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怪鳥のスクランブルエッグ(カルシウム入り)4

 「それじゃあ早速、卵を割ってみようか」

 「はい!」


 真剣な顔でフラウはロックバードの卵を両手で持ち、台へと軽く打ち付けた。

 コンコンッ。

 軽い音にハンスは思わずガッツポーズを心の中でした。


 「や、やりました!卵が飛散しませんでした!」


 何て大きな進歩。第一段階を突破して明るい声を上げたフラウに、ハンスは笑みを返して頷いた。


 「よし、次は罅が入ってるか確認して」

 「わ!昨日のハンスさんみたいな罅がちゃんと入ってます!」

 「いい感じだ。それをボールの上で両側にそーっと引くように開いて」

 「わわ!できました!できましたよ!綺麗に卵が割れました!」


 「ロックバードの卵に罅入れるとかどんな剛力だよ」とか「そんな力で叩かれた台、良く壊れないな」とか突っ込みたいことはあったが、何はともあれ無事に卵割が成功したことに嬉しそうに頬を紅潮させてさせて笑うフラウに、ハンスは釣られるように喜びを噛み締めて笑った。


 「あ、でも殻が少し入っちゃいました」


 ボールの中にいくつか殻を見つけたフラウは少し残念な様子で声を落としたが、ハンスは「大丈夫だ」と声を掛けると、その殻をサッと取り除いた。


 「殻が入ってしまっても、こうやって取り除けば良いんだ」

 「あ、確かにそうですね」


 フラウはメモを取り出し、フムフムと頷きながらハンスの説明を聞いていた。

 

 「次に、この泡だて器で、こうやって卵をかき混ぜる。はい、やってみて」

 「あ、はい!」


 ハンスは卵の入ったボールを片手に持ち、数回泡だて器で卵をかき混ぜて実演してみせると、それをそのままフラウへと手渡した。

 気合いに満ちたフラウはメモをエプロンのポケットに入れると、ハンスからボールと泡だて器を受け取りハンスを真似て卵をかき混ぜた。気合いに満ちたまま。


 ビシャシャシャシャシャッ!


 「あ」

 「あ」


 フラウにより、卵液は飛び散ってキッチンを汚し、二人の顔も汚した。

 二人は静かに顔を拭うと、ボールの中を確認した。

 案の定と言うべきか、卵はそこには雀の涙も残っていなかった。

 さすがにハンスはこの状況を予想していなかった。いや、卵で散々剛力を見た後だったのだから予想すべきだったのか。

 もう一度、ロックバードの卵を採ってきてもらうべきだろうか?

 と、いい打開策が思いつかないハンスが頭を悩ませていると、気まずそうに笑ったフラウがどこからともなくロックバードの卵を取り出した。


 「こ、こんなこともあろうかと、あと五個ほどロックバードの卵を持って来ました」

 「あ、亜空間鞄(マジックバック)か」

 「はい」


 彼女はかなりの上位等級冒険者だ。高価と言われている魔道具の亜空間鞄を持っていても不思議ではない。


 そういえば、倒されたドラゴンも亜空間鞄に入れて丸ごと冒険者協会に持ち込まれたと聞いたな。


 などと思い出しながら、ハンスはボールを始めの位置に戻した。


 「じゃあ、もう一度始めから」










 再び卵を割り入れ、フラウが泡だて器を構えたところでハンスは待ったをかけた。


 「どうしました?」


 首を傾げて問いかけるフラウの後ろにハンスは回ると、彼女が持つ泡だて器の上の方を持った。


 「!」

 「ボールを落とさないように持てろよ。一緒に泡だて器で始めは回すから、その感覚を覚えて」


 始めからこうしておけばよかったな。


 子供にナイフとフォークの持ち方を教える時、文字の書き方を教える時、大人は時に一緒に持って教えていた。そうすることでナイフの力加減を覚えたり、ペンの正しい動かし方を覚えさせるのだ。

 それに倣い、ハンスもフラウに同じことをしてみた。

 もう一度卵を被るのはごめんだ、とハンスは失敗させないために必死だった。


 「力加減はこれくらいでいいんだ。腕全体じゃなくて手首を軽く回すように動かして混ぜる。そんなに力はいらないだろ?」

 「は、はい」

 「あと、ボールは少し斜めにすると混ぜやすい」

 「はははい」

 「どう?感覚分かった?」

 「わわわわ分かりました!!」


 フラウの元気のよい返事にハンスは一つ頷くと、再びフラウの正面へ回った。


 「じゃあ、一人でやってみて」

 「はいいい!」


 ビシャシャシャシャシャッ!


 「……」

 「……」


 飛び散った卵液を無言で拭うと、少し頬を染めたフラウはぼそりと呟いた。


 「……今回ばかりは私だけのせいじゃないと思います」









 「それでは、最後の工程。卵を焼きます」


 再々やり直し、やっとのことで漕ぎつけた焼く工程。すでにハンスとフラウは少し疲れていたが、二人の瞳に闘志は消えていなかった。


 「魔道コンロの使い方は分かる?」

 「はい。お湯を沸かす時は使いますので」

 「よかった。じゃあ、ここは省くな」


 ゴールへ向けて、不必要な不安要素は積極的に省く方針にハンスは切り替えた。


 「フライパンを火にかけて温めたら、バターを入れてフライパンに満遍なくいきわたるようにする。こんな風に」


 そう言ってハンスはフライパンを持ち、バターを滑らせてフライパンに塗った。


 「おお」

 「やってみる?」

 「はい」

 「熱いから気を付けて」


 いや、爆発で無傷の彼女にかける言葉ではなかった。


 フラウはハンスを今度こそ真似て、バターをフライパンの上で滑らせていった。


 「お、上手上手」

 「えへへ」

 「そうしたら次は、ここに卵液を全部……は無理なので、三分の一くらい入れようか。できるかな?」

 「やってみます」

 「そっと、ゆっくりでいいよ」


 フラウはボールを持つと、ゆっくりと慎重に、ハンスの思い描いた範囲内で卵液をフライパンへと流しいれた。さすがのフィジカルだ。大きなボールを片手に持っていても揺れることもなく、落とす心配もないほど安定していた。


 「うん。いい感じ。縁の方が少し沸々してきたら、このヘラで卵が固まらないようにかき混ぜて」


 そこまで言って、ハンスはハッと気づいた。また混ぜる作業だ、と。


 「また一緒にやろうか」


 そう言われたフラウは肩をビクッとさせると全力で首を左右に何度も振った。


 「だだだだだいじょうぶです!泡だて器と同じようにすればいいんですよね!」

 「うん、まあ、そうだけどホントに大丈夫?」


 フラウほどの丈夫さが無いハンスは、今までの卵達の様に火にかけた卵を飛び散らされると、普通に火傷をする。

 ここは慎重に慎重を重ね、一応は上手くいった方法を再度実践しようとしたが、全力でフラウに断られてしまった。


 「大丈夫です!」


 実に力強いフラウの返事ではあるが、まだ不安が残ったため、ハンスはコンロから離れると、浴室のドアを開けてそこに身を隠した。


 「そろそろ沸々してきたでしょ?卵をかき混ぜて」

 「……」


 ドアの陰から指示を飛ばすハンスの様子に、さすがに思うところがあるのか、フラウは何とも言えない顔して黙って卵をかき混ぜた。


 「そうそう。上手上手」

 「……」


 褒められているのになんだか素直に喜べないフラウは、ひたすら無言で卵を混ぜた。

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