episode0-1
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時は遡り32年前の…2023年、夏。尾谷信介が輝響高等学校3年生の当時だった頃…。この学校の剣道部員として、最後の大会を1週間後に控えていた。
「…今日も部活、行くの?いっつも、サボってばっかりの信ちゃんがねぇ~。」「…まぁな。さすがに最後の大会ぐらい…真面目に練習しないとヤバいだろ…?周りの奴らが、そういう雰囲気をバンバン醸し出しているし…。まぁ仕方ないよ。」「あ~っ!そんな事言ってもいいの?…仕方ない、なんて…。がっかりだなぁ~…。」『あっやばっ!』「嘘、嘘!冗談だよ!…真面目に練習します。」「そう!良かった~。安心したよ。」この信介と話してる女の子は…及川濃巳。信介とは幼馴染で同じ3年生。…べっ甲の赤縁眼鏡、ポニーテールの地~味な風貌だが…中学から始めた弓道の腕前は、全国でも1~2位を争うほどである。
「とこで…濃巳は大会とか無いの?」「弓道をやってる高校が少なくてね…。大会を開ける状況じゃないね…。その代わり、昇段試験があるよ。…これが中々難しくてね。そう簡単に受からないだよねぇ~…。」「で…今度は何段に挑戦するの?」「…7段。」「え~~っ!マジっ…!もう名人の領域じゃん!」「まだまだ、だよ…。上には上がいるよ。…そう言う信ちゃんだって、ちゃんと昇段試験を受けてれば…3段くらいで止まって無いはずだよ!」「あぁ、あれは…じっちゃんが取れ取れと、うるさかったから渋々取っただけだよ。」「…勿体無い気がするなぁ~。」「いいの、いいの!…子供達に教える様になったらさ…取ればいい事だし…なんてね。」「まぁ…その方が信ちゃんらしいね。」信介と濃巳がほっこり微笑んでいると…そこに1人の男子生徒が駆け込んで来る。「抽選、決まったぞ!」この男子生徒は…同じく3年の丹羽一馬。『質実剛健』を絵に描いたような性格の持ち主で…真っ直ぐな堅物である。その性格を買われて剣道部部長を任されている。「…どんな感じだ?」信介が覗き込む。「…順当に行けば、準決勝までは進めるだろう…。だが、今回が3年にとっての最後の大会になるから…どこの高校も必死に喰らい着いて来るだろうな。相当、厳しい試合になると予想されるなぁ…。」一馬が腕を組んで考え込む。「…去年、全国大会に行った桜花高校が、別組だったのがラッキーだったとは言え…こちらの組は、去年のベスト4が揃い踏みかぁ~…。」信介は、悲愴な声を上げる…。「…去年、惜しくも全国大会を逃した高校は…どこだっけ?」…濃巳がとぼけた感じで質問を投げ掛けると…すぐさま、一馬と信介がシャキッと手を挙げる。「…謙遜なのか、ふざけているのか、マジで自信が無いのか…全然わからん!…去年、準優勝したんだろ!少しは自覚って奴を持ったら!貴方達を目指して頑張ってる高校もあるんだよ!…まったく!」「…はい…。」一馬と信介が小さく返事をする…。この正論をブチかます…この女子生徒は、生徒会長を務める酒井光由。信介と濃巳のクラスメイトだ…。「酒井さんの言う通りかもね…。もっと自覚と自信を持ったら…?」光由と濃巳の忠告をよそに、何やら話し込む…一馬と信介。「抽選会場で、妙な噂を聞いたんだが…甘利塾から5人が甲斐南高校剣道部に入ったと…。しかも、甲斐南から桜花に練習試合を申し込んで…その5人にボロクソに桜花が負けたとも聞いた。」一馬が怪訝な顔で話す。「…甘利塾と言えば、警察官や実業団がメインで教わる剣道塾だろ…。なんで高校生が在籍してるんだろう…?普通、中学とか高校の部に入るもんだろ?…そいつらが、どうして今更になって、こんな最後の最後に部に入る気になっただろうか…?もっと早くに入部する機会はあったはずだが…。」信介が首を傾げる…。「その5人は、どうも沖田化学関連の養護施設『SBCS』出身者ばかりで、その内の1人が…社長の息子、沖田信崇らしい。沖田化学の関係した奴らばかりも怪しい気もするが、なんか…奴らが力試しをしているような感じがするな…。」一馬がボソッと呟く。「んっ、力試しって…?」信介が聞き直すと「…上手く言えないが、いきなり甲斐南に入部したと思ったら、今度は練習試合をして桜花を倒すなんて…不気味過ぎないか?…まるで…5人の強さを確かめてるみたいに…。そんな感じがしてならない。」一馬の顔が曇る…。「そんなに気にする事じゃないよ…。強ければ、強いほど、倒し甲斐があるじゃん!俺達は…強い相手が居たからこそ、強くなって来たんじゃない?…最後の最後、もう1つ強くなってもいいんじゃない…?」信介が底抜けの笑顔で話す。「そうだよな…。もう1つ強くなってみるか…。おい!ぼやぼやしている暇は無いぞ。早く練習行くぞ!」「はい、はい!」信介と一馬が飛び出して行く…。「…まっ、バカはバカなりに頑張ると言う事で…。見守るしかないね。」光由と濃巳が顔を見合わせて笑顔で頷く…。