火魔法を使わないトマトの煮込み料理(つまり肉以外は普通の煮込み料理)1
そろそろ日が暮れるであろう森の中。
ハンスは野営の準備をしていた。
ソロで活動しているハンスは、基本的に野営を行わないのだが、日が昇る頃にしか採取できない素材を採るために夜を目的地の近くで過ごし、朝を待つことにしていた。
腕に自信があるのならば日の出前に街を出て、真夜中の森を歩いてもいいのだが、生憎、ハンスの戦闘力は昼間の森の浅瀬を死なずに渡り歩ける程度だ。
火をおこし、五徳を設置し、その上に水を入れた鍋を置く。
一人での野営は買われる見張りなどいないので、ハンスは一人で夜通し警戒しなくてはならなかった。つまり、徹夜だ。
少し肌寒くなってきた夜の森を、身も心も温かく過ごすためにハンスはスープ作る準備を始めた。
スープなら煮込めば美味しくなるし、味付けとして魔物が嫌う香草を使えば、匂いが充満するハンスの近くには近付かない。まさに一石二鳥なメニューだった。
ハンスが道具を鞄から出していると、カサカサと草むらから音が鳴った。
ハンスは鞄を背負い、腰元の件に手をかけて警戒した。
もし、自分でも対処できる獣や魔物だったら今日の夕飯にし、無理ならば即座に逃げようとハンスは決める。
息を潜めて草むらを見ていると、そこから顔を出したのは顔見知りで拍子抜けした。
「あれ?ハンスさん」
草むらから現れたのは、ハンスの部屋の隣に住む、料理が天才的に下手な聖女的美女のフラウだった。
「こんな所で会うなんて、奇遇ですね」
気の抜けたようなフラウの親し気な笑顔に、ハンスも警戒のために力んでいた体の力を抜いた。
「やあ。君が浅瀬で活動するなんて珍しいね」
高等級であるフラウは、基本的に森で活動する時は、めったに人が足を踏み入れないような奥地にいる。実際、ハンスも森での活動中にフラウに合ったこともすれ違ったことすらない。
「今日は依頼じゃなくて、個人用に採取に来てたんです」
フラウもハンスが言わんとすることが分かったのか、笑顔で理由を教えた。
「採取を?」
「はい。香草を少し。お料理に使いたくって」
市場で買うという発想はないのかな?
何故、彼女は基本的に自力で料理の材料を集めようとするのだろうか?冒険者の性か?などと考えるうちに、ハンスは少し嫌な予感がした。
だが、話しを続けるフラウにその思考は頭の片隅へと追いやられたのだった。
「ハンスさんは依頼ですか?」
「え、ああ。カーメルの花の朝露を採取しに来たんだ」
カーメルの花の朝露は魔法薬の材料となる。
需要も高く人気な素材なので、そこそこ収入もいいためハンスは定期的に採取しているものだ。
「じゃあ、今日は野営ですか?」
ハンスの周りの様子をチラリと見て、フラウがそう言った。
それにハンスは頷いた。
「そうだよ」
ハンスの返答に、フムフムとフラウは相槌を打つと、徐に自分の荷物を隣に下ろし始めた。
「私もご一緒していいですか?」
え、好みドストライクの美女とお泊り!?
ここは森の中に設けられた野営地の一つ。誰だって自由に使っていいのだ。どのスペースだって自由に使うことが出来るのだ。と、ラブコメが起きそうなドキドキ展開を無駄に期待する己にハンスは釘を刺し、
「それで、良ければ、少しお料理を教えてくださいませんか?」
と言う、フラウの恥ずかしそうに頬を染めた台詞に現実を突きつけられた。
ですよねー。
「そう言えば、材料を採取しに来てたんだったね。ちなみに、何を作ろうとしてるの?」
「えっと、煮込み料理を作りたくて」
この国において煮込み料理、とりわけトマトを使った肉の煮込み料理は代表的な家庭料理で「おふくろの味」というものだった。
まさに、煮込み料理は、家庭的な女性の象徴とも言えた。
いつかは来ると思っていたが、段階が早いような気がする。
「また突然、煮込み料理とは……」
「やっぱり、煮込み料理が出来る女が売れ筋だと気付いてしまったんです」
否定はしない。ハンスは黙ることで肯定の意を表した。
「実は先日、『合同お見合い』なるものに参加してきたのですが……」
フラウが参加した『合同お見合い』は、今で言う『婚活パーティー』だ。
結婚相手を見つけるため、フラウは気合十分にお見合いに臨んだ。
フラウの滑り出しは非常に良かった。何しろ彼女は清らかな美貌を持つ聖女系美女だ。通常であれば高嶺の花ではあるが、彼女の持つ柔らかな雰囲気と親しみのある笑顔は男共を引き寄せ、モテにモテた。
しかし、そのモテモテ状態も始めのうちだけ。
趣味や特技などの話しになるにつれ、フラウのモテ期は終息していき、最終的に一番モテたのは、煮込み料理が得意だな女性だった。
容姿も稼ぎも遥かにフラウの方が優れていたが、煮込み料理が得意な家庭的な女性が入れ食い状態となったのだ。
「そこで私は学んだのです。煮込み料理はエクスカリバーにも匹敵する、婚活における最強の武器だと」
その表現はどうかと思うが、一理ある、とハンスは思った。
『煮込み料理が得意=家庭的な女性』という方程式が成り立つ以上、それは当然の帰結だったのかもしれない。ハンス自身も、スクランブルエッグが得意な女性よりも煮込み料理が得意な女性の方がいいと思うのだから。
「む。今、悪口言われた気がします」
「特に聞こえなかったが?」
思っただけで口にはしていない。
フラウの感の良さにハンスは冷や汗を流しながら笑って誤魔化した。
「と、とりあえず、煮込み料理だね。うん。分かったよ」
そして、罪悪感を持ったハンスはフラウの頼みを聞くことにしたのだった。




