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邯鄲にて  作者: 門松一里
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4.競絵

4.競絵


 明け近く、邯鄲の豪族馬陵袋は起きていた。眠れるはずは有りはせぬ。妻姜深蓮の枕元である。死が刻々と刻まれていた。あの方士さえおればと皆に探させたがおらぬ。残された美しい娘桃忠が不憫であった。


 本当に哀しい時には人は(なみだ)を流さぬものよ。泣けぬ。泣けぬのだ。酔わぬ。酔わぬのだ。もう二瓶も飲んでいるがさっぱり酔わぬ。蔵の酒を全て飲んでも酔わぬだろう。


 娘の桃忠はというと、泣き濡れて消えてしまった。寝所には茶泉を配した。良く気の利く下女だ。


 思えば美しい母娘であった。自慢の妻を己の思慮で失うとは(つい)ぞ思わなかった。しかし、悔いても始まらぬ。指を折り数えた。桃忠ももう年頃である。婿(むこ)をもらうことを思案していた。手放すなどとは思いもせぬ。


 門前で物音がした。


「大変でございます」


「何か」


「門番一人がおりませぬ」


()ておけ」


 知らぬこと。


「はっ……しかし……」


 門番は失念したら首が飛ぶ。馬陵袋にしてみれば門番の命など五分の魂にもならぬ。どうでも良い話である。


 また物音である。劉馬と単田、そして張遼春である。劉馬は馬家の馬も診ていたから馬陵袋に目通りが叶ったのである。


 劉馬が声を大にして言う。


馬大人(ばたいじん)に申し上げます。ここにおられるは絵師張遼春氏でございます。昨夜、ここにいる単田と馬の絵を競いましたが朝まで(らち)が明きません。よって裁量願いたく……」


 馬陵袋の目が覚めた。張遼春は猫でも知っているといわれる当代きっての絵師ではないか! それが門番の単田と一緒だったとな……。


 三名とも目が赤い。


 合点である。


 三名で酔い明かした事は明白であった。


 馬陵袋も大人である。話に乗った。というよりタダで絵が観られるのだ。そちらのほうが嬉しいではないか。


「張遼春さまですって!」


 娘も起きてきた。あの大声である。無理は有りはせぬ。


 (だく)と告げると三名を離れに控えさせた。


 構想を練ろとの申し伝えであった。実は姜深蓮の葬儀の為である。


 無論、馬陵袋は三名が二日酔いで動けぬのを知っていたからである。


 あれよあれよいう間も有りはせぬ。三名は奥に通される。


 馬家の別棟は離れといっても御殿の大きさがある。劉馬も外観は知っていたが中に通されるのは初めてである。単田など脅えきっている。まあ先刻まで首が飛ぶかどうかの瀬戸際だったのだから仕方あるまい。


 慣れていたのは遼春である。絵師は離れで絵を描くのが常である。すっと奥の寝室に入って寝てしまった。


 劉馬と単田も生きた心地がせず眠れぬと思っていたが朝まで飲んでいたのである。ぐっすり寝てしまった。


 喜んだのは娘の桃忠である。葬儀の合間に気分が優れぬと抜け出し遼春の寝室に入ってしまった。


 美しい若者と美しい少女である。後はいうまい。


 一人だけ知っていたのは先の下女の茶泉である。抜け出す手筈をしたのも、茶泉である。茶泉は桃忠に付き添うと言い一緒に抜け出し身を清め、髪を()化粧(けわい)し葬儀の参列に返った。もちろん主人馬陵袋の(そば)にである。


 茶泉はまだ若い。そして美しかった。これも後はいうまい。




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