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邯鄲にて  作者: 門松一里
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6.言質

6.言質


 豪族馬陵袋の妻姜深蓮は今や泉下の旅人である。送り届けた馬陵袋はしめやかに宴を催した。そのころには二日酔いの三名も元気を取り戻している。劉馬と単田、そして張遼春である。


 宴の時も茶泉は馬陵袋の(そば)から離れようともしない。また馬陵袋も離さなかった。猫を抱く娘桃忠の頬が赤らんでいるのを気に留めた馬陵袋が問うたが、茶泉が薬の為ですと答えた。確かに恋は万病の妙薬に相違ない。


 墨と硯が用意された。絵の競い合いである。単田の(くび)の為であった。


 哀れ、馬陵袋の思念にもはや深蓮の美しき青い影はありはせぬ。ありはせぬのだ。


 馬陵袋は勝った方に十分な褒賞を、勝てなかった方に罰として鞭打ち五回を与えるとした。単田にしてみれば首が飛ぶよりは(やす)い。張遼春の腕を知る機会を与えた礼であるし、先の遅刻の罰である。


 遼春は幼いころから絵師であった。一つで筆を持ち、三つで絵が成り、五つで筆を選んだという才人である。


 片や単田は地面に絵を描いているだけの門番である。勝負は直ぐに着くと思われた。誰もが遼春の勝利を知っていた。


 ここに一つ穴がある。遼春の筆が軽やかに動いた。が、直ぐに止まった。慌てて硯に戻す。遼春が己の腕に手を当てる。腫れていた。割れていない筆硯の代償である。長雨で逗留した先で遊んだツケである。ここに来るまでに歩き通しであった疲れである。朝まで飲んだ(あがな)いである。恋は闇である。


 桃忠の抱く猫が鳴いた。果たして命数であった。


 方士の言葉が頭を(よぎ)る。


「筆がそれほど大事なれば他の命は救わぬ事よなあ」


 他の命とは単田の命ではなかった。劉馬の馬から救った猫の命である。


 命数を知ったがもう遅い。遼春は諦めながら動かぬ腕を動かし絵を続けた。


 劉馬は来賓席で遼春が動かぬのを見て不思議に思っていた。まま単田の命がかかっているのだからそれで色々考えているのだと思っていた。劉馬に深読みはできぬ。


 遼春は確かに才人であったが特に努力はしていない。磨いていない。いくら名刀でも手入れせねば切れぬ。身を大事にせねば身を保てぬ。才を大事にせねば才を保てぬ。これが先の方士の言質(げんち)である。


 おおよそ絵を描く事はまず観る事である。今の世でいえばカメラである。十分な精度が必要だし、ピントが合っていなければならない。


 単田はまずこの才に長けていた。見た物をすぐに覚え、忘れることがなかった。遼春の特徴を全て得てしまった。


 次に想い描く事である。頭の中できちんと形にする事である。カメラのデータをPCで変換するようなものである。単田は門番でヒマである。十分再稿する余裕はあった。


 最後に描く事である。プリンタからの出力である。単田は地面に何度も何度も描いている。今までプリンタが良くない為に誰も気づかなかった。竹簡も紙もないので形に残らなかった。


 筆と墨を得た単田は昇龍であった。直ぐに枚数を重ねた。どれも一級品である。遼春の絵に似ているが否。超していた。絶品である。遼春が一枚描き終えるまでに単田は十数枚描き終えていた。


 勝負は決していた。


 馬陵袋の命で勝者には十分な褒賞が与えられる。


 単田の望みは一つであった。


(しょ)をお借りしたく……」


 本である。馬宅の膨大な蔵書を見たいというのだ。一冊が一軒の値があるものもある。知識を得ようとする人間の欲深さよ。


 遼春の刑は明朝と決まった。猫は桃忠の懐から出て遼春の懐に帰った。


 果たして遼春の命運や如何(いか)に。




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