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22:背中合わせの弁証法

「俺はある程度、珠名屋の屋内を知ってる。一刻も早くここから出る為には、俺と一緒に行動するのは必要な選択じゃないか?」

「……旭と日奈を見た」


 終夜はまるで経験した事実の必要部分だけを切り取ったみたいに、淡々と口にする。


「地獄大夫の作る人間は確かに精巧にできてるよ。だから、だ。宵、アンタは信用できない」

「お前の為じゃない」


 終夜の言葉を聞いて、それから宵ははっきりと言い切って、そして優しい笑顔で明依を見た。


「明依の為だ」


 宵の言葉は想定外だったのか、終夜は目を見開いていた。


 明依は真正面から宵の視線を受けて、思わずそっと息を止めた。

 別れが訪れる宵の話を、聞き逃したくなかったから。


「ここには今の明依に必要なものは何もないよ。だから、ここを出るんだ」

「……宵兄さん」


 ぼそりと自分が呟いた言葉が耳に入って、思わず泣きそうになる。


 宵の正体を知る前と何も変わらない態度。


 もし暮相の鱗片が見えていたなら、もう少し思いは違ったかもしれない。もしかすると憎しみが溢れ出していたかもしれない。


 心臓がうるさい。ただこれは恋の類ではないと確信が持てる。二年前からずっと宵に対する気持ちはこれだった気がする。

 この気持ちは恋じゃない。

 終夜に対する気持ちとは、色も様子も違うから。

 

「……っていうかさ」


 冷静さを取り戻したのか、明依と宵のやりとりを横目に見ていた終夜が何の気もない様子で口を開く。


「なんで()()()()()なの? やりにくくてイライラするんだけど。本体出してよ」

「そんな事言われても」


 〝オマエじゃない方〟とは暮相の事なのだろうか。


 そして思う。命の恩人になるかもしれない人にどうしてそんな口がきけるのだろう。

 宵はこうなったら絶対に途中で見捨てたりしないだろうという、終夜の中での確信がそうさせるのだろうか。

 終夜に対して宵はやはり大人で、困った顔で笑っているだけ。


 完全に八つ当たりなのだから、宵ももう少し言い返していいと思う。自分ならそうすると思い、宵と自分の格の違いを思い知る。


 宵はやっぱり大人だな、という感想の隣で、どうしてこの男は命の恩人になるかもしれない人に。ましてやこの人しか頼る人がいないのに、ここまでデカい態度を取れるのだろうと終夜の子どもの部分に呆れていた。


 本当に終夜はぶれない。もはや終夜の才能だと思う。


 しかし、きっと今の終夜が本来の終夜だという確信が明依にはあった。

 自分より精神的に同等か上の人間を相手にした時の反応。


 終夜はなんだかんだ、宵を認めている。そのことに終夜はきっと気付いていて、でも隠そうとしているのだろう。明依が見た終夜という男は、そういう人だった。


「終夜、ありがとうね。迎えに来てくれて」

「……迎えに来なかったら呪われそうだし」


 もっと感謝しなよ、と茶化すでもなく。どういたしまして、と流すでもない。しかし真正面からは受け入れない。

 とんでもないトラブルに巻き込まれているというのに、自分の存在が終夜の本質に近づけているという事実が嬉しい。


「宵兄さん」


 控えめな声は、旭のもの。

 息を呑んだ明依とは対照的に、終夜は冷静に視線だけを声の方向に向けた。


 旭は昨日の出来事なんてまるでなかったような態度。目の前の事実に対してのみに意識を向けるみたいに、少し焦っている。

 そんな旭とは対照的に、日奈は少し居心地が悪そうにしていた。


「もう星乃は、終夜が珠名屋の中に入ってきたことに気付いてる。みんな一気に動き出す頃だと思う」

「急いだほうがいいな」


 旭の報告に宵が答えて、日奈と旭は頷いた。


「なんで二人がここにいるの?」


 無機質な終夜の表情。冷静な声。

 

 宵は日奈と旭を見て、それから終夜へ視線を移してから口を開いた。


「終夜。お前は自分が自分じゃないって疑ったことはあるか?」


 終夜は何も答えない。どうやら宵の話の続きを聞くつもりがあるらしい。

 終夜が答えない事を最初から知っていたみたいに宵は口を開いた。


「俺達もだよ。自分が自分じゃないって、造られた他の人間だって言われても、正直に言えばよく分からない。俺達にはそれぞれ吉原の中で過ごした思い出があって、感情がある」

「……なにが言いたいの?」

「なんで二人がここにいるのかっていう質問の答えだよ、終夜。二人がここにいるのは、明依と終夜に珠名屋から逃げてほしいから。俺と同じ意見だからだよ」


 それから宵は日奈と旭を見て笑った。


「終夜の気持ちもわかるよ。だけど、そんなにあからさまに否定されると悲しいってことだよ」

「悲しまれるほどアンタと関係性築いてないけど」

「まあ、いろいろ間違って死後の世界にでも迷い込んだと思って。ね?」


 宵が伝え終えても終夜は表情を変えなかったが、変わりにゆっくりと息を吐いて身体の力を抜いた。

 きっと納得したのだろう。


 まさか、自分の考えが全ての終夜を納得させるなんて。

 明依は、隠す必要のなくなった本来の実力を発揮して、しっかりと区切り良く終わらせる宵を誇らしく思い、それから他人の意見を受け入れる姿勢を見せるようになった終夜を見て嬉しく思った。


「……なんか顔色悪くないか? 明依」

「ここは慣れない匂いがするからね。歩けそう?」


 眉を潜めて声をかける旭に、宵はそう言って明依を見た。


「うん平気」


 明依が頷いたことを確認すると、宵は隣の襖を開けた。


「とりあえず中で話そう。廊下は人目に付く」


 5人で室内に入ると、宵はぴたりと襖を締め切った。


「終夜。俺と終夜の目的は一致している。明依と終夜が珠名屋の外に出る事だ。わかるね」

「わかってるよ」

「目的は決まってる。二人で手段のすり合わせをしよう」


 旭は〝二人で〟という単語に反応し「……あれ、俺は?」と日奈に問いかけ、日奈は困ったように笑っていた。


 真剣な表情をする宵に、終夜はその場に座り込んだ。


 それを肯定と解釈した宵が口を開く。


「まず、前提と認識のすり合わせからだ。おそらく今、妓楼の人間は終夜だけではなくて明依の事も警戒していると俺は思う」

「……そう考えるのが妥当だね。それに三人が俺と明依に協力しているという事は、すでに地獄大夫に知られていると思って動いた方がいい。……珠名楼の遊女の判断能力がどれくらいあるのかによって、こっちの動き方が変わってくる。珠名楼の遊女が明依と俺以外の三人を見つけた場合、裏切りを判断できると思う?」

「判断は出来ないよ。だから地獄大夫は遊女たちに、明依、終夜、宵、日奈、旭は問答無用で捕らえろと命令しているんじゃないかと思うんだ。そうなると隠密行動になるな。だけど、人数が多いのは得策じゃない」

「多くても三人。これ以上の隠密行動は不可能。合理的じゃない」


 終夜の出した結論に、すぐに心が騒ぎ出す。

 という事は日奈、旭、宵の誰か二人は敵ばかりの中でほとんど孤立無援の状態になる。


「そんな、」

「だけどこの結論を出すと明依が騒ぎ出して時間を無駄に使う事になるから今は却下だ。アンタはどう思う?」

「賛成だよ。5人が前提で計画を立てよう。次にどう行動するかだ。バラバラに行動するメリットは、出口を見つける確率が飛躍的に上がる事だ。だけど俺は妓楼の形が変わっている以上、バラバラに行動するのは可能性を下げると思う。お前はどう思う? 終夜」

「……このどこもかしこも一緒の妓楼の中で、ぱっと見で分かりやすい場所は?」

「唯一見た目が違うのは、3階中央、地獄大夫の部屋だ。あそこは地獄画の襖になっているから、知らなくても一目でわかる」

「この不確かな妓楼の中で俺と明依以外が出入口を見つけた場合の合流場所にしては危険すぎる。時間的なロスを考えると、別れるべきじゃない。みんなで行動した方がいい。妓楼を知った人間同士が弁論出来るメリットがある。……目的は明依と俺がこの妓楼の外に出る事。何よりも避けたいのは俺と明依がはぐれる事。それが一番避けるべきリスクだ」

「そうだね。万が一明依が捕まった場合、出入り口探しをやめて明依を助けに行く。それから終夜と明依がはぐれた場合は、出口を探すことは後回しにして合流。それが一番可能性が高いな」

「万が一明依と俺がはぐれた場合の合流場所は、地獄大夫の部屋の前だね」

「俺も同じ意見だ。それがいい。地獄大夫と正面戦争になるリスクはあるけど、確実に合流する線を優先しよう」

「じゃあ、決まり」


 終夜はそう言うと明依を見た。


「わかった?」

「わかるか!」


 終夜の声にすぐに反応したのは旭だった。


 AI同士の会話か何かかと思った。

 この二人の頭の中はどんな情報処理がされているのだろう。


 終夜は旭に呆れた視線を向ける。わからない、というのが自分の役目じゃなくてよかったと思った。

 終夜はしぶしぶ口を開いて、簡潔に説明した。

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