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30:いつか途切れたはずの

「一応聞くけど」


 終夜は、期待してないけど、という様子を隠さずに言う。


「二人は今後の計画ある?」

「三階を目指す」


 旭は待ってました、と言わんばかりに胸を張る。


「だから、陣形とか役割とか、」

「お前ちょっとその辺り見て来いよ、終夜。妓楼の形どうなってるかとか、お前そういうの得意じゃん」


 暮相は終夜の真っ当な意見をさえぎると、「野郎ばっかだし」とポロリと本心を呟いて座敷の端に座り込んで壁に背を預けた。


「そうだな。周りの状況は把握しておいた方がいいな。戦略の基本だ」


 やる気のない暮相とやる気満々の旭を横目に終夜はため息を吐き捨てた。


「なんでよりによってバカ二人……」


 終夜は踵を返して外れた襖から廊下へ出た。

 右側には座敷の中から続いている茨の蔓が一寸の隙もなく壁となり、完璧に空間を隔てている。


「暮相兄さんはここで待ってろ」

「おー。旭、頼んだわ。しっかり働いて来いよ。俺が最低歩数でたどり着けるように」

「俺も行くぜ、終夜」


 座敷から出て左へ曲がり、茨を背に歩きだした終夜の後ろに続いて旭が歩いた。

 終夜は無関心な様子で先を歩きながら口を開く。


「ついてきて自分が何か役に立つと思う?」

「思う!」


 口から出まかせだろうと思ったのか、終夜は旭の言葉に反応することなく無関心な様子で先を歩いた。


「だってお前、俺のこと結構好きだろ?」


 旭の一言に、終夜は息を呑んだ。


 旭は言っただけで満足しているのか、終夜の反応をあてにすることもなく、「注意しないとな。いつ敵が襲ってくるかわからない」と呟いて、周りに意識を向けている。


「……役に立つ理由になってないよ」


 終夜はぼそりと呟く。

 しかし、口元には笑みが浮かんでいた。


 旭は終夜の一言を拾うと、辺りに注意を向ける事をやめて終夜を見た。


「そうか? 俺は終夜に期待してるからな。なんかほら、言ってたろ。他人に期待されるといいみたいなさ」

「ピグマリオン効果ね」

「あー、なんかそんな感じ。話し相手いると、解決しやすい的な」

「それはオートクライン効果」

「あー、そうそう。そんな感じの名前」


 テキトーな口調で言う終夜には、相変わらず柔らかい笑みが浮かんでいた。

 終夜は壁に突き当たると、ピタリと歩みを止めた。


「どうした?」

「この壁。さっきまではなかった」

「……そうだったっけ」


 終夜は独り言を呟いただけのようだ。旭の返答を気にする様子もなく、壁に触れてなぞったり、拳で強く叩いて音を出した。


「……固いな。突破するのは無理そうだね。となると、三階に行く道順は地獄大夫に決められていると思ったほうがいい」

「じゃあ、星乃は三階に誘い込もうとしているって事か?」

「そういう事。まさかここまで利口な女だったとはね。……よく考えれば、薬物の知識を蓄えるだけの忍耐力があり、人間を洗脳できるだけの知力もある。何より吉原から大見世の妓楼を完璧に奪い取るだけの計画性があるって事は最初からわかってた。計画を(おこた)った俺のミスだ」


 終夜は壁と向き合ったまま少し黙った後、何の前触れもなく右に曲がった。旭は慣れた様子で終夜を見守り、それから彼について行く。


「これからどうするんだ?」

「階段を探す」

「でもそれじゃあ、星乃の思うツボなんじゃ……」

「今の最優先事項は明依と合流する事だ」

「……終夜。お前は怒るかもしれないけどさ」


 旭は恐る恐ると言った様子で口を開く。終夜は何も喋らずに、周りの警戒を(おこた)

る事はなく、しかし、旭の言葉にもほんの少し意識を傾けている様子だった。


「終夜と宵兄さんって、ちょっと似てるよな」

「もう一回死にたいの?」


 旭が最後のひと言葉を言い終えた瞬間。我慢ならないと言いたげに笑顔を貼り付けた終夜が言う。旭は焦った様子を見せて、否定を全力で表す為に腕を自分の前で大きく振った。


「いや、違う違う!! そういうのじゃなくて。なんかさ、どちらかと言えば宵兄さんが終夜に似てるって言う方が正しいのかもしれないけど……」

「何が言いたいのか全然わからない。もういいよ」


 まともに相手をするだけ無駄と思ったに違いない。終夜はテキトーに切り捨てる判断をしたのか、先を歩いた。しかし旭は終夜の後ろを歩きながら、珍しく真剣な表情で俯いていた。


「暮相兄さんが吉原にいた時、俺らはまだ子どもだったろ」

「そうだね」

「その頃の暮相兄さんを思い出してみるとさ、俺と似てるところあるなーって思う事、結構あるんだ」


 終夜は旭の言葉に対して、何も答える事はなかった。

 旭は自分の中の物を吐き出して整理がしたいだけなのか、それとも終夜が自分の言葉に耳を傾けている自信があるのか、終夜の態度に対して言及することはない。


「暮相兄さんはさ、〝宵〟って名前で吉原に戻ってきただろ。俺、暮相兄さんは〝宵〟って人間を作るときに、終夜をモデルにしたんじゃないかって思うんだ。冷静なところとか、いろんなことを知っている所とか、理論的に物事を考えるところとか、親しくなった人に気を許す素振りとか。宵兄さんはなんだかお前に似てるよ。だから俺は、宵兄さんに馴染みやすかったのかなーって、最近よく考える」


 旭にしてはめずらしい真剣な口調。終夜は旭に気付かれないよう、細心の注意を払って旭を盗み見た。


 旭は「うーん」とうなりながら目を閉じて考えている。


 お前が何をそんなに考える事があるんだよ、と思ったのだろう。終夜は小さく息を漏らして笑うと、正面を向いた。


「俺に言われても知らないよ。暮相兄さんに聞いてみたら? ……本人じゃないけどね」


 あっさり言う終夜に旭は「それもそうだな」と呟いた。


「にしても、誰にも会わないな」

「そもそもこっち側は地獄大夫に期待されてないんだよ」

「期待って?」

「こっちはみんな戦闘能力がある。さっき座敷に入ってきた遊女レベルの戦闘力が普通だとすると、俺達は単体で戦ってもまず負けない。珠名楼側からすると、どうせやられるから人手を割くだけ無駄なんだよ。その代わり向こうはこっちより大変だよ」

「何で言い切れるんだよ」

「〝吊り橋効果〟を狙ってるんだよ」

「吊り橋効果ー? なんだそりゃ」

「高性能なのか低性能なのかわからない、脳みその誤作動の一種だよ。危機にさらされると人間は交感神経が優位になる。で、心拍数が上がる。だけど脳みそは心拍数が上がった原因を明確に認識できない。どうして心拍数が上がったのか認識できないから、側にいる人間に好意を抱いている、っていう誤作動を起こす」


 つらつらと喋る終夜に、旭はぽかんとした様子を見せた。


「……好意を抱いて、何があるんだ?」

「仲間意識が高まるって事だよ。そうしたら明依が珠名楼から出て行きたくないって思うだろ」


 旭は納得したように、ぽんっ! と手を叩いた。


「ああ、なるほど。そういう事か! 苦難を一緒に乗り越えると結束力は上がるし、達成感あるもんな!」

「そういう事」

「好意を抱くかあ……。つまりさー、その吊り橋効果? ってやつがアレしたら、明依は宵兄さんの事を好きに、」


 銃声が響いて、旭は身をすくませた。その頃にはもう、終夜は銃を懐にしまいながら正面に向かって走り出していた。


 旭はしばらく放心した後、終夜の地雷を踏んで彼の去り際に自分が撃たれたと思ったのか、身体中に触れて自らの安否を確認していた。


 その間に終夜は正面で大鎌を振りかざす遊女の一撃をあっさりとかわし、片手で大鎌の持ち手を握ると、遠慮なく遊女の首元を狙って壁に叩きつけるように蹴り飛ばした。

 幸か不幸か、遊女はすぐに意識を失った様子で、壁に身を委ねてズルズルと崩れ落ちた。


 終夜はなんの苦労もない様子で遊女から奪った大鎌をくるくると回すと、肩に担ぐ。それから、自分のすぐ隣へと視線を移した。


 相変わらず全く遠慮というものを知らない終夜に、旭はさらに身をすくませた。


「……階段見つけた」


 終夜はそう言うと旭の方を振り返った。


「暮相兄さん呼んできて」


 貼りつけた終夜の笑顔を見た旭は、終夜の地雷を踏んだと思ったのか。自分を抱きしめるように両手を自らの肩に回した状態で涙目になりながら「……う、うん」と返事をした。

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