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51:くれぐれもどうかお元気で

「本日付けで、珠名楼・竹ノ位の遊女の任を解き、解雇する。珠名楼はおとり潰し。もう二度と、自分の城は造らせない」


 どうあがいても覆らない事を示すように毅然とした態度で言い切る終夜だが、地獄大夫は表情一つ変えない。

 きっと彼女は、人生に希望を失くしてしまったのだろう。


「珠名楼おとり潰しを機に、あの辺りを大規模に変える事にした。整備が行き届いていない暗い雰囲気を利用して、表通りとは全く違う幽霊屋敷みたいな雰囲気のエリアにするつもりだ」


 〝幽霊屋敷エリア〟。確かにそれは面白そうだ。珠名楼の雰囲気はお化け屋敷そのものだった。珠名楼付近の雰囲気もそれにちょうどいい。


 しかし明依が心配なのはあのエリアの事ではなく、地獄大夫の今後だ。


「星乃にはそのエリアを、裏側から管轄してほしい」


 予想していなかった終夜の言葉に一切の言葉を失ったのは空気になると誓った明依だけではなく、地獄大夫も同じようだ。

 明依に向けた表情と同じ。目を見開いて信じられないという面持ちで終夜を見ていた。


「珠名楼内の雰囲気。あれは見事だよ。窓を全て塞ぐ考え、同じ廊下、光の配置、漆塗の反射。それから生花から感じる唯一の温かさ。全体でまとまりのある不気味な雰囲気が出来上がっていた。あの独特の雰囲気は、吉原のどこにもない。珠名楼は妓楼として復興させて、あのあたりのメイン施設にする。ゆくゆくはあのエリア全体を主にしてハロウィンを担う事ができれば、ギューギュー詰めの吉原の観光客問題はしばらく考えなくていい」

「……お前達、どうかしているんじゃない」


 地獄大夫は終夜の言葉を聞き終えてから俯くと、震える喉元で息を吐いた。


「私はお前達を殺すところだった。日奈と旭が命に代えても守りたかったお前たちが死ぬ原因になるところだった……。それなのにどうして……」


 地獄大夫はきっと、何より自分が許せないのだろうと思った。

 しかしもう、終わった事だ。今更どうやったって地獄大夫に殺されかけた事実は変わらない。明依はきっと今、終夜と同じ意見を持っているのだろうと何となくそう察していた。


「……どうしてそんな簡単に私を許そうと思えるの?」

「許すとか許さないとか、そういう事じゃないんだよ」


 今の終夜は冷静なように見えるが、きっと自分の感情に突き動かされているのだろうと思った。論理的に物事を語るには、随分と穏やかな表情をしていたから。


「俺も明依も実際の所はアンタの言葉なんて関係ないんだよ。自分たちがそうしたいだけだ。今回の珠名楼の一件でまた見え方が変わったよ。だから俺も一緒。アンタに感謝してる。俺達に申し訳ないって思っているなら、旭と日奈が好きだった吉原の為に協力してよ、星乃」


 終夜の言葉を聞いた地獄大夫は、終夜を信じられない面持ちで見ていた。


「それに、俺は暮相兄さんに〝使えるものは何でも使え〟って教わったんだ。〝感性〟って才能なんだよ。俺にはあの雰囲気を再現しろって言われても無理。だから他人を頼る。今、俺の計画で使えそうだから使いたい。だから力になってほしい」


 地獄大夫がいなければ、二人の関係は平行線だっただろう。今となっては、平行線をたどっていた場合の未来を想像することが出来なかった。

 しかし前例がないからこれから先終夜とどんな関係になるのか、どんな未来になるのかわからない。

 だけどそれもきっと人生の面白い所なのだろうと、今は素直にそう思えていた。


「って言う意見を俺が今から主郭に押し通してくるから、ここで心の準備だけはしといて」


 完全に独断で物事を進めようとする平常運転の終夜に、明依は終夜の自由奔放さを思い出した。自分の上司、つまり吉野みたいな立場の人が終夜だったらと思うと恐ろしい。


 基本終夜が他人を言い包めるまでがセットなので、サポートする炎天や主郭のメンバーの苦労する顔が目に浮かび心底可哀想な気持ちになってきた。


「行くよ、明依」

「えっ……!? ちょっと待ってよ!!」


 はい、終わり。とでも言いたげな様子の終夜は、さっさと踵を返して歩きだす。明依は焦って立ち上がった。


「じゃあ、またね」


 牢獄に縛り付けられている人に対する挨拶にしては軽すぎじゃないかと思いながらも明依はまるで友達にする挨拶みたいにそう言って踵を返した。


 終夜は梅雨の首根っこを掴んでズルズルと引っ張りながら先を進んでいた。

 ズルズルと引きずられる梅雨を見て、明依はぎょっとした。梅雨が無表情のまま涙を流していたからだ。


「梅雨ちゃん、どうしたの……?」

「……べつに」


 梅雨はそう言うとズズッと鼻をすすって袖でごしごしと涙を拭った。


「意外と感情豊かなんだよね、梅雨は」

「うるさい」


 否定しないところから見ると、どうやら梅雨は今の一連の出来事で感動したらしい。

 いつもクールな梅雨は意外と映画で泣くタイプなのか。


 梅雨、終夜、明依の順で、階段を上っていく。

 よく考えれば、正気で地上につながるこの階段を上がるのは初めてだ。最初は眠っていて記憶がないまま地下を出たし、二回目は終夜が死ぬかもしれないと思って廊下を駆け上がった。


 人間は意識一つで見るものが変わる。吉野に吉原の早朝を見せてもらった日から何度も思っている事で、大切にしようと心の内側に刻み付けているものだった。


 くぐり戸を抜けると終夜はふりかえって鍵をかけた。その間に梅雨は既に石段を降りている。


「梅雨ちゃん、ありがとう」

「梅雨ちゃんって言うな」


 梅雨は振り向きもせずに石段を降りて行った。


「梅雨、ありがとうね」


 終夜が礼を言うと梅雨は石段で足を止めて振り向いた。


「最初から気付いてたのか?」

「今日は高尾大夫の健診の日じゃないからね」

「とんだ狸野郎だな、終夜」


 梅雨はそう言うと、終夜から明依に視線を移した。それから進行方向へと顔を向けた。


「俺もお前達と一緒だ。自分の気持ちに従っただけだ。俺は自分の言動に自信も責任も持ってる。感謝される筋合いはない」


 石段を降りる梅雨の背中が、だんだんと遠くなっていく。


 以前、晴朗に殺されかけて終夜が守ってくれた時に、終夜も今の梅雨と同じことを言っていた。

 当時は気にもしなかった言葉。しかし今となっては、あの時に終夜が言おうとしていた言葉の意味がよく理解できる。


「二年も一緒に暮らしてるのに、新鮮だね。ゆっくり一緒に外を歩くって」

「本当だね。終夜いっつも逃げてたもん」

「明依だってガチガチに固まってたよ。もしかしてまだ俺に殺されるって思ってるのかな、って考えたもん」


 石段を降りきり、人通りの少ない道から、大通りに出る。他愛もない話が途切れてもなんという事はなかった。


 小走りで駆けた誰かが、トンと肩にぶつかる。その反動で明依は右側にいる終夜に肩をぶつけ、思わず終夜の手を掴んだ。

 どうせはしゃいだ観光客――


「お幸せに」


 そう思っていたのに、聞こえたのは聞き間違えるはずのない、日奈と旭の声。


 真ん中にあるはずの雑踏が一瞬にして掻き消えて、まるで世界に一人だけ取り残された錯覚。

 世界に一人だけのような気がするのに、全てがゆっくりと動いている気がする。だから頭の中でいろいろと廻る情報は一瞬の事。

 すぐに通り過ぎようとする誰かに肩をぶつけられた方向へと顔を向ける。


 いつから、どんな風に。そんな情報を言語化できない。天気がいいからだろうか。気付けば太陽の光を全身で感じていた。日の光を余すことなく集めた様な、温かさだけを抱いた世界に迷い込んだみたいに。

 明依の視界にあるのは、日奈と旭の後ろ姿と、二人を待つ宵と暮相だけ。それすらももしかすると、脳が勝手に作り出した理想の錯覚かもしれないと思うほど、明るすぎて、輪郭がない。


 明依は視線を彷徨わせた。


 いつも通りの雑踏の中にいた。

 まるで一瞬で、夢から現実に引き戻されたかのように。


「明依」


 繋いだ手を終夜が引っ張っても明依はまだそれが現実だと直視できない。


「明日の午前中、あけといて」


 終夜から予定をあけておいてほしいと言われたことなんてない。明依はまだ呆然とした感覚を引きずったまま、終夜の顔を見た。


 終夜は穏やかな笑顔を浮かべて真っ直ぐに前を見ていた。

 きっと終夜もあの〝幻覚〟を見たのだろうという、ほとんど事実の直感だった。

 もう一度うしろを振り返ってみても、四人の姿はない。


 〝お幸せに〟

 ただ、最大の祝福をもらった事実が、胸の内を熱くして終夜の手を握り返すと終夜も同じように手を握り返したから、やっぱり終夜も同じ景色を見たのだろう。

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