勘違いは加速する?
素振り。
それは剣術の基本中の基本であるということは、素人の俺にでもわかっていた。
そこら辺で拾った太めの枝を剣に見立てて振る。
「十、十一! もう無理!」
俺は十回程度の素振りで限界を迎えてしまい、木刀を落としてしまう。
ぜいはあと息を荒げて、膝に手を乗せて体重をかけた。
この身体は軟弱すぎる。いや、不健康すぎるのだ。
普段、まともな食事をしていないのかすぐに疲れるし、筋力もまったくない。
十歳とはいえ、さすがに体力がなさすぎる。
その割に、ロゼをいじめる時には元気いっぱいだったのだが、どんだけロゼのこと好きだったんだよこいつ。
俺は一旦休憩するも、すぐに鍛錬を再開した。
五年もあると考えるか、五年しかないと考えるかは人によって違うだろう。
俺は後者の考えだった。
悠長にしている暇はないのだ。
「一、二! 三……ぐっ!」
筋肉が悲鳴を上げているが無理やり木刀を振った。
と。
「な、何してるの、リッドちゃん」
天使のような声音が聞こえ、俺は思わず手を止めた。
ロゼだ。
おどおどとした様子で俺に近づいてくる。
手にはバスケットを持っており、布で覆われていて中は見えない。
ロゼは俺と目が合うと、なぜかすぐに目をそらした。
昨日の一件が効いているのだろうか。
それはそうだろう。
嫌いだと思っている相手に、守るとか言われても「うわっ、キッモ」と思うのが当たり前だ。
過去のリッドの所業を考えれば当然のこと。
だからこそ俺はめげずに、ロゼに気持ちを伝え続けるしかないのだ。
「素振りだよ。剣の稽古」
「ど、どうして突然?」
「言ったろ。俺はロゼを守るって」
「ふぇっ!? え、あ、あれ本気で……?」
「もちろん本気だ。俺はロゼを守るくらいに強くならないといけない」
五年後、俺たちは殺される運命にある。
だが俺はそれを享受するつもりはない。
必ず、ロゼを助けるとそう誓った。
だが、ロゼに俺の思いは届かないだろう。
過去の俺がロゼにした仕打ちは、彼女の気持ちを裏切る行為だったのだ。
だから俺は真摯に、誠意をもって彼女に接する必要がある。
俺は素振りを止めてロゼの前に立った。
目を真っ直ぐに見つめ、真剣な表情を見せる。
「あ、え? え、と、あ、あの……」
「ロゼ」
「は、ひゃいっ!?」
「俺はロゼをこれから守り続ける」
「ま、まも!?」
「何があってもロゼを守る。俺はそのために強くなるつもりだ」
「え? え!?」
俺はロゼの手をそっと握った。
ロゼはびくんと体を震わせる。
「ロゼ……過去の俺は最低だった。だが俺は生まれ変わる。これから強くなる。どんな相手でも最後まで戦い、ロゼを守ると誓う。だから、どうか俺を信じて欲しい」
「あうう、ううっ、え、ええ、と、そ、そそそ、その」
目をぐるぐると回しながらロゼはしどろもどろになっていた。
白い肌は赤く染まり、身体は小刻みに震えていた。
そうなっても仕方がない。
相手は嫌われ者のリッド。
どれだけ誠意のこもった言葉を発しても、態度を改めても、信じるに値しないはずだ。
だがそれでも俺は伝えなければならない。
「大切なロゼを、俺は守りたいんだ」
「はひゃーーーーっ!?」
ロゼが奇声を発し、頭が湯気が生まれた……気がした。
どうやら気のせいだったらしいが、顔は沸騰しているのかと思うくらいに真っ赤だ。
そんなに嫌なのだろうか。
だが、すまないロゼ。
俺が変わるため、この言葉や行動は必要なんだ。
俺はロゼをじっと見つめる。
ロゼは目を白黒させていたが、俺と目が合うと視線を逸らすことはなくなった。
気のせいか瞳は濡れていた。いやむしろ目尻に涙が溜まっている。
とろんと蕩けたような表情。
間違いない。
ロゼは……俺が嫌いすぎて、もう思考が停止してしまっている。
ここまで嫌われているとは思わなかった。
まさか泣かせてしまうなんて。
ロゼは徐々に目を細めていった。
俺はそんなロゼから手を離した。
「ごめんな、ロゼ。嫌いな相手からこんなこと言われても困るよな」
「……あ、え? え?」
ロゼが狼狽しながら目をパチパチと動かす。
さすがにいきなり距離を詰めすぎた。
彼女にとって俺は好感度がマイナスに振り切った、最低最悪のクズ野郎でキモオタクソモブに外ならない。
これ以上は、ロゼの心証を害するだろう。
「俺、ロゼに認めてもらうために頑張るから。好かれるように努力するから」
「あ、あたし、リッドちゃんのこと……そ、そこまで嫌いじゃなくて……その、あ、あの時は、お、思わず言っちゃっただけで……」
「気を使わなくていいんだ!」
俺は、制止を促すためにロゼに向けてバッと手を伸ばした。
なんて優しい娘なんだ。
だがその優しさは俺たちの関係を再構築するためには障害になる。
心から信頼し合う、そんな関係になるためには、今は正直でいないといけないのだ。
「見ていてくれ。これからの俺を」
「あ、う、うん……み、見てるよ」
ロゼはなぜか怪訝そうにしながら、こくこくと頷いてくれた。
今はこれで十分だ。
ロゼの信頼を得るのはこれからなのだから。
ありがとうロゼ。
俺、頑張るよ。
「……あの、こ、これ」
ロゼは俺にバスケットを渡してきた。
中にはサンドイッチと干し肉や野菜が入っていた。
記憶の中で、ロゼはたまにリッドに差し入れを持ってきてくれていた。
ロゼの家はそれほど裕福ではないが、食事には困っていなかったらしく、ロゼが親に頼んで持ってきてくれていたのだ。
なんていい娘なのか。
それなのに過去のリッドは素直になれず、好きな娘をいじめる体たらく。
馬鹿が! この馬鹿モブが!
過去の過ちを埋めるには、素直に気持ちを伝えることが重要だ。
俺は満面の笑みを浮かべた。
そして言い放った。
「いつもありがとう! 本当に優しいな、君は! 俺はロゼが大好きだ!」
ぼっ、という音がロゼから聞こえた。
うん? なんだ? 何かが発火でもしたか?
ロゼの顔は真っ赤。もはやトマトのごとく赤い。
「あ、あう、ううぅっ! よ、よよ、用事があるからぁぁぁっっ!」
ロゼが叫びながら走り去っていく。
圧倒的な速さ。素晴らしい俊敏性だ。
用事があるのにわざわざ嫌いな俺のところに来て、しかも食料をわけてくれるなんて。
ああ、ロゼ。君は本当にいい奴だ。
俺はロゼが大好きだった。
ゲームのキャラクターとして。
「ロゼっていいキャラだよな。うん」
リッドはロゼのことを異性として好きだったようだが、俺にとってロゼはゲームのキャラであり、幼馴染でしかない。
というかさ、十歳の女の子を恋愛対象と見られるわけがないしな。
ま、ロゼには嫌われているみたいだし、これから仲良くなって、信頼関係を築けばいいさ。
幼馴染、あるいは友達として。
「しかし、ロゼは忙しいんだな。いつも用事があるみたいだし」
俺はロゼの優しさを再確認しながら、素振りを再開した。
日々の積み重ねが大事なのだ。
ゲームも同じ。失敗しても、苦しくても、何度も何度も繰り返すことで成長するのだから。
もちろん反省と復習が必要だけどな。
「まずは素振り一万回を目指すぞ!」
俺は目標に向かい、素振りを続けた。
その日の素振りの最高回数は十五回だった。