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緋色のスティック  作者: ぱっち8
第2章
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第10話「呼び方」


四国強化合宿 1日目の朝。


昨夜遅くに合宿所に到着した成磐中ホッケー部の選手たちは、新しい環境で目を覚ました。


相原あいはら 緋色ひいろは窓から差し込む朝日で目を覚ました。

昨日の夕方にバスで出発し、山道を3時間かけてようやくたどり着いた四国の合宿地。

男女合同の遠征は初めてで、いつもとは違う雰囲気に少し緊張もしている。


四国の山々に囲まれた合宿地。

朝霧が立ち込める青い人工芝が、朝日を受けてきらめいている。

散水システムからの細かい水滴が空気中に舞い、幻想的な光景を作り出していた。


椎名しいな 美智みち先生が選手たちを見回しながら言った。


「皆さん、今日は四国5校でのローテーション式練習試合です。7-1-7の間に1分休憩のハーフゲームをどんどん回していきます」


緋色は深呼吸をした。

人工芝の青と朝霧の白、そして山々の緑が織りなす美しい景色に、心が洗われるような気分だった。


(ここで、もっと強くなれる。あの光る感覚を、さらに確実なものにしたい)


長瀬ながせ まことが静かに声をかける。


「緋色、今日は5試合以上戦うことになる。体力配分も考えながら、集中していこう」


その言葉に、緋色の背筋が伸びた。


参加校は5校。

岡山の成磐中、愛媛の松山東中と新居浜中、香川の琴平中、そして高知の土佐中。

それぞれが昨年の県大会上位校で、レベルの高い練習試合が期待できる。


第1試合:成磐中 vs 松山東中


朝の冷たい空気がグラウンドを包む中、合宿初日の第1試合が始まった。


相手は昨年の全国ベスト8、松山東中学校。

7-1-7のハーフゲーム、15分間の短期決戦だった。


「15分だからな、最初から全力で行くぞ!」


誠の声が青い人工芝に響く。


松山東中の実力は、試合開始と同時に明らかになった。

鋭いプレスとパス回しで攻め立てる相手に、成磐中も必死に応戦する。

しかし、そのスピードと正確性は県大会とは別次元だった。


「連携で止めろ! 声を出せ!」


誠の声が響く。

だが、松山東中のパスは速く、正確で、成磐中の守備陣を次々と翻弄していく。


緋色は必死に追いかけ、プッシュパスを返すものの──


「くっ……あっさり剥がされる」


青露で湿った人工芝に足を滑らせそうになりながら、相手エースに突破を許してしまった。

その技術の高さに、緋色は改めて全国レベルの壁を実感した。


(速い…正確すぎる。県大会とは全然違う)


しかし次の瞬間、ピッチサイドからさくらの温かい声援が聞こえてくる。


「ひいろくん、頑張って!」


その声に支えられ、緋色は深呼吸とともに心を落ち着けた。

落ち着いて周りを見渡し、相手の動きを読もうと意識を集中させる。


(落ち着いて、リズムを信じろ……!)


すると──視界の隅で、薄っすらと金色の線が見えたような気がした。

前回の県大会よりも、もう少しはっきりと。


「緋色、いまじゃ!」


朝比奈あさひな てるの力強い岡山弁が響く。

その声で我に返った緋色は、狙いすましたプッシュパスを送った。


ピタリと誠のスティックが受け止め、すかさず照へ──。


「よっしゃ!」


照の豪快なドリブル突破からのシュートに、松山東中のGKが横っ飛びで辛うじてセーブした。


「惜しい!」


ピッチサイドからどよめきが起こる。

確実に、緋色の"光る感覚"は短時間の試合の中でも働き始めていた。


「ナイスプレー、緋色!」


福士ふくし あおが興奮して声をかけてくる。


「今のパス、完璧だったよ!」


試合は1-2で松山東中の勝利に終わったが、緋色には確かな手応えがあった。

全国レベルの相手にも、あの感覚は通用する。


ローテーション観戦

成磐中の第1試合が終わると、すぐに琴平中 vs 土佐中の試合が始まった。


「おぉ、琴平中もうまいなー」


照が感心しながら観戦している。


緋色も他校の試合を見ながら、それぞれのチームの特徴を学んでいた。

琴平中は組織的な守備、土佐中はスピードを活かした攻撃が印象的だった。


(みんな、それぞれ違った強さがあるだなぁ)


第2試合:成磐中 vs 新居浜中


15分の観戦後、成磐中の第2試合が始まった。


相手は愛媛県の新居浜中学校。

松山東中ほどではないが、堅実な守備と粘り強い攻撃を見せるチームだった。


この試合では、緋色の光る感覚がより安定して発現した。

疲労の蓄積もあったが、逆に集中力が研ぎ澄まされていく感覚があった。


試合は2-1で成磐中の勝利。

第1試合の悔しさを晴らす内容だった。


午前中のローテーション

その後も、10分~15分おきに試合が続いた。


琴平中 vs 松山東中(観戦)


成磐中 vs 土佐中(第3試合)


新居浜中 vs 琴平中(観戦)


午前中だけで、成磐中は3試合を戦い、2試合を観戦した。

選手たちの集中力は途切れることなく、むしろどんどん研ぎ澄まされていく。


「すげぇペースじゃなー、しんどーー」


照が汗を拭きながら言う。


「でも、めちゃくちゃ勉強になりますね」


蒼も興奮気味に答える。


午後のローテーション


昼食を挟んで午後も同様のペースで試合が続いた。


成磐中はさらに2試合を戦い、合計5試合を経験した。

最初は緊張していた緋色も、試合を重ねるごとに光る感覚が安定してきているのを実感していた。


「いい経験になったな」


誠が緋色の肩を叩く。


「お前の成長、1日でも感じられたよ。特に松山東中戦のあのパス、本当に良かった」


緋色は照れくさそうに頭をかいた。


「まだまだです。でも、何かが見えてきた気がします」




夜、合宿所の食堂は談笑と食器の音で賑わっていた。


1日で5試合を戦い抜いた疲労の中で、男子も女子も混じり合って夕食を取る──

まさに男女合同遠征ならではのひとときだ。


木のテーブルには、温かい煮物や焼き魚、味噌汁などが並んでいる。

合宿所の手作り料理の香りが食堂いっぱいに広がり、選手たちの疲れた体を癒していた。


「えみ、おつかれさま~!」


女子部の先輩が明るく声をかける。


「さくらのパス、今日もええ感じじゃったがんー!」


照が箸を動かしながら、さくらに向かって気さくに言う。


「…えみ??」


緋色が箸を止めて、きょとんとした表情を見せる。


「え? 桜倉 えみちゃんだよ?……んん??」


女子部の先輩がえみを見て、緋色の反応に少し困惑したような表情を見せる。


「え...えみ???」


緋色の声は小さく震えた。


「緋色は何て呼んでるんだ?」


誠先輩が穏やかに尋ねる。


「さくら...ちゃん、です」


緋色が恥ずかしそうに答える。


テーブルのあちこちから「???」という表情が浮かぶ。


その中心で、えみは小さく息を吐いた。


「実は...言ってなかったんだよね…」


静かな声に、一瞬だけ全員が黙る。

えみの表情には、少し申し訳なさそうな気持ちと、でもどこか安堵したような色が浮かんでいた。


「『桜倉』が苗字で、名前は『えみ』なの。小さい頃からずっとひいろくんからは『さくらちゃん』って呼ばれてて...」


場内に、温かな笑いと驚きが交互に広がっていく。


緋色はしばらく言葉にならず、ただえみの瞳を見つめた。


「そうだったんだ...知らなかった」


緋色の純粋な驚きに、えみの顔にかすかに赤みが差す。


照が大きく頷きながら岡山弁でフォローする。


「そりゃあ知らんかったら『さくらちゃん』って思うがんなー!」


誠も優しく頷いた。


蒼も静かに拍手しながら言った。


「僕も初めて知りました。素敵な名前ですね」


えみが少し照れながら、でもいたずらっぽく微笑む。


「ひいろくん…。今度から『えみちゃん』って呼んでもいいよ?」


その言葉の後、えみ自身も少し照れたような表情を見せた。


緋色は深呼吸して、照れた顔でそっと呟く。


「えみ...ちゃん」


その声は小さかったが、確かにえみの耳に届いた。

えみの笑顔がさらに輝く。


「ふふっ♪ ありがとう、緋色くん」


全員が笑顔に包まれ、合宿所食堂に温かい一体感が満ちた。

みんなから温かい拍手が送られる。




食事が進むにつれ、話題は自然と明日の練習に移っていく。


「明日も同じようなローテーション戦ですか?」


緋色が質問すると、みち先生が答えた。


「そうですね。明日は少し組み合わせを変えて、また5試合ほど予定しています」


「楽しみですね」


えみが明るく言う。

その声に、緋色の心も弾んだ。


(えみちゃん……本当の名前を知ることができて良かった)




翌朝、成磐中ホッケー部は合宿最終日を迎えることになる。


1日目の5試合を通じて、緋色の光る感覚は確実に安定してきていた。

特に連続試合の中でも集中力を保てるようになったのは大きな成長だった。


「合宿2日目、今日も全力で頑張りましょう!」


みち先生の声が響く。


「はい!」


全員の返事が重なった。


緋色は四国の美しい自然を見つめながら、心の中で誓った。


(えみちゃん...本当の名前を知ることができて、なんだか特別な気持ちになった。こんな仲のいい仲間たちと一緒なら、きっと強くなれる)


四国の山々が朝日に照らされて、希望に満ちた光景を作り出している。



えみが練習の準備をしながら声をかけてくる。


「ひいろくん、昨日の5試合すごかったよ。特に松山東中戦のあのパス、本当にきれいだった」


「ありがとう、えみちゃん」


少し照れながらも、自然に「えみちゃん」と呼ぶことができた。

その響きが、なぜかとても心地よく感じられる。


緋色の胸には、昨日の連続試合で光る感覚がより鮮明になった予感があった。


1日目の名前判明を通じて、えみとの関係がより深まった。

そして何より、5試合を通じて自分の特殊な能力への理解も深まっている。


中国大会の舞台──

そして、さらなる覚醒へ向けた第一歩が、今まさに踏み出されたのだ。


「中国大会で当たる島根の出雲帝陵中、どんなチームなんだろう?」


蒼がつぶやく。


「全国三大最強校の一つだ。俺たちも過去何回か戦ったが、圧倒的な実力差があった」


誠が表情を引き締めて答える。


「楽しみじゃなー! どんな相手でも、俺たちのホッケーで戦おうでー!」


照の力強い言葉に、全員が頷いた。


緋色は四国の景色を見つめながら、胸の奥で何かが熱く燃え上がるのを感じていた。


(中国大会では、きっともっと強い相手が待っている。でも、僕にはあの光る感覚がある。そして、支えてくれる仲間たちがいる)


(えみちゃんも応援してくれている。みんなで、頂点を目指そう)


四国の美しい自然が、緋色たちの新たな冒険を祝福しているようだった。



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