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邯鄲にて  作者: 門松一里
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9.千金の子は市に死せず

9.千金の子は市に死せず


 弼馬温(ひつばおん)か……。劉馬は頷いた。確かにそうかも知れん。先月まで馬の番にしかならなかった人生であった。この一箇月は楽しかった。馬上である。馬子(まご)にも衣装である。代償は大きかったが、それが人生というものであると劉馬は知っていた。祝杯を重ね夢を見た。邯鄲の夢である。


 盗賊退治を命じられたのは先月であった。友、単田が言ったものだ。


「馬に乗られる」


 それで決まった。死す場所は馬上と決めた男である。馬子で終わりたくはなかった。しかし家には老いた母がいる。一人で()く訳にもゆかぬ。単田は涼しく手筈は整えていると言う。信ずる事にした。何より馬に乗られる事が嬉しかった。ずっと乗られるのだ。かねてよりの念願であった。藁葺きの宅に帰ると老いた女が三つ指をついて待っていた。劉馬の母である。慌てて抱き起こす劉馬であった。(こう)である。


「かねてよりの念願成就なさいましておめでとうございます」


 母が顔を見て言った。劉馬が醒める。己の母を置いてどこに()こうというのか。


 単田は上手に計らったようである。果たして三日の策士単田は呉下の阿蒙ではなかった。


 心配は要らぬということか。


 熟睡した劉馬が明け方、馬を買うのに早起きをすると妙に静かである。人気が有りはせぬ。馬陵袋の命により佩刀している。静かに隣の部屋を覗いた。劉馬がゆっくりと刀を下ろしした。


 確かに母のその後の心配は要らぬ。要らぬな。刀を収めた。


 母は(くび)いていた。


 首を(くく)っていた。


 劉馬は馬を駆け単田に詰め寄った。


「何が策か!」


親之心(おやのこころ)子不知(こしらず)


 斬ろうとする劉馬が近寄ると単田が泣いている。


「親不幸者め! 己の袋親の所業を知らぬとは!」


 聞くと劉馬が夕方、城の門が閉じる前に帰られなかった時にひもじい思いをしてはならぬと三日に一度干し肉など食料を門番に入れていたのである。賄賂である。閉じられたら翌朝まで開かぬ。夜は虎の世である。その為の賄賂でもある。


 もちろん門を時間通りに閉めなければ単田の首が飛ぶ。それを承知で母は頼んだのである。


 あの日門が開いたままであったのは友だからでは有りはせぬ。


 劉馬は帰り母の遺を読んだ。老いた母が単田の才に気づいていたことが書かれていた。子の才にも気づいていたのである。劉馬に他の才は有りはせぬが……。加えて見知らぬ父の事が書かれていた。()如何(いか)に。


 ()って劉馬は無事を経て今、馬陵袋の別棟で静かに一人眠るのである。


 頬に伝う水真珠。頬に伝う(なみだ)は心ぞ。




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