの決勝トーナメント。


そして、これが誠たち3年生にとって……




「…俺たち3年生にとって、負ければこれが成磐中としての最後の戦いになる」


誠の言葉に、部室の空気がさらに重くなった。

照も、普段の明るさを潜めている。


「…じゃけぇ、悔いの残らないよう、全力で戦おうでーーーー!!!」


照の声には、いつもの力強さと同時に、どこか切ない響きがあった。

緋色は拳を握り締めた。

絶対に、絶対に先輩たちを全国大会に連れて行きたい。



翌日の土曜日。

緋色は久しぶりにHockey Labを訪れていた。

中国大会の対戦相手について、より詳しい情報が欲しくて来たのだ。


「いらっしゃい...あ、緋色くん!」


店長が気づいてあいさつしてくれた。

それと同時に、奥から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「シュッ、カツッ、シュッ」


あの特徴的な音。

間違いない。


「藍人くん?」


奥から現れたのは、予想通り桐島(きりしま) 藍人(あいと)だった。


「緋色!久しぶり!」


藍人の笑顔は相変わらず人懐っこい。


「うん、対戦相手のことをもっと知りたくて情報収集しに来たんだ。」


「僕もだよ!やっぱり考えることは同じだね」


二人は自然と近況を話し始めた。

県大会以来の再会だったが、まるで昨日会ったかのように自然に会話が弾む。


「君たちは5校のAブロックか。大変だね」


「うん、激戦になりそうだよ。藍人くんたちのBブロックはどう?」


「僕たちは4校だけど、島根1位の出雲帝陵中がいるから油断できないよ」


「出雲帝陵中...全国三大最強の一角って聞いたことがある」


「そうなんだ。神門(かみかど) 颯真(はやま)っていうすごい選手がいるって、僕のお父さんが言ってたんだ」


藍人は声を潜めた。


「……『あの選手は別格だ』って」


神門 颯真。その名前に、緋色は何か引っかかるものを感じた。


「詳しくは分からないけど...司令塔らしい。僕と同じ1年生なのに、もう島根県内ではずば抜けてるって」


「1年生で、そんなに有名なんだ...」


緋色は自分と同じ1年生の活躍を想像した。

同じ学年なのに、既に県内で敵なしと言われるほどの実力。

きっと熾烈な対戦になる。


「でも僕たちも負けてられないよね!」


藍人が拳を握る。


「もしまた決勝トーナメントで当たることになったら、今度も負けないぞ!」


「僕だって!…お互い、できるだけ上位で予選を抜けられるように頑張ろう」


緋色が言う。


「予選の順位で決勝トーナメントの組み合わせが決まるからね」


「そうそう。目指すは全国出場!!」


そこに、大きな声が響いた。


「あいとーーー!お疲れさま〜!」


店の外から聞こえる爆音。間違いなく兵動(ひょうどう) 天音(あまね)の声だ。


「あ、天音が来た」


藍人が振り返る。


「あ!そういや、中国大会の情報収集のために店長さんに話を聞きに来てたの忘れてた。」


「そうだった!僕も話に夢中で忘れてたよ。」


「ここの店長さん色んな大会に出店してるから、各地のチーム事情にすごく詳しいんだよ」


天音が店内に入ってきた。


「お、緋色もいるじゃん!久しぶり〜!」


「天音くん、こんにちは」


天音の相変わらずの大声に、店内の他の客が振り返る。

でも天音は全く気にしていない。


「四国にいったんだろ??どうだった?すごかった?」


「うん、すごく勉強になったよ。天音くんたちどこかにいってたの?」


「そうなんだよ〜!俺たちも広島に行ってて死ぬほど鍛えられたよ〜。でも楽しかった!」


天音の声で店長が奥から出てきた。


「ああ、中国大会の話だったね。毎年各県の大会に出店してるから、どこのチームが強いか、だいたいはわかるよ」


「すごく助かります」


みんなで頭を下げる。


「特に今年の島根は要注意だね。出店の時によく見かけるけど、レベルが違う」


店長の表情が真剣になる。


「島根の石見双星中も、この前の県大会でも見たよ」


店長が教えてくれる。


「大森 海と大森 陸って双子がいるんだ。海はフィジカル系のストライカー、陸はテクニック系のドリブラー。対照的だけど、どちらも非常に厄介な選手だった」


「双子...」


緋色は想像してみる。

フィジカルとテクニック、正反対のタイプの双子が連携すれば、確かに手強そうだ。


「天音は知ってる?」


藍人が聞くと、


「ああ〜知ってる知ってる!」


天音が手を振る。


「どんな選手なの?」


「えーっと...海は力持ち、陸は足速い!」


相変わらずの大雑把な説明。

でも天音なりに印象に残っているということは、それだけインパクトのある選手なのだろう。


「もう少し詳しく...」


「だって覚えてないんだもん!でも二人ともめっちゃ上手いよ〜。特に二人で連携してる時はやばかった」


天音が真剣な顔で言う。

それは珍しいことだった。


「そして神門選手のことだが...」


店長の表情が少し厳しくなる。


「この前の県大会でも見たけど、あの子は本物だ。中学1年生であのレベルは、正直異常と言ってもいい」


「…やっぱりそんなに上手いんですか」


藍人が真剣に聞く。


「ああ、パス精度、戦術眼、試合運び...どれをとっても県レベルを超えてた。島根県大会の決勝では、相手チームが全く歯が立たなかった」


店長の証言に、三人は息を呑んだ。

天音も頷く。


「颯真?ああ〜知ってる知ってる!めっちゃ上手いよ〜」


「具体的には?」


緋色が聞くと


「えーっと...とにかく上手い!あと目が怖かった」


「怖い?」


「うん、でも悪い怖さじゃなくて...なんていうか、集中力がすごくて。見てるこっちも緊張しちゃうような」


天音にしては珍しく、具体的な表現だった。


「もう少し詳しく...」


「だって覚えてないんだもん!でもめっちゃ上手いよ〜!10段階で言うと...えーっと、100くらい?」


「それ10段階じゃないじゃん」


藍人がツッコむ。


「あ、そっか〜。じゃあ1000!」


「余計おかしいよ...」


でも天音の本能的な評価と店長の具体的な証言は信頼できる。

「めっちゃ上手い」という言葉と、「県レベルを超えてた」という評価が、緋色の心に重くのしかかった。


「そうだ!シューティングレイヴ広島についても教えてください」


緋色が尋ねる。


「ああ、あそこは厄介だね。クラブチームだから、広島県内の優秀な選手を集めて編成してる。小学生の頃から同じチームでやってるから連携もいいし。特に堂島(どうじま (じんっていう3年生のフォワードは全国でもトップクラスの実力だ」


「全国トップクラス...」


緋色は愕然とした。

まだ中国大会なのに、全国レベルの選手がいるということか。


「でも君たちも諦める必要はないよ。ホッケーは一人では勝てないスポーツだからね。チームワークが良ければ、個人の実力差をひっくり返すことはできる」


店長の言葉に、少し希望の光が見えた。


(僕には光る感覚がある)


緋色は心の中で呟いた。

そして、信頼できる仲間たちがいる。

情報交換を終え、三人は店を出た。


「それじゃあ、中国大会で会おう」


藍人が手を差し出す。


「うん、お互い頑張ろうね」


緋色も握手を交わした。


「よっしゃー!絶対勝つぞ〜!」


天音の大声が商店街に響く。

三人はそれぞれの道を歩いて行った。

心の中に、新たな決意を燃やしながら。




Hockey Labを出た後、緋色は偶然にもえみと出会った。


「ひいろくん!こんなところで会うなんて」


えみが嬉しそうに手を振る。


「えみちゃん、お疲れさま。買い物?」


「うん、お母さんに頼まれて。ひいろくんは?」


「中国大会の情報収集に行ってたんだ」


二人は自然と一緒に帰ることになった。

夕日が二人の影を長く伸ばしている。

商店街から住宅街へと向かう道は、いつものように静かで穏やかだった。


「中国大会、大変そうな組み合わせだね」


えみが心配そうに言う。


「うん、でも楽しみでもあるんだ。誠先輩たちの最後の戦いだから」


緋色の声に、えみは少し驚いた。

以前の緋色なら、きっと不安の方が大きかったはずだ。


「ひいろくんらしいね。いつも皆のことを一番に考えてる」


「そんなことないよ」


緋色は少し照れた。


「ふふっ♪ でも、それがひいろくんの一番良いところだと思うんだ」


えみの笑顔を見て、緋色の心が温かくなった。


「それで、今日はどんな情報が聞けたの?」


「すごく強い選手たちがいるって分かったよ。神門 颯真っていう1年生とか、堂島 迅っていう全国トップクラスの選手とか」


「へぇ、同じ1年生なのにそんなに上手いんだ」


えみは感心している。


「でも、ひいろくんだって負けてないよ。四国合宿でものすごく成長したでしょ?」


「えみちゃんにはかなわないよ」


「何それ〜。私、男子と一緒に練習したことないから分からないもん」


二人の会話は途切れることがない。

えみは緋色の話を真剣に聞き、時々的確なコメントをする。

緋色も、えみと話していると心が落ち着いた。


「不安はないの?」


えみが優しく聞く。


「正直、すごく不安だよ。でも...」


緋色は空を見上げた。

夕焼け空がオレンジから紫へと変化している。


「僕にはあの感覚があるし、信頼できる仲間もいる。そして...」


緋色はえみを見た。


「応援してくれる人たちもいるから!」


「ふふっ♪ 当たり前だよ。応援してるよ」


えみの言葉に、緋色の胸が温かくなった。


(みんながいてくれるから、僕は頑張れるんだ)


夏の夕暮れの中、二人は静かに歩き続けた。

街灯が一つずつ点き始め、住宅街に夜の気配が漂い始める。


「いよいよ来週が中国大会だね」


えみが少し緊張した表情で言う。


「そうだね。えみちゃんも頑張ってね」


「ありがとう。私も応援に行くからね!女子の試合の合間に見に行くから」


「本当?ありがとう、えみちゃん」


「ふふっ♪ 当たり前だよ。同じ会場だし、男子の試合も楽しみにしてるんだから」


その言葉が、緋色にとって励みになった。

家の前で別れる時、えみが振り返った。


「ひいろくん、頑張ってね。でも、無理はしちゃダメだよ」


「わかった!」


緋色は軽く手を振った。


家に帰った緋色は、今日得た情報を整理していた。

神門 颯真、大森 海・陸の双子、堂島 迅...どの名前も重く感じられる。

でも同時に、胸の奥で何かが燃えているのも感じていた。


それは不安ではなく、期待だった。

この光る感覚を、どこまで通用させることができるのか。

仲間たちと一緒に、どこまで戦えるのか。


窓の外で、夜が静かに深まっていく。

中国大会への不安と期待を胸に秘めながら、緋色は新たな挑戦への決意を固めていた。

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