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27:披荊斬棘

「うっわあ……」


 至極当然、と言った顔で振り向き事を進めようとする終夜に、暮相はドン引きした様子で終夜を見ていた。


「お前、まじ……? 女の街で女をこんな扱いするって、許されんの……? 死んどいてよかった。俺絶対ヤなんだけど。お前の統べる吉原。軍隊くらい厳しそうじゃん」

「あの遊女、死んでないか……? 頭、痛くなかったか、あれ。普通に落下したけど」


 暮相に続き旭もドン引きした様子で終夜を見たが、やはり終夜はいつも通りどこ吹く風と聞き流していた。


「自分に刀を向ける人間はみんな敵だよ。女だとか子どもだとか関係ない。いちいち判別している時間がもったいないんだよ。考えている間にやられる」


 相変わらず終夜は、女が相手だろうが何の遠慮もない。


「大丈夫。生きてるよ」


 宵が倒れた遊女を確認して言うと、旭と日奈は安堵の息を漏らした。


 終夜の言動にあまり違和感を覚えないのは、自分がちょっと狂ってしまったかもしれないと思うとなんだか自分に恐怖心が芽生えてきて、もっとしっかり気を持とうと思った。


 暮相は終夜にドン引きしたまま明依に視線を向けた。


「明依。お前、DVとかされてないか……? まさか、洗脳済みじゃないよな……? ちゃんと『助けて』って周りに言うんだぞ」

「信じていいんだよな……? 俺、死ぬ前に頼みごとをしたのが終夜で間違いなかったんだよな……?」

「はい。裏の頭領に逆らったから打ち首ね」


 暮相と旭の愕然とした雰囲気を、笑顔を張り付けた終夜が一瞬にして恐怖に染める。


 本当に騒がしい。話が一つも進まないと思った明依だったが、先ほどの騒ぎの引金を引いたのは自分でもあることを思い出して何とも言えない気持ちになった。


 そして旭と暮相が暴れていても自分はもう黙っていようと誓った。


「さすが裏の頭領さま」


 綺麗な音をした、誰かの声。

 地獄大夫はいつの間にか遊女が倒れ込んだことで外れた襖の向こうの廊下に立っていた。


 宵が何の前触れもなく撃ったことで響いた銃声に、明依と日奈は思わず目を閉じて耳を覆った。宵の放った弾丸は廊下の壁にめり込んだ。まるで地獄大夫をすり抜けたように思えるのは、以前珠名屋に来た時に終夜が弾丸を撃った時と同じ。


「お察しの通り、明依の身体には毒が回っている。そして解毒薬は私が持っている。だけどきっと終夜は珠名屋から明依と二人で出て行くんだろうね。さて、どうしようか」


 どうしようか、と言いながら悩んでいる様子を見せず、地獄大夫は右手を口元に持って行く。

 地獄大夫はゆっくりと息を吹きかけながら指を解く。指の動きは、まるで花が咲く様子を見ているようだった。


 地獄大夫の右手から離れた鱗粉ほどの細やかなキラキラと輝く粉が、部屋中に舞う。


「明依!!!」


 終夜に名前を呼ばれたその瞬間、大きな地鳴りが空間の全てを空気の振動で覆いつくす。

 畳が大きく盛り上がって外れ、細い(いばら)(つる)(うごめ)いた。


 現実であるはずがないのだから幻覚だ。そう思っているのに、地響きがして平衡感覚が無くなる感覚にあらがえず身動きが取れない。


 終夜は明依に腕を伸ばしたが、茨は終夜の手をはじくように動き棘がかすめた終夜の腕からは血が細かく噴出した。


「幻覚じゃないのかよ!」


 終夜から飛び散った血を見た旭が、轟音の中で叫ぶ。


 終夜は今の一瞬で〝幻覚ではない〟と脳内で処理をしたのかもしれない。

邪魔をするように動く茨を素手で掴むと、逆の腕を明依の方向に伸ばした。茨を握った終夜の手から血が滴っている。


「終夜……!」


 地盤をひっくり返すような揺れと轟音で、まともに終夜の姿すら視界にとらえられない。


 その間にも細い茨の蔓は絡まり合って大きな一本の蔓になり、大きな物体とは思えない一瞬の動きで明依と終夜を分かち、爆音と共に動きを止めた。


 低い所を這う残響がまだ、耳の中に残っている。


「明依、怪我はしてない?」


 茨の蔓の向こう側から終夜の声が聞こえて、心底安堵する。


「大丈夫。終夜は? 怪我してたでしょ?」

「これくらい何ともない」


 終夜の後ろでは「お前がでかい声出すからだろ!」「俺じゃねーだろ! 暮相兄さんが叫んでバレたんだよ!」と暮相と旭の不毛なやり取りが聞こえてくる。


 向こうには二人がいる。

 明依は後ろを振り向いて確認すると、やはり宵と日奈がいた。


「こっちには日奈と宵兄さんがいる。二人とも無事だよ。そっちも大丈夫そうだね」

「聞こえてる通りだよ」


 終夜は呆れた様子で言うが、後ろで騒ぐ旭と暮相に構う様子はない。


 宵は一寸の隙もなく座敷を二つに分断した太い茨に触れた。


「これをどうにかするのは無理だね」


 一人じゃない事が幸いだと思うしかないと考えながら、明依は宵と同じように茨に触れた。

 植物の感覚。小さな棘に触れてみると、確かに寸分違わずその形で鋭利に尖っていた。


 これが幻覚だとはとても信じられない。それともこれは現実なのだろうか。

 しかし、植物は自由に意思を持って俊敏には動かない。


 現実と非現実の区別があやふやになる感覚、それから正常な位置まで指針を戻してくれる終夜が側にいない事が、今の明依には恐ろしかった。


「まんまと地獄大夫の思惑にはまったわけだ。仕方ないね。急いで作戦通り合流するしかない」

「……こっちは明依が満月屋にいた頃の思い出に」


 そう言うと宵は茨の向こう側を見た。


「そっちは終夜を幼少期の思い出の延長にいられるように振り分けているんだろう」


 明依は日奈と宵を見た。

 旭がいなくなってすぐ、二人に支えてもらった。あの頃のどうしようもない虚しさを思い出す。


 日奈が死んで、それから宵が死んで。

あれから何度も夜を越えてきた。


思い出す度にまだ刺すように胸が痛む。


 人は慣れる。

 きっともう、日奈と旭、それから宵がいない生活に慣れていたのだ。

 早くみんなと合流しないと。また、離れ離れになってしまう。その間に誰かが死んでしまったら。


 そこまで考えてまた、分かりやすく胸が痛んだ。


 珠名屋から出るという事は、現実世界に戻るという事は、みんなとの別れが訪れるということだ。


 せっかくまた、会えたのに。


「明依」


 宵ははっきりとした声で明依の名前を呼んだ。


「気をしっかり持っておくんだよ。明依がいるべき場所はここじゃない。必ず、終夜と二人で珠名屋の外に出るんだ」


 宵は真剣な表情で言う。

 日奈も宵に同意する様に大きく頷いた。


 ほんの少し、ずっとこのままでもいいかもしれないと思った。もっと素直に言うなら、終夜もそうだったらいいのになんて馬鹿げたことを考えた。


 明依は自戒の念を込めて拳を握りしめた。


 しっかりと自分を持っていなければ。

 終夜がどう思っているのかは知らない。しかし、二人で暗い夜を越えようと、そう自分が思ったことは事実。

 本当に二人で暗い夜を乗り越えるつもりなら、どちらかがしっかりしていなければ、どちらかばかりに負担がかかってしまう。


 盗み見た日奈の顔は、先ほどとは変わってなにか思う所があるようで明るいとは言えない。

 終夜と別れてしまう事に対する苦しみが、日奈にそんな顔をさせるのだろうか。


 終夜に言いたい言葉が喉元で絡まる。

 しかし終夜の声が聴けるのは、自分の声が終夜に届くのは、これが最後のチャンスになるかもしれないと思って、もう一度拳を握りしめた。

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