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32:悪魔の代弁者

「なにやってんだ? 終夜」


 暮相を連れてきた旭が不思議そうに言う。

 終夜はしゃがみ込んで階段タンスを開き、空っぽのタンスの中に触れている所だった。


「仕掛けがあったら面倒だから、先に見ておこうと思って」


 終夜はあっさり言うとタンスを締め切り、次のタンスの戸を開く。それから先ほどと同じようにタンスの中に触れて仕掛けがないかどうかを丁寧に確認していく。


「階段一つで考えすぎだって。お前、絶対将来老け込むな」


 暮相は壁にぴたりと沿うように二階に続いている階段タンスに足を乗せた。


「でもま、ご苦労さん」


 終夜にねぎらいの言葉をかけた途端、暮相の足に引っ掛かったピアノ線が光を反射して実体を見せた。


「あっ」


 旭と暮相の声が重なる。終夜はその声で顔を上げた。


 時はすでに遅く、暮相の身体は前方に傾き顔面を階段に打ち付けた。

 その間に足に複数本、複雑に絡むピアノ線。素早い動きで階段に沿ってはがれる様な動きをして突っ張ったピアノ線を見た終夜は「おお」と感嘆の声を上げた。

 暮相の身体はピアノ線によって引き上げられた。


「暮相兄さん!!」


 旭は切羽詰まった声で暮相の名前を呼び、抱きしめるようにして暮相の動きを止めようとしたがあと少しの所で間に合わず、暮相の身体は「うわああ!!」という絶叫と共に二階へと引き上げられ、ビヨンビヨンと伸び縮みして二階の天井から吊り下がる形で動きを止めた。


「暮相兄さんが!! 吊られた!!」


 騒がしい旭の隣で、終夜はしゃがみ込んだまま二階の天井からぶら下がってわめく暮相を見上げる。

 それから終夜は階段タンスを見た。


「なるほどね。漆塗は光を反射する。ピアノ線が目立たないわけだよ」

「感心してる場合かよ!」


 旭は終夜にそう言うと、先ほど終夜が遊女から奪い取ってその辺りに放り投げていた大鎌を手に取って走り出した。


「待ってろ暮相兄さん!! すぐ助けるからな!」

「待て待て待て待て!!! お前じゃなくて!! 終夜にやらせろ、終夜に!!!」


 やる気満々の旭に危機感を覚えた騒がしい暮相の声に、溜息を吐いた終夜は気だるげに立ち上がると、足でタンスの戸を閉めた。


「もうちょっと緊張感持てないの?」


 終夜が冷静に言う間にも暮相は身体をくねらせて旭に助けてもらう事を全力否定している。

 旭の隣を通るついでに終夜が大鎌を奪い取ったことで安心したのか、暮相は力を抜いた。


「早く助けてくれ、終夜。頭に血が上って気持ち悪い。それに足も痛い」

「別に俺は助けるとか言ってないけど」


 肩に担いだ大鎌を規則的にトントンと動かしながら肩を叩き階段を上がってくる終夜を見て、暮相は身体をくねらせてわめいた。


「お前!! 俺が裏の頭領だったらな!! 絶対お前なんか側近にしてやらねーからな!!」

「アンタの側近なんてごめんだね」


 終夜は二階に到着してから、自分の持っている鎌の刃に光を当てて眺めた。


「よく研いである。これならスパッといきそうだ」


 そう言うと終夜は、天井からぶら下がる暮相を見上げた。

 終夜の言葉と態度を冷静な様子で飲み込んだ暮相は、顔を真っ青にする。そして渋滞した言葉が喉元で絡まっているのか、口をパクパクさせていた。


「じゃあ、いくよー」


 終夜はテキトーな口調で言うと、片手で持った大鎌を軽々と何度か動かした。子どもがブーメランで狙いを定めているみたいに。


「おいおいおい!! 大丈夫か!? 絶対か!? 足無くなったりしないか!?」


 騒ぐ暮相を無視した終夜は、あっさりと大鎌を放り投げた。


 終夜の手から離れた大鎌は、くるくると回りながら宙を舞う。大絶叫する暮相と天井の隙間を通り、プツリとピアノ線を切って壁に刺さった。


「おお。ビンゴ」


 終夜はそう呟くと後の事は興味ないとばかりに踵を返した。


 大鎌の行末にだけ意識の全てを向けていた暮相は真っ逆さまに落ち、階段に首と背中を強打した。


「いっったあ!!」

「うお! 暮相兄さんが降ってきた!!」


 旭は目の前に落ちた暮相を「大丈夫か?」とのぞき込む。暮相は「あの野郎」と終夜への文句を言いながら、痛い所をさすりながら身体を起こした。


 旭が暮相の身体を起こすのを手伝い、二人で階段をのぼり切り、二階の廊下を歩く頃には、二人の遊女が床に倒れていた。

 その向こう側に見えるのは、悠々とした様子で歩く終夜の背中。


「おい、旭。アイツ、誰に似たんだ……?」

「暮相兄さんの女癖が悪すぎてまともになろうっておもったんじゃねーのか」

「……俺のせいか?」


 旭に的確なことを言われ、終夜が歪んでしまったのは自分のせいだという気持ちが少しは出てきたかと思われた暮相だったが、すぐに「ま、素質ってあるしな」と責任転嫁して倒れている遊女に近付き、それからしゃがみ込む。

 そして遊女の首元に手を当てた。


「……生きてはいるな」


 暮相はそう言うと遊女の面を外す。眠るように意識を失っている女性の顔を、暮相はまじまじと覗き込んだ。


「……面、外す必要あんのか?」

「息、し辛いかなーと思ってさ」

「ああ、まあ確かに」


 暮相はしばらくして立ち上がると、横たわるもう一人の遊女の所へ行き、首に手を当てて生存確認をした後、面を取り去り、顔をしばらく眺めるという行動をしていた。


「……暮相兄さんさ」


 旭が暮相と同じように遊女の顔を見下ろしながら口を開く。


「なんだよ」

「顔、見たいだけだろ」

「うん、そう」


 自分の兄貴のテキトー具合にドン引いた視線を送る旭だったが、暮相は何も気にしていない様子で般若の面が外れた遊女を見ていた。

 

「これのどこが楽しいんだよ」

「最高に楽しいだろうが。目ェ開けたらどんな感じなのかなーとかどんな声で喋んのかなーとか」


 暮相はふらりと立ち上がると、少し離れた終夜の後ろを歩いた。


「俺レベルになると女の顔一つで楽しめんだよ」

「終夜が真っ当な素質を持った人間でよかったな」


 旭はしみじみとそう言うと、終夜の背中を見た。

 暮相も同じように終夜の背中を見ている。


「……俺はよー、終夜」

「なに?」

「お前が味方だと思うと心強いよ」

「わざわざ敵になった人間がよくいうよ」

「……確かにな」


 終夜が何の気もない様子で言うと、暮相は居心地が悪そうに返事をする。


「自分が死ぬんだと分かった時、ちょっとホッとしたよ」

「確かに頭領は過激派だったし、選択もやり方も間違ったと思うよ」


 説教じみている訳でも、怒っている訳でもない。

 ただあっさり淡々とした口調で終夜は言う。


「だけど結局、人間関係なんて受け取り手次第なんだよ。アンタは自分に負けたんだ。そしてたくさんの人を巻き込んだ。死んで当然、殺されて当然だよ」


 まるで苦労も葛藤もなかったように終夜は言う。

 それに対して暮相は思う所があるようで口をつぐんでいた。


 そんな様子を知ってか知らずか、旭が口を開いた。


「頭領は俺と酒飲むといつも暮相兄さんの話しばっかだったよ。普通に戻ってきたらよかったじゃん。頭領は素直な態度は見せなかったかもしれないけど、吉原のみんなは歓迎したよ」


 弟二人の言葉に、暮相は極まりが悪そうにふてくされたような表情で唇を尖らせて斜め上を見上げた。


「なんか死んだ人間と話をするって不思議な感じだな」

「お前も死んでんだよ」


 旭にすぐさま突っ込んだ暮相は終夜を見た。


「もう生きてんのはお前だけか、終夜」


 暮相の寂しそうに響く声に、終夜は返事をしなかった。

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