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邯鄲にて  作者: 門松一里
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7.単田策士となる

7.単田策士となる


 かつての門番単田は今や馬陵袋の食客(しょっかく)である。食客とはまあ食うだけの居候(ごろつき)である。


 書を借りたいというが本一冊が家一軒の値である。とても貸せる訳はありはせぬ。よって食客として居候しながら読めとの御達しである。貸して売られるよりは食費のほうが遥かに安い。また、書を願う、知識を貪婪(どんらん)に得んと欲する人間は金品を得ようとはせぬ。己が後で稼げば良いだけのことである。


 馬陵袋自身も己の蔵書全てを読んでいる訳ではない。才は利用し、また利用される事を心得ていた。


 翌朝、日が出る前から蔵に入り、夕まで出てこなかった。心配した馬陵袋が蔵口まで食事を持っていかせようとしたが茶泉が止め(さと)した。夢中になっているのを止めるのは礼儀に反する。それに蔵口に食事を置けば虫鼠の餌である。


 書の意味は知らぬが価値を知る茶泉であった。今や女主人であった。


 三日の後、夕の宴に顔を出した時には単田の表情は変わっていた。絵は策に通じる。まずは想い描きそれを形にする。門番の時の凡庸な様子は微塵もありはせぬ。余分な肉が落ち、精悍な顔立ちと成っていた。


 単田は策士となった。興味をもった馬陵袋が明日の天気を尋ねた。もちろん単田はずっと蔵にいるのだから空を見ておらぬ。引っ掛けである。


 単田が直ぐさま答えた。


「雨です」


何故(なにゆえ)


「書が湿っております」


 得心する馬陵袋であった。書に夢中になりながらも世間を忘れてはおらぬ。しっかり刻んでいた。


「次いでながら明後日も雨です」


()は何故」


「西の空が赤らんでおりました」


 単田が続けた。


「長雨が続き、西の空が赤らんでおるとなれば天運が雨というより、時運が雨になります」


 馬陵袋には分からない。


 (そば)にいた茶泉が返した。


「どう(いた)すお(つも)りですか?」


 茶泉は言葉を選び敬い言った。智を得ようとするのである。当然であった。単田がもはや門番ではありはせぬ事を茶泉は知っている。


「馬を買います」


「馬?」


 一同(しょう)たり。()(ごと)なりと笑う者多数である。長雨が続くと馬も体調が良くなくなる。雨の中、馬を動かしては病も増えるというものである。


 箸を落とす音がした。一人青ざめていたのは茶泉である。


「戦……ですか……」


 一同がはっとした。茶泉は先の戦で生き残った一人である。


「これから一月も雨が続きます。食べ物も不足するでしょう」


 食料確保が安全に出来るようになるのは遥か後の世紀である。


「お任せいただけますでしょうか」


(だく)


 馬陵袋英断す。


 その夜のうちに、馬陵袋の別宅に劉馬が呼ばれた。呼んだのはもちろん単田である。単田は劉馬に馬の仕入れを頼んだ。


「毎日美味しい物を食べているらしいじゃないか!」


 開口一発である。


(うらや)むな。自分(劉馬)も(いず)れそうなる」


馬子(まご)は馬子だよ」


「そう思っているうちは、そうだ」


 劉馬が単田の顔をまじまじと見た。人相が変わっている。遅刻して首が飛ぶのを怖がっていた人物とはとても同じ人間とは思えぬ。


()(わか)れて三日(さんじつ)なれば、(すなわ)(まさ)括目(かつもく)して(あい)()つすべし」


 丁度三日であった。劉馬が一歩下がった。畏怖したのだ。




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