村人バーサーカー化事件
まだだ、まだ詰んでない。
例えHPがミリしか残っていなくても、俺はゲームオーバーになるまで諦めない。
そうだ!
崩れ森の魔物に負けて、逃げ帰ればみんなも考えを変えてくれるはずだ。
自分たちでどうしようもないと思えば、冒険者に依頼を出すだろう。
よし、この案で行こう。
そう思っていた時期が、僕にもありました。
具体的には崩れ森に入る前までは。
「うおおお!! 霊気兵を倒したぞぉ! こいつらちょっと強くなってるけど、勝てるぞ!」
とか言いながら咆哮しているロン。
気勢を上げる村人たち。
崩れ森中に叫びが響き渡る。
「ふっ、これくらいなら余裕だな。ロゼ」
「お父さん、格好つける暇あったら、倒してね」
「……はい」
とか親子の会話をしつつ、穢れた霊気兵を次々倒していくロゼとロゼのお父さん。
話す余裕があることが恐ろしい。
霊気兵の攻撃を綺麗にいなし、隙を狙って攻撃している。
「強くなったわたしたちなら、霊気兵くらい余裕ね!」
エミリアさんが額の汗を拭いつつ、笑顔を浮かべた。
相変わらずのヒロイン力である。
哀愁漂わせていた未亡人時代とは違い、快活なお姉さんキャラという感じになっている。
これはこれでいい。
じゃなくて!
なんで、みんな余裕で魔物を倒しちゃってるんだよ!?
この二年で厳しい訓練をやり抜いたせいか、村人たちは予想以上に強くなっていた。
俺としては自衛ができればいいと思っていただけなのだが、訓練をしていく内に訓練の内容が厳しくなり、結果こうなった。
いうなれば主人公の仲間NPCが強すぎて、勝手に敵を倒してしまう状態である。
敵を倒したくない時も勝手に倒すので、指示させろとか思ってしまうあれである。
ちなみにみんなに何を言っても「俺たちなら大丈夫!」とか「わたしたちに任せて、リッドは休んでて!」とか言われて、勝手に魔物を倒してしまうのだ。
おい、このゲームの開発者出てこい。
「……詰んだかもしれない」
俺は思わずそう呟いた。
いや、まだだ!
まだいける!
確かに村人は霊気兵を倒せてしまう。
だがこの崩れ森には頼りになる、初心者キラーのあいつがいる。
そう、崩れ森の主!
しかも穢れた強化バージョン!
いける! いけてくれ!
俺はそう願いつつ、村人たちと共に崩れ森を進むのだった。
●〇●〇
いいぞ! いい感じだ!
俺は手に汗握りながら動向を見守った。
「くっ! ダメだ! 強すぎる!」
村人たちが狼狽えながら、主から距離を取る。
「グオオオオ!」
崩れ森の主が最早、母親の声よりも聞き慣れた咆哮を上げた。
もうあいつを見ても、心が微塵も揺らがない。
だが、村人たちにとっては初めて戦う脅威的存在。
実際、かなり苦戦しており、すでに戦える村人は残り少なくなっていた。
崩れ森の主を倒すのはまず無理だろう。
ちなみに主はきっちり穢れており、なんか黒いモヤを体中から出している。
「グオオオオオオッ!」
勝ちを確信したのか、大サービスのもう一咆哮。
くぅー! 主くん乗ってるねぇ!
村人たちは俺に頼らず自分たちだけで主を倒そうとしているようだった。
特にロゼとエミリアさんは、俺に下がっていてほしいと思っているみたいだ。
恐らく、村で弱気になっていた俺を見ていたからだろう。
なんて優しい子たちだろうか。
それなのに俺は後方で戦いを見ているだけなんて。
もちろん、村人たち、特にロゼやエミリアさんが死なないように注視している。
何かあれば手を出すつもりだが、みんな頑張って致命傷を避けているようだ。
とりあえず全員が戦えなくなったら、適当に主と戦おう。
苦戦した後でみんなを連れて逃げ帰れば、俺の目的は達成できるだろう。
まだ詰まないぞ!
あ、最後の村人が吹き飛ばされて、気絶したな。
残っているのはロゼとロゼのお父さん、そしてエミリアさんか。
「あ、あたし負けない! リッドと一緒に戦うんだから!」
「気をつけろ、二人とも! 奴の攻撃は遅いが、直撃したら死ぬぞ!」
「つ、強い。こんな敵をリッドは一人で倒していたなんて……」
まだやる気らしいが、かなり劣勢であることは間違いない。
まず勝てないだろうな。
さて、全員がやられた後で、良い感じに戦うか。
そう思った瞬間、ロゼのお父さんとエミリアさんが主の棍棒で吹き飛ばされた。
当たる瞬間、後方へ飛び退いたのでダメージは軽減されていることを俺は見ていた。
二人は地面を転がり衝撃を逃がすも、立ち上がることは難しそうだった。
「ぐっ……こ、ここ……までか」
「み、みんな……逃げて……」
俺は二人に駆け寄り状態を確認する。
大丈夫。致命傷はない。
カオスソードには様々なアイテムが存在する。
当然、回復アイテムもあるのだが、かなり希少だ。
主人公のカーマインだけはほぼ永続的に使える回復アイテムを手に入れるが、ただのモブの俺がそんなものを持っている訳もなく。
残っているのはロゼだけ。
さすがに一人にしておくわけにはいかない。
そう思った瞬間。
「あ」
誰かが漏らした声。
視界の先にあったのは、主が棍棒を振りかぶっているところだった。
瞬間的に理解する。
あれが当たればロゼは死ぬ。
ロゼは動く気配がない。
彼女の背中は震えていた。
「あ、あ……あ……」
声が僅かに聞こえる中、俺は咄嗟に地を駆ける。
ロゼが恐怖から腰を抜かした。
地面に座り込むロゼに、主が棍棒を振り下ろす。
全力疾走しても間に合わない。
だったら。
俺は一際大きく地面を蹴って、前方に跳躍。
空中で腰の刀を掴み、ぐっと姿勢を低くする。
宙の居合だ。
集中力を高め、刀にすべてを込める。
もうすぐ棍棒がロゼに当たる。
うるさいくらいの風音が俺まで届く。
瞬間。
俺は数瞬にも満たない間隔で、刀を抜き放った。
同時に生まれるは灰の刃。
視界を覆うほどの灰色の三日月が生まれた。
灰化の斬撃。
それはロゼを守るように放たれた。
主の棍棒は真っ二つに割れ、それだけでは止まらず、斬撃は主の身体を寸断してしまう。
上半身だけ吹き飛び、下半身だけが残された。
ブシャアと血しぶきが雨のように降り注ぐ中、俺はロゼを守るように向き合った。
俺の背中は血で汚れたが、ロゼは綺麗なままだった。
ロゼは無傷だ。
よかった。助けることができた。
だけど、やっちまったあああああ!!
主を普通に殺してしまった!
なんであいつあんなに弱いんだよ!
そりゃそうか! だって俺は毎日のように主を殺してたんだもんな!
さすがにレベル差が出るよな! この世界にレベルないけど!
自分で思っていた以上に灰化の威力が向上していたらしい。
詰んだ。これマジで詰んだかもしれん。
俺は胸中で嘆息した。
カーマインをシース村に連れてくることはもうできない。
どうしたらいいのかわからなかった。
でもしょうがない。
だってロゼが傷つくことなんて、絶対に許容できないんだから。
俺は無事だったロゼを見下ろした。
俺の大事な人が無事だったんだ。
それでよしとしよう。
それとやっぱりみんなを犠牲にして、目的を達成しちゃいけない。
その天罰が下ったということだろう。
善意を利用するようなことはもうしないでおこう。
そう思いつつ、俺はロゼに手を伸ばした。
「大丈夫か?」
しかしロゼは俺の手に気づかないかのように、俺の顔を凝視していた。
もしかして顔に血がついているのだろうか。
それにしては目がとろんとしているというか、潤んでいるというか。
ロゼに何が起きたのかわからず、俺は首を傾げた。
「ロゼ?」
そう言った瞬間、ロゼが抱き着いてきた。
ロゼが自分から抱きしめてくるなんて初めてのことで、俺は動揺した。
激しく心臓が脈動する中、俺の頭は真っ白になる。
女性独特の柔らかな感触が伝わってくる。
いい匂いが鼻腔をくすぐり、心地いい体温が脳を焦がす。
ロゼは幼馴染だ。
だが女性でもあると、なぜか強烈に意識した。
ロゼはいつも恥ずかしがったり、もじもじしたりして、自分の考えをはっきり口にしない。
そんな彼女とは思えないほど、強く抱きしめてきた。
その行動が、ロゼの感情を表しているようで、俺はなぜか激しく狼狽してしまう。
「ロ、ロゼ? どうした?」
俺の声に、ロゼはゆっくりと身体を離した。
ロゼは濡れた瞳を俺に向け。
そして。
「好き」
そう言った。
そう言われた。
俺はその瞬間、電撃が走ったような衝撃に見舞われた。
好き? 今、俺のことを好きと言ったのか?
俺はその事実に気づき、そして。
心の中で拳を大きく降り上げた。
ロゼが俺を好きだと?
明確に好意を表しただと?
まさか、そんなことが……?
うおおおおおおおおおおおおおお!
やったあああああああああああああ!
今にもロゼを抱きしめそうになる自分を何とか抑えた。
ふー、危ない危ない。
せっかくロゼが俺を好きになってくれたというのに、台無しにするところだった。
苦節五年。
ここまで来るのに長かった。
好感度がマイナスの状態から頑張ってロゼの心証を良くし、一緒の日々を過ごし、そしてようやくここまで来たのだ。
そうだ!
好感度が一定まで到達したのだ。
つまり【親友】になれたのだ。
ゲームで言えば第二段階突破という状況だろう。
ほら、最初は敵視していたり、態度が悪かったりするキャラが「ふっ、おまえならば背中を任せられる」とかデレることあるだろ?
あれだよあれ。
元々、俺を心から嫌っていたロゼだが、俺の改心っぷりを見て、態度を軟化させてくれてはいた。
だがそれはロゼが優しかったからだ。
そこまで反省するならこっちも優しくしてあげようという善意だったのだ。
だが俺を正式に友達と思い始めたのは、ロゼのご両親に挨拶しに行った時だろう。
それ以降、明確な好感度上昇イベントはなかった。
つまり友人関係を維持していたというわけだ。
だがここに来て、ロゼを助けることで好感度は一気に上昇した。
つまり【友人】から【親友】になれたということだ。
いやあ、不幸中の幸いだ。
とにかく返事をしないと。
俺はロゼの顔を真っ直ぐ見ながら、彼女の肩を優しく掴んだ。
「俺もロゼのことが好きだよ」
ロゼは顔をくしゃっと歪ませ、涙を流した。
頬を朱色に染めると、両手で頬を抑える。
そして。
「えへへ、う、嬉しいな。とっても嬉しいよぉ」
満面の笑みを浮かべた。
愛らしい表情だった。
一生守りたい、そう思える笑顔だった。
もちろん以前からそう思っていた。
俺は必ずロゼを守る。そのために強くなったのだから。
それは理由の一つであり、他にも強くなりたいと思った理由はあるんだけど。
とにかくロゼの思いには答えた。
俺はロゼの笑顔に応えるように、満面の笑みを浮かべ。
そして言ったのだ。
「親友として。これからもずっと一緒にいてくれ」
「うん! …………うん? し、親友?」
「ああ。そうだ。親友だ。大事な親友として、ずっと傍にいるからな!」
俺は笑顔で大きく頷いた。
対してロゼはこてんと首を傾げ、そして目をパチパチとしていた。
やがて瞬きの数が多くなり、なぜか汗を掻き始めた。
動揺するかのように目を白黒し始めたが、どうしたのだろうか。
「あ、ああ、あのリッド? あ、あたしたちって、こ、ここ、婚約してるよね?」
「婚約? 一体何のことだ?」
俺は首を傾げた。
ロゼの顔色がどんどん変わっていく。
「だ、だって前に挨拶しに家に来て……」
「ああ、友達になるための挨拶な。あれは緊張したなぁ」
うんうんと俺は頷いた。
ロゼが涙目になっていく。
「じゃ、じゃあ、あたしを守るって言葉は」
「大事な友達だからな! それに、ロゼは俺を見捨てずに傍にいてくれたんだ。その優しさに報いたいじゃないか。危険なことがあれば助けるのは当然だろう?」
ニッと笑う俺。
そして泣き出すロゼ。
一体、どうしたんだ?
「じゃ、じゃあ全部、あたしの勘違い!?」
「なんのことかわからないけど、俺はロゼのことが好きだぞ」
「じょ、女性として?」
「友人としてだけど」
ガーンと音が聞こえそうなほどに、ロゼはあんぐりと口を開け、白目をむいた。
そのまま地面座り込むと、口から何かを吐き出した。
なんだあれ、魂みたいな形をしてるな。
俺はどうしてロゼがそんな状態になっているかまったくわからなかった。
好感度が一気に上がったはずなのに、なぜかこの瞬間、好感度が下がった気がした。
「くすくす、やっぱりロゼの勘違いだったんだぁ」
いつの間にかすぐ後ろにいたエミリアさんが嬉しそうに笑っていた。
それは勝ち誇るような顔だった。
マジでなんのことだ?
「き、きき、貴様! よ、よくも娘を泣かしたな! あの挨拶はなんだったんだ!」
顔を真っ赤にして、青筋を立てているロゼのお父さん。
もうみんなの感情がまったくわからない。
何か行き違いがあるようだ。
ここは真摯に、真面目に、冷静に説明するべきだろう。
「え? 村の人は俺を嫌っていたでしょうし、ロゼが俺と関わるとご家族も不安でしょうから、友達として付き合わせて欲しいと、正式にご挨拶に行ったんですが。もしかして、伝わってなかったですか?」
「……ま、また真っすぐな目! その目! むかつくんだよおおお! その顔で騙しやがったんだなあああああーーっ!! ママに言いつけてやるからなぁーーーっ!」
ロゼのお父さんは俺を指さしながら叫んだ。
よくわからない。
よくわからないが、どうやら俺は勘違いをしていたらしい。
何かはわからないが、少なくともロゼは俺を親友だと思っているわけではないようだ。
だが好きと言った。
つまり、それは……。
どういうこと?
まったくわからん。
考えてもわからないので、もう考えることをやめた。
他の面々はというと、ロゼは「嘘嘘、こんなの全部嘘だよ……」とか呟いてるし、エミリアさんは「わたしにも全然チャンスあるわね」とか言ってほくそ笑んでるし、ロゼのお父さんは「許さない許さない」とかメンヘラムーブをかましているし、他の村人たちは主を倒して喜んでるし。
主を倒してしまったから冒険者への依頼はなく、カーマインは来ないから、災厄対策ができないし。
まさしくカオスだ。
そうかここがカオスソードの世界なのか。
って、なんだよこれ。
俺はすべてにツッコみ、そして諦観のままに空を見上げた。
そして胸中で呟いた。
キャライベントもメインクエストも。
全部詰んだな、と。