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伯爵令嬢と想いを紡ぐ子  作者: ちさめす
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「あは! 見えたよお姉ちゃん! 次の『糸』はあそこかも!」



 馬車の窓から外を覗く。「あれは……墓地?」



「みたいだね~。あ! ちなみにね、ここではオージさんを説得するためのアイテムが手に入ると思うよ~。『糸』が薄い緑色なのよね! さあ~それはいったい何だろな~! あは!」



 ――アイテム?



「アイテムとはいったい何なのでしょうか」



「アイテムはアイテムだよ~!」



 足をばたばたとさせながら、この子は楽しそうにいった。



 ――さっぱりわからないわ……。



 馬車が止まる。どうやら目的地に着いたようだ。私たちは外に出る。墓地の入口には小さな小屋があり、ちょうどそこから管理者らしき人がこちらに寄ってきた。



「ごきげんようご令嬢様。本日はずいぶんと綺麗なお召し物をされておりますが、集合墓地へは何用でございましょうか」



 確かに今の恰好はお墓参りをするような正装ではない。



「お墓参りで来たわけじゃないんです~。今この中にいる人に会いに来たの!」



「ああ、お連れ様の方でしたか。それではその方をお呼びしますのでお名前を教えていただけませんか」



「んん? 名前? そんなの知らないよ?」



 ――え? 名前を知らない?



「だって二本目の『糸』は人じゃなくて物に伸びてるんだもーん! 『キラキラとしたもの』しか今はわかんないよ~」



「はてさて……弱りましたな。名前を知らないことにはお連れ様をお呼びすることができませんねえ。そうすると――」



 管理人は私たちをじろじろと見る。



「まさかそういうことは起こらないと思いますが、一応は防犯上の決まりですので、中に通すことはできませんねえ」



「ええ~!? そこを何とか~!」



「申し訳ないですが決まりですので。その方が出てこられるまではこちらでお待ちになって下さい」



 管理人は小屋を指さす。「ちぇ~けち!」というぼやきを聞きながら私たちは小屋に入った。



 それから小一時間、私たちは小屋で待たされた。そして、お目当ての人が現れた。



 それは、私もよく知る人物――殿下の屋敷に務めている執事長だった。



「これはこれはルーナ様、このような場所でお会いするなんて珍しいですね」



「シープ様、ごきげんよう」



 私は立ち上がって挨拶をした。



 シープ様が私に、「何か御用でもございますでしょうか」と尋ねたところ、この子が代わりにこたえてくれた。



「はじめまして~シープさん! お姉ちゃんがここに来たのはね、ずばり結婚の件なんです!」



「結婚の件……ですと?」




 ◇◇◇




 三人は席に着く。墓地の管理人は少しだけなら構わないといい小屋の外で業務に戻った。



「殿下とルーナ様の婚約破棄の件は昨日に書簡を出しましたが、これほど早くにいらっしゃるとは思いもしませんでした」



 ――これにはいろいろと訳があるのだけれど、説明をしたほうがいいのだろうか。



「先に申し上げておきますと、殿下が婚約破棄をなされた理由に、ルーナ様の責任は一切ございません。書簡には末筆ながらその旨の記載を致しております故、今後もディエス家とは良好な関係を維持したいと考えております」



「そうなのですね。当家へのご配慮に感謝致します」



 ――これなら急速にディエス家が沈むということはないのかもしれない。ひとまずは安心だわ……。



「そうなのですね? 書簡を見て来られたのではないのですか?」



「ええ。書簡はまだ拝見しておりませんわ」



「だったら、なぜ私を尋ねてこちらまで?」



「それは――」



「アイテムをもらいに来たの!」



「アイテム……ですか? アイテムとはいったい何なのでしょうか、お嬢様」



「う~ん? アイテムはアイテムだよ?」



 ――あはは……。




 ◇◇◇




 シープ様は二つのネックレスケースをテーブルに並べた。



「そうそうこれこれ! これがアイテムだよ! これから『糸』が伸びてるの~!」



 ――アイテムは物のことなのかしら?



「シープさん! これをもらっちゃダメかな~? オージさんの攻略に必要なアイテムなの!」



「ええ、まあ、破棄するものですから別に構いませんが……。それと、殿下の攻略とは……?」



 シープ様は不思議そうな表情でこの子を見ていた。



 ――お気持ちはお察し致します、シープ様……。



「シープ様、差支えがなければ、これが何なのかを聞いてもよろしいでしょうか」



 ――だいたいの予想はつくけども、話の流れで聞いてみた。



「構いませんよ。これはですね――」



 シープ様がケースを開くと、そこには月の形をしたネックレスが入っていた。外円には数個の突起がついており、紐の部分まで銀色のネックレスだ。二つ目のケースにも、それと全く同じのネックレスが入っていた。



「七日月に模した月のネックレスです。弓を張ったような形に見えるところから上弦の月とも呼びます」



 ――やぱり……。



「あは! すっごいおしゃれ~! これってもしかして銀で出来てたりする?」



「左様でございます。精製に幾日も掛けた高純度の銀でございます」


「あは~! 高純度の銀だって~!? これはやばばば~! 私がもらっても……いやだめよ私……! さすがにお姉ちゃんに……! く、ぐう……でも……欲しい……!」



 手を伸ばし、でも手に取らないままにぷるぷるとして固まるこの子を尻目に、「それは、もしかして殿下とセレーネ様が身に着けていたものでしょうか?」



「ルーナ様は察しがいいですね。その通りでございます」



 続けてシープ様は説明を始めた。



「その昔、殿下はセレーネ様にこのネックレスを贈りました。七は縁起のいい数字とされ、二つの七が持つ意味は『運命の相手』でございます。そして、このネックレスの突起の裏側は窪みとなっており、向かい合わせに重ねることで一つの輪となります。二人の出逢いが運命の導きによってもたらされ、円環のように永遠なる幸せを築くという想いが込められた一品なのです」



「うんうんうんうん!」食い入るように聞いているこの子は、頭を振り子のように縦に振り続けている。



「ですが……一説にはネックレスを重ねて作ったその月は、その真ん中が欠けて抜け落ちているとも取れてしまうのです。そしてそれは現実味を帯びたように、殿下のその想いは儚くも散ってしまいました……」



 物の見方は人によって変わる。マイナスの見方が取れるものは縁起上よくはないという考えは理解できる。私はお父様から礼儀作法は縁起を呼ぶものと習っている。縁起が大事だということはいわば常識なのだ。だけど、それだけでネックレスを処分してしまうのは違う気がする。



 結局は物の見方もその人の想いだ。だから縁起とか他の見方とかは関係ない。重要なのは、殿下は想いを込めてこのネックレスをセレーネ様に送られたということなのだから。



「……そのような大事なものを殿下はどうしてお捨てになるのですか?」



「それは……ここだけの話にしておいてください。今回の婚約破棄をご決断された殿下は、二度とこのような過ちを繰り返さないために、今後は国のためにその一生を捧げる契りを評議会にて宣誓されるおつもりです」



 ――何ですって!?



 本来、国政は殿下の決定に即して国定評議会がその実務を請け負う形となっている。殿下のいう一生を捧げる契りとはすなわち、方針の決定を国定評議会に移し、自身は一人の国定評議会員となることを意味する。――つまり、殿下は退位するということだ。



「殿下はそのご覚悟として、セレーネ様やルーナ様に関わる全ての私財をご処分されるおつもりなのです」



「殿下はそこまで……!」



「お姉ちゃん! 大変大変! 『灰色の糸』がもう見えなくなってきてるの! 多分だけど、オージさんにその評議会で宣誓されちゃうと取り返しがつかなくなるかもしれない!」



 ――何ですって!?



「殿下は今どちらに!?」



「それはわかりかねますが、明日の評議会には出席なさるおつもりです。ただ、評議会で議論する内容は前日、つまり今日の夕刻にはまとめられるはずです」



「じゃあそれがタイムリミットかも!」



 ――そんな……! いやでも、諦めてはだめよ……。シレーネ様なら決して最後まで諦めないだろう。私にもできるかはわからないけど、最後までやってみせるわ。



 時計をみると昼の二時を回ったところだった。



「シープ様、このネックレスを、私がお借りしてもよろしいでしょうか!?」



「え? ええ、それは構いませんが、何分処分をいい渡された品でございます故、ルーナ様がお持ちになるのは問題ないかとは――」



「いいえ違います! これは私が借りて、私が殿下に直接返します!」



「さ、左様でございますか……」



「シープ様! 最後に一つお聞きしたいのですが、このネックレスを加工した工房はどちらかご存知でしょうか?」




 ◇◇◇









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