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楽しい時間はあっという間

 眼前に迫る剣を前にしながらも、俺は項垂れた。

 もう力が入らない。

 何もできない。

 何も。


「死なないで、リッドッッ!!」


 エミリアさんの俺を呼ぶ声。

 俺は半ば無意識の内に顔を上げた。

 目の前に見える刀身。

 それに合わせるように、剣をかざす。

 力は入らない。

 だが妙に情景が明瞭に見えた。

 霊気兵が振り下ろす剣は異常に遅かった。

 違う。

 ここじゃない。

 俺は刀身を凝視した。

 まだだ。

 霊気兵の肩がグイッと下がる。

 力を込める直前の動き。

 それは俺の待っていた動きでもあった。

 このタイミングだ!

 俺は剣を前に出しながら一歩踏み出し。

 そして。

 思いっきり振り上げた。

 ガキィンと小気味いい音を張り上げ、霊気兵の剣は弾かれる。

 霊気兵は大きくバランスを崩し、のけ反っていた。


 【パリィ】。

 『カオスソード』の代名詞とも言える技。


 敵の攻撃に合わせ、剣や盾を振るい相手の攻撃を弾く高等技術だ。

 さあ、幕引きだ。

 霊気兵の身体はがら空き。

 俺はさらに一歩踏み出し、剣を突いた。

 会心の一撃を放ったのだ。

 俺の剣は霊気兵の腹に深く突き刺さった。

 痙攣し始めた霊気兵は、数秒の後に動かなくなる。

 体力を削り切った。

 つまり倒したのだ。


「やっ……た……」


 肉体は限界を迎え、俺は剣を手放しながら後ろに倒れた。

 死んだ霊気兵も同時に後方へ倒れる。

 もう体力の限界だった。

 血を流し過ぎたのもあるが、知らず知らずの内にスタミナを使い果たしたらしい。

 『カオスソード』では何もしなければスタミナがすぐに回復したが、やはりこの世界のスタミナは現実準拠らしい。

 体力を回復させるためには長い休養が必要だろう。

 俺は月を見上げつつ、空へ手を伸ばした。

 勝った。俺の実力で魔物を倒した。

 相手は雑魚敵だ。

 それでもモブの俺が倒せたのだ。

 大きな一歩だ。

 鍛えれば強くなり、魔物を倒すこともできる。

 それがわかっただけで大きな収穫と言えるだろう。

 ああ、満足だ。

 楽しい時間だった。


「リ、リッド……だ、大丈夫なの?」


 エミリアさんは座ったまま、青白い顔で俺を見ていた。

 心配そうにしている。

 初めて見る顔だ。

 まさかエミリアさんが、あんな顔を俺に見せてくれるなんて。

 少し嬉しくもあり、かなり不安だった。

 現状を考えればそう思ってもしょうがないだろう。


「……なんとか」


 本当に何とかギリギリで大丈夫という状態だった。

 身体はほとんど動かないし、至るところが痛い。

 満足感はあるが、身体は満身創痍だ。

 だが安心はできない。

 たった一体の魔物を倒しただけなのだ。

 新手が現れたら倒すのはまず無理だろう。

 俺は気力を振り絞り、何とか立ち上がった。

 剣と松明を手にする。かなり重く感じてしまい、捨てたい衝動に駆られてしまった。


「ま、まだ安全じゃないですから……村に戻らないと……立てますか?」

「……が、頑張るわ」


 重い身体を引きずって何とかエミリアさんのもとへ移動した。

 エミリアさんは木に体重を預けながら、何とか立ち上がったが、ふらふらとしていて歩けそうにない。

 足以外にもそこかしこに切り傷がある。

 逃げる時に枝葉で切ったのだろう。

 衣服は切り裂かれ、肢体が露になっている。

 かなり扇情的だった。

 もしも平常時だったら目のやり場に困っていただろうし、エミリアさんも気恥ずかしさから怒ったりしたかもしれない。

 だが俺にもエミリアさんにもそんな余裕はない。

 俺が肩を貸そうとすると、エミリアさんは微塵も抵抗せずに身を委ねてきた。

 無言で来た道を帰る。

 魔物がいるかもしれないため、会話はなかった。

 ただエミリアさんが何か戸惑っている雰囲気はあった。

 何か聞きたい、だけど聞けない、そんな感じだ。

 俺も謝罪したいし、傷の具合を聞きたい。

 だが今は会話は厳禁。魔物と遭遇したら終わりだ。

 しばらく歩き、ようやく道に出た。

 と、何か音が聞こえた。

 魔物か?

 俺とエミリアさんはじっと身を潜め、音を殺して耳を澄ました。

 それは足音だった。

 音は徐々に近づいてくる。

 そしてその正体がわかった。


「お、おい! いたぞ!」


 バイトマスターや村人たちだった。

 剣や農具を持っており、完全装備だった。

 大量の松明が辺りを照らしてくれている。

 みんな来てくれたのだ。

 ああ、よかった。

 本当によかった。


「これで、エミリアさん……は、助かる……ね……」


 安堵したせいで、気が抜け、俺は脱力した。

 必死で繋ぎとめていた意識が、ぶっつりと途切れる。


「リッドッッ!!」


 エミリアさんの声を最後に、俺は意識を手放した。

 俺のチュートリアルはこれでクリアだ。

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