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伯爵令嬢と想いを紡ぐ子  作者: ちさめす
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3









 翌日、私は独りで城下町にやってきた。



 侍女には、私が体調不良で寝込んでいるという演出のために自室に残ってもらっている。



 昨日、お父様の耳に婚約破棄の件が入ってからは顔を合わせてはいない。侍女がいうには相当怒っているとのことだったので、婚約破棄のショックで倒れたということにしているのだ。



 婚約破棄という汚名を被った家系に未来はない。それは少しばかり名のある当家でも例外ではないだろうから、恐らく、お父様と顔を合わせると私は今後の外出が許されなくなると思った。



 私はあの子から聞いた場所に赴くと、そこは城下の街並みに溶け込む一軒の民家だった。



 中に入るとあの子は私を歓迎してくれた。



「ああ! お姉ちゃ~ん! すぐにこたえを出してくれてほんとによかったよ~う!」



 何でも、『灰色の糸』は時間が経つと消えてしまうらしい。なので決断は早い方がいいという。



「どうするのかはまだ決めてはいません。まずは先にあなたの話を聞いてから決断しようと思っています」



「あは! そ~いうことね! でも話を聞いてからっていわれてもなあ。昨日に大体のことはもう話しちゃったしなあ。……あ! そうだ! じゃあどうやって『赤い糸』に修復するのかを教えるね!」



 そういうと、この子は私の胸に手を当ててきた。



「『糸』は心から伸びてるの。なのでまずはそこに触れて、お姉ちゃんの『糸』を調べま~す!」



「調べるのですか?」



「うんそうだよ! それから次に、『糸』を作り変えなきゃいけないの。『灰色の糸』はもうなくなっちゃうからね~。あ! でもね、人の想いと想いの繋がりである『糸』がなくなっても、人の想い自体はすぐにはなくならないの。お姉ちゃんのオージさんに対する想いの強さが、新しくできる『糸』の原動力になるのよ~」



 この子がいうには、『糸の修復』は想いの修復。傷ついてしまった私の想いをもう一度殿下に届けるためには、殿下の想いに届きえる程までに私の想いを埋め合わせる必要がある。そのためにこの子は新しい『糸』を手繰り寄せるという。



「人の想いはね、様々な形で広がっていくの。そして、死にゆく『糸』はその想いを残すために、より強く共鳴してた人の想いとの間に新しい『糸』を作るの。生まれたての『糸』は無色で見えないけど、その人の心に触れることで見えるようになるんだ~」



 この子は私の胸をスリスリと触る。異性だったら間違いなく犯罪行為だ。



 ――この子はあたかも本当のことかのように話してはいるけども……どうしても子どものお遊びのように感じてしまうのよね。



 冷静に考えてみても、とても鵜呑みにできるような内容ではなかった。



「あは! できたよ! 『灰色の糸』から三本の糸を紡ぎました~! ぱちぱちぱち~」



「あらそうなの? それはよかったわね」



「よし! じゃあいくよお姉ちゃん! まずは一本目の『糸』を辿るよ~!」



「いくってどこへですか?」



「も~聞いてた~? 『糸』の先だっていってるじゃん~! ほら急いでお姉ちゃん! 『灰色の糸』は今にも消えかかってるの~! 完全に消えると復縁できなくなっちゃう!」



 私はいわれるがままこの子に手を取られて家を出た。



 ――行先は『糸』の先だとこの子はいうけれど、私には何も見えてはいないのよね……。




 ◇◇◇




「着いた!」



「ここは――」



 城下町の中にある教会だった。



 ――まさか、神父様にお願いでもするのかしら。



「ここで神父さんにお願いしてみるの!」



 その通りだった。何か具体的な方法があるのかと少しは期待してみたものの、この子は十前後の女の子だ。やはり婚約破棄で私は動揺していたから、この子の絵空事に乗ってしまったのかもしれない。



 ――それでもいい気分転換にはなったわ。適当にこの子に付き合った後は帰りましょう。



 聖堂に入ると、一人の神父様が壇の上に立っていた。



「これはこれはルーナ様。お昼の礼拝は既に終えましたが、このお時間にいかがなされましたかな」



 私がこたえる前にこの子が先に口を開いた。



「お~っす!」



「んん? おっす?」



「あは! お~っすは挨拶ですよ~神父さ~ん! お~っすっていったらお~っすって返すの~!」



「はっはっは。これはこれは元気のいいお嬢様だ。それでお嬢様はここへは何をしに来たのかな?」



 走り寄っていくその子を神父様はしゃがみ込んで出迎えた。



「ねえ神父さん! お願いがあってきたの!」



「お願いごと? それはいったい何だい?」



「えっとね、セレーネさんのことを教えて欲しいの!」



 ――セレーネさん?




 ◇◇◇




「これはこれは……。お嬢様はどうしてセレーネ様のことをご存知なのかな?」



「えへへ~すごいでしょ~! でも秘密だよ~! 魅力的な女の子は秘密が多いからね~!」



「はっはっは。これは一本取られましたな」



「あの、セレーネ様とはいったい誰のことなのですか?」



 すると神父様は、少しばかり悩む素振りを見せた後、「ルーナ様にはそれを知る権利がございますね」と、含みのあるいい方をしてきた。



 そして、「このことは他言せぬように」と、一言付け加えて神父様は話し始めた――。



「かつて、殿下には愛した人がいらっしゃいました」



 ――殿下の話かしら?



「名前をセレーネ様といい、二年前にセレーネ様は殿下と出会い、そしてお二人は恋に落ちた。瞬く間にその距離を縮めたお二人は、出会ってから半年後となる八月七日、セレーネ様の誕生日でもあるこの日に結婚式を予定されました」



 ――もしかして……殿下が想いを寄せていた方とは、そのセレーネ様なの!?



「しかし、結婚式が執り行われることはありませんでした。セレーネ様は……帰らぬ人となってしまったからです。私は殿下に近しい聖職者として、結婚式では殿下とセレーネ様に誓いの問答をするはずでした……」



 ――そう。殿下はずっと引きずっておられる。半年前、私がお茶会で初めて殿下とお会いしたあの日から、殿下は私など見てはいなかった。私を見る時はいつもセレーネ様を見ていたのだ。瓜二つな容姿の私と重ねるようにして……。



「ルーナ様はセレーネ様によく似ておられる。殿下がルーナ様をお選びになったのも、忘れられないセレーネ様を想ってのことなのかもしれません。ただ、ルーナ様のためにお伝えしておきたいことがございます」



「お伝えしておきたいこと?」



「はい。殿下がルーナ様との婚約を破棄されたのは、ルーナ様を想ってのことなのです」



 ――私を想ってのことですって? 婚約を破棄することに相手を想うなんて考えはあるのかしら……。



「いったい、それはどういうことなのですか?」



「……そもそも殿下は、ルーナ様と婚約される前から『私はセレーネではない女性と結婚することはできない』と常々口にしておられました。跡継の問題はご理解こそされてはいたようなのですが、それでもあの日以降の縁談が進むことはありませんでした。そんな時、ルーナ様が現れたのです」



 殿下が私を初めて見た時、何を想っていたのかは知っている。宴の席で、お酒の入った殿下がつい口を滑らせたのだ。「まるで君は、かつて愛した女性の生まれ変わりみたいだ」と。



「殿下はいつもルーナ様とセレーネ様を重ね合わせていました。でもそれは、殿下が婚約相手のルーナ様を見てはいなかったということの自明でもあるとご認識され、そして数日前に私にこう告白されました。『私は、ルーナを見てはいなかった。見ることができなかったのだ』と。殿下は自分の弱さ故にルーナ様をこれ以上傷つけまいと、愛のない婚約を破棄される決断に至ったのです」



 ――そんなこと……知らないわよ。全然私のためではないじゃない!



 ……でもいえない。私のこの気持ちは絶対に口には出せない。



 殿下との婚姻は私と殿下だけの問題ではない。これは世継ぎを決めるためのこの国の政策でもある。そこに私の意思が入る余地など、微塵もないのだ。



 ――でも……欲をいえばせめて決断の前に相談はしてほしかった。私はこんなことを望んではいない。そのことを私は、殿下の婚姻相手としてではなく、あなたの妻になる者としての立場で伝えたかった……。



「オージさんってばかなの!?」



 ――ばっ……え!?



「お、お嬢様? きゅ、急にどうしたのかね?」



「自分が引きずってるから別れますっていってるんでしょ? え? ちょっと何それ!? 自分勝手すぎない? まじやばばばなんだけど!?」



 ――やばば……?



「だってお姉ちゃんのこと何にも考えてなくない? 跡継ぎとかそんなことはよくわかんないけど、自分たちの結婚なんでしょ? え? 何? 結婚って一人でするもんだと思ってるわけ!? その癖にお姉ちゃんのために別れる~とかいってんでしょ? ちょ~やばばばなんですけど~!」



「お、お嬢様!? 一旦落ち着きませんか? ……ですからその、お願いですからその台には上がらないで……。ああ! お嬢様! 危ないですからその台からは降りて下さい! お嬢様~!」



「何だろうね~? な~んかお姉ちゃんのこと考えるとそんなやつとは別れて正解な気がしてきたよ。やばいよそいつ。やめときなよお姉ちゃん!」



 古びた木製の献花台にこの子が乗り上がると、台はギシギシと音を立てた。そして勢いよく飛び降りると、献花台のクロスにはこの子の足跡がくっきりとついていた。



「あ~! でもくっつけなきゃだめなんだった! くう~! こうなればもう覚悟を決めるしかない~! ……いい? お姉ちゃん、よく聞いて! 私の世界にもね、ああいういけ好かないばかはたくさんいたんだけどね、女子にも結婚の相手は自由に選べたの。だけど、今のお姉ちゃんみたいに決まった相手と結婚しなきゃいけない場合もあってね、そういう時はもう自分で何とかするしかないの!」



「自分で何とか……するのですか?」



「そうだよ! ああいう独りよがりなばかはね、自分では間違いに気づけないタイプなの! だからもうお姉ちゃんが自分で何とかするしかないの! じゃないと一緒にいても幸せにはなれない! だってそいつはばかだからあ~!」




 ◇◇◇



 






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