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邯鄲にて  作者: 門松一里
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5.茶泉の計

5.茶泉の計


 葬送のおり、馬陵袋は始め、(そば)にいる麗人が誰か分からなかった。それもそのはず、下女茶泉が馬陵袋に化粧(けわい)した姿を見せるのはこれが初めてである。全てはこの時の為であった。


 姜深蓮の葬儀はしめやかに執り行われた。


 少女の時に買われた茶泉であるが今やもう立派な女性である。美しい美しい素晴らしい素晴らしい。


 哀しみの中、人々の(あや)しい声が眠る姜深蓮の耳元に届いた。しかし深蓮は帰らぬ。深蓮が魂は今や泉下である。


 馬陵袋の仕事仲間の下女に奥方である深蓮の美しさをずっと言い続けてきたのは誰あろう茶泉である。下女が奥方を誉めるのは当たり前である。


 茶泉は上手にしていた。もちろん、その日に雨が降るのを知っていたに違いない。全てはこの時の為であった。


 人間は過ぎ去った時代を懐かしむがそれは(うつせ)()る時が色褪せている場合である。今が輝いているのなら人間は過去を振り返らぬ。反省などせぬ。省みぬ。


 馬陵袋は哀しかった。そして馬陵袋は嬉しかった。


 馬陵袋は明日を数えた。喪が明けるのはまだ先の話である。


   *


 茶泉は用心深く行動していた。家の者全員の心を掴み、掴めぬ者は弱みを握り、全てを利用して時を待った。葬儀の時に馬陵袋の(そば)に居れたのはこの為である。深蓮を亡き者にする為なら毒でも盛る美しき(いさか)()である。が、しかし深蓮に近づくことができぬ。首尾良く毒を盛れぬ。よって茶泉は娘桃忠の良き話し相手になった。


 桃忠は優しい娘子であったがそれほど、聡くは有らぬ。茶泉に近づくなと母から言われれば近づきたくなるのも道理である。桃忠の知らぬ見聞きした異國の話を茶泉はしてみせた。案の定、桃忠は夢中になった。実の所、張遼春の絵の素晴らしさを伝えたのは茶泉である。


 茶泉に絵の価値など分からぬ。藝術に対して敬愛など微塵もありはせぬ。全ては利用する手段であった。要るのは金である。


 実際、絵に固執したのは馬陵袋の妻深蓮であった。さりとて茶泉の推薦は好きになれず、ましてや馬陵袋の手前、絵が好きとは言えぬ。よって娘の名を借りて張遼春を呼んだのである。


 長雨で外に出られず呼んだ張遼春も着かぬ。かなり精神的に追い詰めた上で濡らせたのだ。普通の身体でも病気になるであろう。他の者に深蓮の面倒を看てもらい自身は張遼春の素晴らしさを桃忠にそれとなく言い聞かせた。人間は哀しい時には別の楽しいことを考えたいものである。


 桃忠が張遼春の部屋に入るのを見届けた茶泉はニタリと笑んだ。その笑いは(およ)そ人のものとは思えぬ、人外(じんがい)のものであった。




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