怪鳥のスクランブルエッグ(カルシウム入り)3
翌日の夕刻。
今日も一仕事終えたハンスが集合住宅へ帰ると、部屋の前にフラウが佇んでいた。
彼女の仕事について聞いてはいなかったが(何しろ卵を割ることに必死でそんな余裕すらなかった)、軽鎧に剣を携えた姿を見るに、彼女も冒険者だったのだろう。
そして何より目につくのは彼女の抱える卵。握るのではなく、両手に抱えるサイズの卵。
「あ、ハンスさん!お疲れ様です」
「あ、うん。お疲れ様です」
帰宅したハンスの姿を見つけたフラウは満面の笑みを浮かべハンスを迎えた。卵に気を取られつつも、ハンスは何とか挨拶を返した。
フラウはそんなハンスの様子など気に留めた様子もなく会話を続けた。
「私なりに一晩考えたんです。どうやったら卵を上手に割れるのか」
フラウのこの言葉にハンスは彼女の顔へ視線を向けた。
項垂れていた昨日とは違い、今日は自信に輝いた瞳でハンスに向き合っていた。しかし、対してハンスは微妙な不安を覚えて卵とフラウの顔を交互に見ていた。
「普通の卵じゃ私の力が勝ちすぎるなら、私の力に合った卵に変えればいいんじゃないかって」
言いたいことはある。だが、ハンスはそれを明確な言葉にすることができず、取り合ず、彼女の言葉を受け止めることにした。
「……それで?」
先を促すハンスの言葉にフラウはニッコリ笑うと、抱えていた卵をハンスによく見えるように突き出した。
「普通の鳥の卵でダメなら、ロックバードの卵にすればいいんだって」
言いたいことはある。だが、驚愕が勝りすぎてハンスは言葉を発することができなかった。
ロックバード。 それは巨大な鳥の魔物であり、上位等級の冒険者パーティーが何とか倒すことのできる魔物。
その卵の殻は非常に硬く、ロックバードより下位の魔物では殻を割ることができない代物で、勿論、人間が割るには特殊な道具が必要とされている。
「ろ、ロックバード・・・・・・」
た、確かに、ロックバードの卵なら簡単に割れないと思うが。
「はい!程よい硬さだと思もって採ってきました。味も美味しいと聞きますし、最適解ではないでしょうか!」
ロックバードの卵は高級品としても有名だった。味もそうなのだが、何より採取が難しいのだ。
卵を手に入れるためには、常に卵を温めている親ロックバードを倒すか、親が餌を獲りに行っている間に盗み出すかだ。倒すのは難しく、盗み出すのも断崖絶壁にある巣から抱えるような卵を持ち運ぶので中々困難だ。
卵を見て、フラウを見て、ハンスはある可能性気が付いた。
もしかして、彼女、『豪剣の戦乙女』なんじゃないか?
『豪剣の戦乙女』は有名な、ソロの女性上位等級冒険者だった。
彼女の剣は海を割るほど力強く、どんな難敵でも捻じ伏せるその強さは、さながら魔王を打ち滅ぼした勇者にも負けるとも劣らないと言われていた。
そして、そんな彼女がハンスのいる街に滞在し、森を立ち入り禁止しにしていた件のドラゴンを倒した人物であるのは、周知の事実。
あの大爆発で無傷だった時点で気付くべきだった。
噂を聞く限り力も強そうだし、そりゃあ、軟弱な普通の鳥の卵じゃ、飛散するのは可笑しくな……やっぱり可笑しくはある。
ハンスはフラウの正体に驚きを隠せず動揺した。そして、完璧に思えていた存在の意外な一面にも、正直、動揺した。
しかし、当のフラウはそんな彼の様子など気にも留めず、ロックバードの卵を片手にグッと可愛らしく握り拳を作った。
「今日こそは成功させて見せます!さあ、スクランブルエッグを作りましょう!」
やる気に満ちた彼女の声に、ハンスはハッとした。
いろいろ言いたいことはあるが、彼女は今、料理が少しでもできるようになりたいという、些細な悩みを持った年頃の女性として自分の目の前にいるのだ。
しかも、恥を忍んで、藁にも縋る思い出自分に教えを乞うてきたのだ。
ハンスは言いたいことを胸に納め、彼女の料理のできなさも胸に納め、フラウを自宅に招き入れた。
「よし、もう一度、挑戦するか」
決して、どストレート好みの美女が、拳を握る姿があまりにも可愛らしく、彼女が抱えた卵が自分に当たるほど近距離になったことで頼りになる男を演出した訳ではない、と弁明しておこう。




