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アフターオリヴィア

 俺の一週間のスケジュールを簡単に説明しよう。

 まず、三日間は酒場での仕事があるため、夜以外は自由時間がない。

 残りの四日の大半はオリヴィアさんとの修行に費やしている。

 空いた時間はロゼやエミリアさんと共に過ごすようにしているが、あまり一緒にいられないため、彼女たちは不満そうだ。

 最近見た二人の顔は、いつもふくれっ面なような気がする。

 ふむ、もう少し時間を取りたいんだけど、修行が最優先だしな。

 ロゼのご両親に、ロゼのことを蔑ろにするのかとちょっとお叱りを受けたこともある。

 友達は大切にしないとな。連絡を面倒くさがって疎遠になるなんてよく聞く話だ。

 ちなみに夜も鍛錬をしているので暇な時間はない。

 まあ、夜に女の子と会うのはさすがに憚られるしな。

 ロゼとエミリアさんはむしろ会いたいと言ってくるんだけど。

 いくら仲のいい友達とはいえ夜に二人きりで会うのは抵抗がある。

 断るとまた頬を膨らませてくるのだが。


 それはそれとして。

 俺とオリヴィアさんはいつも通り、猪鹿亭の前まで戻ってきていた。

 俺たちは修行終わり、必ず猪鹿亭で食事をしている。

 オリヴィアさんがなんやかんや言いながら、必ず猪鹿亭に行こうとするのだ。

 俺も猪鹿亭が好きだから別にいいんだけどな。

 ドアを開けるオリヴィアさんに続き、中へと入った。


「いら――あら、また来たのね」


 張り付いた笑顔が出迎えしてくれた。

 なんか怖いよ、エミリアさん。

 オリヴィアさんはエミリアさんの反応を気にせず、いつものテーブル席へと移動した。

 俺もテーブルにつき、一息つく。

 目の前に水の入ったコップが置かれると同時に、オリヴィアさんが言い放つ。


「いつもの」

「はいはい」


 オリヴィアさんの言葉に、エミリアさんがわかっているわよ、とばかりに手をひらひらと振った。

 数十秒後、オリヴィアさんの前にはエールが置かれた。

 何も言わず一気にエールを呷り、ごくごくと喉を鳴らす。

 妙に扇情的な仕草だが、何度も見ているので慣れたものだ。

 胸の内を何者かが叩き続けているが、気のせいだろう。


「ふー」


 一気に飲み干すと、すぐにエミリアさんが次のエールを持ってきてくれた。

 これもお馴染みの光景だ。

 いくつかの料理が運ばれ、舌鼓を打つ中、オリヴィアさんがぼそりと呟いた。


「リッドの成長は目を見張るものがあります」

「え? そ、そうですか?」

「十二にして素晴らしい素質をお持ちですね。このまま行けば私を超えるかもしれません」


 なぜか嬉しそうに笑うオリヴィアさん。

 俺はその純真無垢な表情を前に、うろたえた。

 誤魔化すように水を飲むも、いつもより過剰に喉が音を鳴らした。

 オリヴィアさんはそれ以上何も言わず、食事と酒に勤しんでいた。

 彼女の横顔はどこか楽しそうで、いつものクールな印象はまったくなかった。

 最初に比べてここまで心を許してくれていることに、俺は嬉しさを禁じ得なかった。

 というか目の前の無邪気なお姉さんを見て、なんだが妙に心がふわふわしてしまっていた。

 出会って数か月。

 それだけで彼女の魅力を十分知れた気がした。

 著しい親しみを感じたせいか、俺は無意識の内に口が動いた。


「可愛いな」


 ピタッとオリヴィアさんが動きを止めた。

 そしてなぜか酒場内を満たしていた喧騒も止まった。

 忙しなく動いていたエミリアさんも、洗い場で手を動かしていたバイトマスターも、近くで飲んでいた常連たちも、その場にいる全員が一切の動きを止めたのだ。

 え? ナニコレ?

 俺はあまりの事態に、思わず周りを見回す。

 全員が俺たちを見ている。もうこれは凝視だ。

 聞き耳を立てるとかそういうレベルじゃない。

 何が起きているのかわからず、俺はただただ狼狽した。

 そんな中、オリヴィアさんがテーブルにゆっくりとエールの入ったジョッキを置いた。

 そして俺に顔を向け言ったのだ。


「今なんと?」


 この状況で聞き返すとは、彼女は鉄の心臓を持っているのか。

 状況はよくわからない。

 だがどうやら俺の言葉に端を発したことは明白だ。

 それなのにもう一度言えと?

 可愛いと言えって?

 いや、俺だって恥を知っている。

 さすがに素直にほめ過ぎたなとは思っている。

 だがしかし、それでもこの状況は異常だ。

 なんなんだよこれ。

 わからないけど、オリヴィアさんが焦点の合わない目で、俺の方を必死で見ていることはわかる。

 ちょっと瞳が濡れている気がするのは気のせいだろうか。

 いつもの冷静で大人で、他人と距離をとっている彼女ではない。

 まるでそこにいるのは……。

 俺はオリヴィアさんに気圧され、口を開いた。


「……可愛いって言いました」


 素直すぎるだろ俺!

 しかし他になんと言えばいいのだ。

 ここで誤魔化しても何も誤魔化せないし、むしろ絶対にやっちゃダメな気がする。

 もう覚悟を決めて言うしかないじゃないか。

 オリヴィアさんは俺の言葉を聞き。


「そうですか」


 と小さく呟き、そして再び正面を向いた。

 ちびちびとエールを飲み、食事を再開する。

 それを皮切りに再び酒場内に喧騒が戻ってくる。

 なんだったんだ、今のは。

 心臓に悪い。なんか知らないけど俺は命綱なしで高所を綱渡りしたような錯覚に襲われた。

 俺はなんとか正しい選択をしたのだろうか。

 とにかく五体満足のままなのだ。

 クリアできたということだろうか?

 安堵のため息を漏らす俺だったが、後方から圧力を感じで振り向いた。


 ギリギリギリ。

 歯ぎしりするエミリアさんがそこにいた。

 俺を滅茶苦茶睨んでいる。

 そしてそのすぐ後ろの窓からまた別の人物が見えた。

 こっちを睥睨するロゼ。

 窓に張り付いて、もごもごなにか言っている。

 俺は首をギギッと動かし、正面に向き直った。

 二人を見なかったことにしたのだ。

 なんかよくわからん。

 だが、なんかダメな方向に言っている気がした。

 俺はちらっとオリヴィアさんの方を見た。

 彼女の耳は、桜の如くピンク色になっていた。


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