地獄の逃走と始まり
1930年代、世界大戦の緊張が高まっていく最中に、ある大陸を発見したーーーーーー
その名はパイオニア。北太平洋にある、でかい島。数々の人たちが、その大陸に、夢を描きこむ。
スターリンの圧政に生き延びようとするラシニコフ。
今後彼がどうするのか、乞うご期待!
ある音で、カルテ・ラシニコフは、目が覚めた。殴る音だ。これまで幾度も死刑囚は暴走していた。どうやら、この音に慣れないよう、遺伝子に組み込まれているらしい。ゆうて自分も死刑囚だ。死刑囚でも、いまだ、生への執着は消えない。格子窓から、いまだ過去の自分がした過ちを、嘘だと盲信する。でも、過ちなんて、過去の自分にはわからない。盲信している自分が移る。
過去への執着は拭えない。
ああ、神に召される時は、いつ来るんだ。心臓の鼓動はいつ止まる、いつ終わる、いつ土にかえる?
おお神よ、僕は、どこで間違えたんですか?、許されない過ちをいつどこで、起こしたのですか?、少なくとも何が発端だったのでしょうか?扉から声が聞こえる。警備員だった。
「やあ、死刑囚23456号さん、いやあ死刑囚が多くて困っちゃうね。どうやら、鬱になっているようだ。」
ことの発端は、1924年に起きた、ソビエト連邦の書記官の跡継ぎ問題だった。二人に分かれた。
一人目はスターリンだった。彼は乱暴で、人を簡単に騙そうとする人間だった。彼は、まるで多重人格のようで、人によって性格をころころ変えられる存在だった。
そして彼は、社会主義大国はソビエトだけでよいだろうと考えたんだ。
二人目は、トロツキーだった。彼は有能な人間だが、自分に自信があるところがあった。
彼は、世界が社会主義国家である必要があると考えたんだ。
ラシニコフは、スターリンの利己的な考えが許せなかったし、少々の憤りも感じた。
世界は社会主義であるべきで、資本主義は敵だった。
でも、スターリンを見くびっていた。あの男の本性を。実態を。まさかの出来事だった。
1930年、スターリン一派が、大粛清を起こす。
「え?モスクワで大粛清が起きただと?」
仕事の同僚であるソルがそう言い、僕は驚いた。
トロツキーの熱狂的な支持者であり、ソビエトの事務仕事の出張で、運よく自分はモスクワにいなかった。ソルは続けて言う。
「トロツキー周りの人間も次々と殺され、逮捕されている。信じられないかもしれないが、モスクワに帰れば、君の命はないぞ。いや、もう逃げ場はないかもしれない。トロツキーが殺されるのも時間の問題だ。」
なんということか。スターリンはそんなことをやったのか。確かに、まだ定時だというのに、あわただしい様子だ。
「自分も逃げないといけない。逃亡に使える手段を今探している。君もすぐに逃げろ。死ぬぞ。」
「どう逃げるのが最適だろう?」
真っ先にソルに聞く。
「うむ、スターリン側から考えるならば、トロツキー周りの人間を逮捕したあと、何をするだろう。」間髪入れることなく返す。
「拷問か。」ソルは自身の顎髭を触りながら言う。
「そうだ。トロツキー周りの人間を拷問して、関係のある人物を吐かせて、徹底的に調べるだろう。住所、顔、職業、、、使えるもんはなんでも聞くだろう。鼻毛の数でも。」
「だから身を隠すんだ。できるところまで。」
「あと、もう一つ、ソビエト連邦は広すぎて、未だに、警察が行き届いていない地域もあるはずだ。しかし、いつまでも、陸に留まっていりゃあ、そのうち捕まる。だから、海へ行くんだ。」
「でも、亡命できないだろ?逃げるところなんてないだろう?」
「いいか?人生は冒険だ。そう盲信するといい。地平線の向こうに何があるのか、と。
東に逃げ道があると、信じるんだ。そう、信じるしかないんだ。」
ひとまず、袋を頭に被せ、身元がバレないように、身元の証明が出来そうなものは全て燃やした。
「これでいいか?」
「うん、いいだろう。だが、お前の将校時代の友達はいるか?今あるものは消せるが、過去は永遠に消せないんだからな。」
「じゃあ、どうしろと?」
「逃げるしかない。さっきからそう言っているだろう。さっきもいったが、東に逃げたほうがいいだろう。」
「え?南とかもあるじゃないですか?それに、今の中国は内戦中ですよ?」
「わかってないな。内戦中だから、今は混乱しているんだ。だから、逃げやすい。南はもっと危険だ。」
「でも、中国は旧ロシア帝国と敵対していますし、、」
「もうどうしようもない。でも、全員殺せるはずない。やけくそだが、しょうがねえ。武装して強行突破だ。」
ひとまず、今いる、モスクワから南東に位置するカザフスタンから逃げたほうがいいのはわかった。
この後のことはまさに朦朧としていた。意識的にも、体的にもである。
どうやら、東に行こうとしたのはどうやらほかの人も同じらしい。ざっと20人だが、もうすでに逃げたり、別方向から逃げた人もいるのだろう。実際はもっといるはずだ。
ひとまず、走った。身を隠しながらのことだった。都市にいると、バレるので、真の森を走った。もうその時点で疲れ果てていた。
でも、真の森を走り抜ける前に、最初に5人が捕まった。
あの時点であの逃走劇の王手だった。あの5人の誰かが、チクったのだろう。
立て続けに捕まった。
拷問とはそういうことか。知ってはいたが、改めて残酷だと感じた。もうおしまいだ。
警官がすぐそこまで来ている。
ソルは武装した。しょぼいナイフだ。警官はつばの混じった罵声と怒号を発する。
「反逆者が武装とは何事か!愚かな反逆者め!とんだ下等人種よ!」
「おい、ラシニコフ、お前は逃げろ!」
なにかに押されたように自分は走った。
「死ねえ!!」
誰かの叫び声が聞こえたが、意識が朦朧としすぎていて、もはや幻のようだった。
そしていつの間にか手錠がかけられていた。
あとからわかったのだが、3時間で60キロメートルは動いたらしい。
刑務所の警備員はいつまでも話し続けていた。
「で、僕はいつ死ぬんですか?答えてください。」
警備員は答えた。
「さあねえ、でも、お前は死なない。絶対にいまここで死ぬわけにはいかない。しかし、お前は幸運だよ。大体みんな捕まっちまった。神にお前は生きろって言われてるようなもんだ。」
「それってスターリンの考えに反するんじゃ・・・」警備員の帽子を脱いで驚く間もなくこう答えた。
「私はあのソルだ。説明しているひまはない。」
鉄格子窓が動く。自分の手に銃が渡る。
「逃げろ!」
戸惑っている暇はなかった。ただ、生への執着の表れだったのかもしれない。ただ走った。
「引き続き東へ逃げろ!みんな捕まったから、油断して警備が緩くなってきている!逃げろ!ほかの奴らも、のちに来る!」
他の奴ら、という言葉に少し疑問を抱いたが、そんなことはどうでもいい。また僕は、地獄の逃走を始めようとしている。
そして最後に見たのは、散々銃の痕と、血痕が染みついた、哀れなソルの姿だった。
温かい目で見てください。