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邯鄲にて  作者: 門松一里
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8.弼馬温

8.弼馬温(ひつばおん)


 劉馬が早速馬を買い集めた。それも尋常ではない数である。馬の価格が一日で急騰した。今の世でいう市場操作である。馬陵袋が地方の賊を狩る噂が流れた。風説(ふうせつ)流布(るふ)である。


 一箇月の長雨が続きキナ臭い雰囲気になった。地方では早くも賊が現れた。劉馬が派遣された。誰も行きたがらないからである。劉馬は将軍として任を与えられ征伐に向かう。道は知っている。何しろ幼いころから馬と共に生きてきた劉馬である。軍を率いたことはなかったがやり方は単田から何度も聞かされていた。が、結果は散々であった。すぐに引き返してきた。しかし、馬陵袋が賊に対してした行為は誉められた。


 一箇月経ち単田の言うとおり晴れやかな日になった。門番時代に毎日、天気を見ていたからである。


 敗軍の将が帰還すると劉馬は馬陵袋に呼ばれた。今は馬子ではありはせぬ。一将である。馬に乗れて軍を率いただけで劉馬は満足であった。勝敗は時の運と知っていた。


「ご苦労であった」


 馬陵袋直々の(ねぎら)いの言葉の後で奥に通された。二日酔いの時に寝た別棟である。劉馬は身を清め時を待った。


 宴の用意が出来ましたと下女が伝えてきた。劉馬にはその案が分からない。首を飛ばすなら早くしてくれ……である。


 特に単田を恨んではいなかった。そもそも単田がいなければ将とはなれなかったのだから。一夜漬けの策士にとやかく言うつもりはなかった。


 宴が始まるとかなりの豪奢である。劉馬も楽しくなった。踊り子と一緒に踊り踊った。踊り疲れて家に帰ると単田が酒を持って待っていた。


「お疲れ様です」


 ていねいに注ぐ。


「感謝感謝」


 劉馬が一気に飲んだ。


「一箇月とは言え馬の上におれた。満足だ」


「何がだ?」


「満足だと言ったのだ」


「まだまだだな」


 と単田。


「何を言っているのだ!」


 そう言われては横にしてた腹も立つ。


「お前の責で首が飛ぶんだぞ!」


「どうしてだ?」


 と単田。


「勝てなかったに決まっているだろう!」


「勝ったさ」


「はあ」


「勝たなかったら先に私の首が飛んでいるよ」


 それはそうだ。合点する。その理由とは。長雨で大量の馬がいるとなれば博労も手持ちの良い馬を出したがらない。もっと高い値段で売ろうと考える。急場で劉馬が集めた馬はトンデモナイものばかりだった。劉馬もそれは知っていた。知っていて、単田の命のまま集めたのだ。賊は飢えているから賊である。富みながら賊をするは下郎である。どこかのお偉いさんではあるまいし。


 単田は万が一勝てなければその中でも動かない馬を残していけと劉馬に伝えていた。飢えた賊は残された馬を食べた。病気がちな馬である。腹を壊したやも知れぬ。


 良くない馬がいなくなれば馬の値段が急騰する。風説(ふうせつ)流布(るふ)――馬陵袋が地方の賊を狩る噂から馬の売り買いが頻繁になった。長雨である。良い馬でも病気になろうというものである。


 馬陵袋はあれ以来一切買っていない。晴れてから厩を開放した。手入れの行き届いた名馬ばかりである。売り買いされ疲れた馬と比べようもありはせぬ。馬陵袋の馬は売れに売れた。


 何故(なぜ)か。劉馬が買い集める前に、良馬だけを厳選して市場価格のまま買っていたのである。価格を高騰させ、高値で売り抜けたのである。馬陵袋の富は倍増した。


 その後、賊は討たれた。負けたとはいえ、拙速に兵を出した馬陵袋の名声は上がった。(ゆえ)に敗軍の将といえど馬陵袋にとって劉馬は英雄であった。


「何だ! 身を犠牲にしている間に、銭を稼いでいたのか!」


「兵は詭道(きどう)なり」


 騙しは必要だ。


「ちゃんと分け前はあるんだろうな!」


弼馬温(ひつばおん)の称号を与えられたよ」


「ふざけるな!」


 猿か!


 劉馬は笑い飲んだ。


 楽しかった。


 cf.

 弼馬温=厩の管理人。『西遊記』の孫悟空の天上界での役職で音が疵馬温と同じで意味は「馬の疵避け」である。つまり劉馬によって「疵を避けている間」に儲けた話を洒落ているのである。



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