第1話「出会いの春」
成磐中学校に入学して一週間。
四月の午後、廊下の窓際に立つ相原 緋色は、新生活の高揚感とともに小さな不安も抱えていた。
外では桜の花びらが舞い踊り、校庭には新入生たちの笑い声が響いている。
掲示板には色とりどりのポスターが貼られ、サッカーやバスケ、野球の華やかな写真が並んでいる。
どの部活も楽しそうで、先輩たちの笑顔が眩しく見える。
でも、どれも自分の心には響かない。
「何かが足りないのかな…」
緋色は小さくつぶやいた。
中学校生活への期待はあるのに、どこか心の奥がぽっかりと空いているような、そんな感覚だった。
ふと視線を移すと、掲示板の隅に一枚だけ、真っ赤な文字で
「全国大会を目指そう!ホッケー部見学受付中」
と書かれたポスターが春風に揺れていた。
手書きの文字が少し震えているのが、なんだか親しみやすい。
「ねえ、ホッケー部、気になる?」
背後から明るい声がした。
振り返ると、小柄で長い髪を肩で揺らす少女が笑顔でポスターを指さしていた。
制服の襟元がきちんと整えられていて、真面目そうだけれど温かい雰囲気がある。
初対面のはずなのに、どこか懐かしい気配があった。
まるで昔、どこかで会ったことがあるような――
「ホッケーって、氷の上でする競技じゃないですか? スケートとか、できないし…」
緋色がたじろぐと、少女はにっこりと首を振る。
「それはアイスホッケーだよ。これはフィールドホッケー。
人工芝の上でスティックを使って白いボールを追うんだ。
すごく面白いよ。見学だけでも楽しいから、一緒に来てみない?」
少女の瞳がキラキラと輝いている。
その熱意に、緋色の胸の奥でくすぶっていた"何かに打ち込みたい"という気持ちが、静かに騒ぎ始めた。
「えっと…」
緋色は少女の名前を聞こうとしたが、なぜか言葉が出てこなかった。
この人のことを、本当に知らないのだろうか。
「一緒に見に行こう? きっと気に入ると思うよ」
「うん、行ってみる」
緋色は思わず頷いていた。
少女の笑顔が、まるで背中を押してくれているみたいだった。
二人は校舎を出て、グラウンドへと向かった。
春の日差しが暖かく、桜の花びらが制服の肩に舞い落ちる。
「あそこがホッケー部の人工芝だよ」
少女が指さした先、100メートルほど離れた場所に青い人工芝があった。
そこでは、先輩たちが激しくボールを奪い合っている。
スティックが交差する乾いた音、選手たちの掛け声、人工芝を蹴り上げる足音――
その迫力に、緋色の心は一瞬で奪われた。
「ゴォーン――!」
大きな衝撃音とともに、元気な声の先輩の一撃が白いボールを勢いよく遠くへ弾き飛ばす。
ボールが美しい弧を描いて飛んでいく光景に、緋色は息を呑んだ。
「……すげぇ!」
知らず知らずのうちに、緋色の手に力が入っていた。
胸の鼓動が早くなり、何かが始まろうとしている予感に包まれる。
「どう? 面白そうでしょ?」
少女の声に、緋色は振り返った。緋色は頷いた。
確かに面白そうだし、何より、この少女と一緒にいると不思議と心が軽やかになる。
「ありがとう。案内してくれて」
「どういたしまして」
少女が微笑むと、桜の花びらが二人の間を舞い踊った。
――この新たな世界を、緋色はどこまで駆け抜けるのか?
桜舞い散る校庭で、二人の物語が始まった。
『緋色のスティック』第1話、お読みいただきありがとうございます。
新入生の緋色が初めてホッケーに出会う瞬間、
皆さんはどう感じられましたか?
私自身も何かに夢中になった時の気持ちを思い出しながら
この場面を書きました。
まだまだ未熟な緋色ですが、これから様々な出会いと成長が待っています。
温かく見守っていただけると嬉しいです。
感想やご意見があれば、ぜひお聞かせください!