女子力(物理)のクッキー1
隣の部屋の窓から火が吹いていた。比喩ではなく、目の前で実際に火が噴いていた。
一日の冒険者活動を終え、疲れた体で自宅のある集合住宅の前を差し掛かったところで勢いよく火が噴き出してきたのだ。ハンスはそれを気の抜けた顔で下から眺めていた。
ちょっと、帰りたくないかも。
憂鬱な気持ちでハンスは階段を上ると、隣の部屋から黒い煙が出て来ているのが見えた。
またやってるな、と思いつつも、ハンスは隣の様子など見なかった事にして静かに自室のドアに手を掛けた。
「ハンスさん」
ビクッ!
突然掛けられた声にハンスは激しく肩を揺らした。決して後ろめたさから揺らしたわけで訳ではない。
声の方を見ると、玄関ドアを少し開け、隙間から覗くようにフラウがしょぼくれた顔を出していた。
「や、やあ。どうしたんだ?」
大体の察しは付いているものの、最後の悪足掻きとばかりにハンスは「何も知りません」といった顔で苦笑いを返した。
「あの、教えて欲しい料理がありまして・・・・・・」
「ですよね!」と心の中で思いながら、ハンスは一つ頷く。
「荷物を置いたら、そっちにお邪魔してもいいかな?」
◇
初めて異性の部屋に入ってしまった。
ハンスはこれまでの人生で初めて訪れた機会に、ドギマギとしながらフラウの部屋のドアを叩いた。その時までは、胸を躍らせていた。
しかし、よくよく考えてみよう。
フラウの部屋はつい先ほど、窓から火が噴いていたのだ。
なんか、思ってたのと違う。
部屋は火に炙られて焼け焦げ、焦げ臭い。オーブン前の異様に綺麗な色の床は、火に対する防御力も高そうなフラウが立っていた所なのだろう。
何とも殺伐とした部屋だった。
「すみません。散らかってて」
「あ、いや。気にしないで」
散らかっているとかいうレベルでは無いから。
何とも言えない気持ちを抱えながら、ハンスは気を取り直して事件現場へと視線を向けた。
「それで、何を作ろうとしたの?」
「お菓子です」
「お菓子?」
「はい!」
フラウは以前、「結婚するには男の胃袋を掴む」とアドバイスをくれた友人に料理の勉強をしていると報告したそうだ。
すると、その友人は、「美味しいご飯を作るもの大事だけど、女子力を見せつけられれば尚よし」と言ってお菓子も作れるようになれと、フラウに助言した。
「それで、簡単に作れるから、とクッキーの作り方を書いて渡してくれたんです」
そう言ってフラウは友人から貰ったというレシピをハンスに見せた。
ナッツ入りクッキーに茶葉のクッキー、それに干しブドウのクッキーと内容はいたって普通のクッキーのようだ。しかもとても簡単で、材料を入れて混ぜて焼くだけ。
なのに、何故あんなことが起こったのかハンスには不思議でたまらなかった。
「とりあえず、作ったやつを見てみようかな」
失敗は成功の母とも言う。ハンスは失敗作から問題を見つけ出し、改善することから始めた。
「あ、作ったものはオーブンの中に入れたままなんです。今、出しますね」
そう言ってオーブンを開けようとしたフラウをハンスは「あ、ちょっと待って」と止めた。そして、床や壁の焦げ目を観察しながらオーブンの位置と部屋の構造を見比べた。
「あの、何してるんですか?」
「安全な場所を探してるんだよ。ほら、火、噴くでしょ?そのオーブン」
「火は消したので噴きませんよ!」
ハンスのあまりの言い草にフラウは可愛らしく相変わらず無傷の頬を膨らませた。
フラウの抗議は無視し、いい位置を見つけたのか、ハンスは火の射線上から外れたところに仕事帰りで着たままだったローブのフードを被り、フラウの部屋の物の陰に隠れた。
「いいぞー」
「もう!」
怒りながらもフラウはハンスの指示通りにオーブンを開けた。
ギョアアアァァァァァァーーーーーーーーーーーー!!!
「!」
「!」
そして、無言で閉じた。




