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1-8 ひねくれ王女

 案内された部屋は居室が二つあるようであった。だが、手前は応接室、奥は個室、または寝室となっており、部屋の作りが完全に分けられている。


 召使い達を払った後で、俺とレナーはその手前の部屋でソファーに腰かけていた。


 「痛てて⋯⋯」


 俺は左腕と左手にかけて巻かれた包帯をほどきながら呟く。そのまま赤く染まった布を取り去り、その下を拭った。それにしても深い傷だ。痕が残るかもしれない。


 「カンジロー様、大丈夫ですか」


 「一応は大丈夫そうですね」


 レナーが言うのに対し、俺は唸るように言う。バレロアンの治療が良かったのか膿などはあまり見えない⋯⋯あの液体⋯⋯どうも薬草などから作られたそうだが⋯⋯やはり消毒効果があったらしい。だがあれも万能じゃないだろうし、衛生的に保つに越したことはない。


 「痛っ!」


 新しく布を当てられ、俺は軽く顔を歪める。


 「す、すいません⋯⋯えっと、き、きつくはないですか?」


 レナーはそう言いながらゆっくりと包帯を巻きつけた。俺は思わず腕を触ってしまいそうになるのを我慢していた。


 「はい、大丈夫です。ありがとうございます」


 俺は、そう言うと新しくした包帯を弄る。暫くしてレナーが恐る恐る言った。


 「⋯⋯あの、先程はすいませんでした。あの、上手く出来なくて⋯⋯」


 「いえ、そんな事はないですよ」


 俺は立ち上がると、腕を擦りながら彼女に向かい合うように座る。


 「……とにかく……一応は乗り切れたと、言って良いんじゃないでしょうか」

 だが、途中で王に助けられたのは不本意だ。俺はそれを思いだし、軽く後悔する。あそこでカヅェーディアンや領主達に押し込まれ、一言も挟めなかったのはミスだ。恐らくそれで、彼らに俺が意志薄弱と見られる可能性がある……マイナス点だな。


 「はい、とりあえず、一応は勇者として迎えてくれると言うことですし……まぁ、まだ不安要素は全然ありますし、安心はできませんが……」


 俺は溜め息混じりに言うと腕を組み、何もない天井を見る。だが、そのままでいることはせずに直ぐに立ち上がった。


 「ええと、取り敢えず、夕食は運ばれるとのことなので、俺はそれまで奥の部屋に居ますね。来客などがあればノックをお願いします」


 俺は彼女に背を向け、奥の扉へと手を掛けた。今はとにかく休みたい気分だ。カヅェーディアンによれば、状況は切迫しているようだが、一日位は大丈夫だろう。


 明日から頭をフル回転させなくては成らなくなる。俺は顔をしかめ、ゆっくりと扉を引いた。


 奥の部屋はフェイタンの里のものとは比べ物にならないほど高級そうな寝台があり、木で作られた、これまた高級そうな、元の世界ならアンティーク物としてかなりの値がつくような気がするデスクと、椅子が置かれていた。


 俺はそこに腰かけると、壁に掛けられた染みの残ったシャツを見つめる。続いて俺の着る絹造りのシャツを見た。その中々丁度良い大きさのそれからは、合成繊維とは違う滑らかさがある。


 全く、疲れる。溜め息、これでまだ10日も経っていないのだ。しかも更なる困難、試練が目の前にある。


 あぁ、もう頭が痛くなりそうだ。あっちの世界で少なくとも命が保証されていたのは幸せであったのか?ただあいつと普通に暮らせればそれでよかったのに。


 「ふざけるな……そんなのやっていられるか!何だよ、何だよ……学校で国の救い方を教わるか?何処かに書いてあるか?…………あぁ、恐ろしい……メイサス…………あの悪魔め」


 奴のせいにするしかない。俺は現状を変えられない自分自身への怒りを無理矢理に転嫁した。


 だが次いで、どうしようもない虚無感がそれを覆い尽くし……スンと頭が冷えた。


 いつもそうだ。現状はいつも悲惨で。それでいていくら頑張ろうとも状況は変わらない。全く、不条理な。


 俺は頭を押さえるようにしてデスクへと向き直る。そう言えば、デスクの上にはいろいろと置いてある。厚い紙が丸められた⋯⋯巻物だろうか⋯⋯と蠟燭、羽ペンなど、俺たちの世界で知識はあれど見ることはあまりないであろう物品が置いてある。まぁ、この世界の技術レベルを如実に表すものだろう。


 「⋯⋯まぁ、読めないだろうな」


 ガサガサと巻物を開き、俺はため息をつく。何やらかんやら文字やら絵やら、全く、言葉は解るのに文字は読めないとは⋯⋯まぁ、歴史も文化背景も違う世界の言葉が解るのもおかしなことだが、不便なことだ。レナーが解るだろうか、後で聞いてみるか?


 「ふぅん⋯⋯御伽噺なんか読むの?」


 突然に声を掛けられ、思わず体を引きつらせた。焦りを抑えながら、その声の方向へと恐る恐る振り向く。


 「え⋯⋯何処から⋯⋯」


 俺は驚愕の表情のままに腕を搔きむしる。それは気怠そうな視線を俺に向け、緑色のトーガを纏った、容姿的には十歳ないかどうかの少女だった⋯⋯いや、彼女は先程の謁見の場で王に連なる上手に座っていた者で⋯⋯つまりは王族だ。俺は視線を泳がせながら声を出した。


 「どこから聞いて⋯⋯いえ、先程の独り言は本心ではなく⋯⋯」


 「これは⋯⋯イーチス人の話ね。この世界にやってきて、なんか良く分からない力で魔族を倒して、それでめでたしめでたし⋯⋯つまらない話だと思わない?⋯⋯それより、私とお話ししましょう」


 しどろもどろに言葉を出す俺を無視し、彼女は何事もなかったかのように巻物を取り上げると、ポフンとベッドに倒れこむように寝転がった。


 「はぁ、いえその前に⋯⋯あの部屋にはレナーがいたはず」


 俺はそこまで言って、先程まで纏められていたカーテンがほどけているのに気が付く、カーテンにかくれていたのか?とすると始めから⋯⋯だが、彼女はそんなことどうでも良いというように続ける。


 「⋯⋯別に?どうでも良いでしょ、私はオルドブラーナ、宜しくね勇者さん⋯⋯それで、あなたに聞きたいのだけれど⋯⋯軍才、それは二つのものがある。そう言ったわね」


 「はぁ」


 「少し、思ったのだけれど、これって、そうね⋯⋯政にも言えないかしら」


 彼女は腕を杖の様にして起き上がると面倒そうに言った。何を突然、彼女の容姿から出るとは思えない言葉に、俺は言い淀む。


 「と、いいますと?」


 「だから、政の才もあなたが言うように二つあるんじゃないのってこと。そうね、例えばさっき、御父様がうるさい人たちを静かにしたじゃない?それはあなたの言う恐れさせ従わせる才と同じようなものでしょう。でもそれだけじゃいけないと思うの」


 微笑んでいるのか、微かに口角を上げて彼女は言った。その態度は馬鹿にしたようでもあり、冷めた様なものでもある。どちらかは解らないが、とにかくこれを「思った」⋯⋯自分で考えたというのか?


 「それは、ライオンと狐、って奴ですか?成程、優秀な学者をお持ちのようで」


 「学者?違うわ。私よ。私が考えたの。それに、学者なんて覚えることしか知らないみたいに同じ話しかしない。つまらない人たちじゃない。あんなのと一緒にしないでほしいわ」


 それを聞いて、彼女は明らかにムッとする。つまり、これは彼女一人のアイデアと言う事か?


 「それで、あなたはどう思うの」


 「⋯⋯確かにその通りでしょう。君主にはあなたの言う勇猛さ、まぁカリスマと呼んでもいいでしょうですが、それだけでは騙されたり、出し抜かれたりするでしょう。ですからそれを見抜く狡猾さも必要になってきます」


 「ふぅん、それにいくら国を良くしたいと思っても、ただ言ってるだけじゃ駄目だわ。実際に何するかを思いつけなくちゃ政は進まない」


 彼女の顔が目に見えて明るくなる。話が出来ること、それだけに楽しむかのように彼女は興味深そうに頷いた。


 「まぁ、それが同一の人物に備わっていなくてはならないわけではないですが、ある人が考え、ある人が実際に実行するという形でも政治は十分機能します」


 「才が分けられるのだからそうでしょう。でも、何をするかを誰かに考えてもらったとしても実際にやるかどうかを決めるのは君主でなくちゃ、その決断力は必要ね」


 ベッドから身を乗り出すようにして彼女は言う。素早く、言い淀むことなく言葉を返す彼女に言いようのない底知れなさを感じ、俺は思わず苦笑いをしてしまう。


 「⋯⋯全く、何者なんです?貴女は⋯⋯よくお勉強なさっているようですね」


 「別に⋯⋯悪いのかしら?変とでも言うつもり?王女が政のことを考えるのはそこまで滑稽なのかしら?八つの癖にとでも言うつもり?」


 またも琴線に触れてしまったのか、彼女はそうに溜息を付き、またも冷めた様な笑いを見せる。しかし、八歳、容姿に相応の年齢のようだが、それにそぐわぬ知恵を持つ。成程、彼女を言い表すには才女という言葉が相応しい。


 「いえ、そういうわけでは⋯⋯良いことだと思いますよ。別に君主はいくつでなくてはいけないなんて道理はありませんから。特に貴女の様な立場ならこれから政治に関わるなど大いに有り得ることです。それに⋯⋯何でも興味があることはいいことですよ」


 「はぁ、何でそんな簡単なことがわからない人がいるのかしらね。ふぅん、勇者さん、あなたは()()()みたいね」


 「まぁ、固定観念を捨てられない人は何処にでもいるものですよ。貴女が気にすることではありません。才能あるものが理解されない。ある種仕方ないことです」


 それも、才能があるからこそ悩める贅沢な悩みなのだがな。俺は心の中で続ける。全く⋯⋯羨ましい上に憎らしい。俺にそんな物があれば、今ここにはいないだろう。もっと上手く出来たはずだ。俺は表情に現れないようにしながら舌を噛んだ。


 しかし、まずいな。彼女がそうだとすると俺の凡庸さに感づく可能性もある。勿論、王族と友好にふるまうのは不利益ではない。だが、特に彼女と話すときは細心の注意を払うべきだろう。幸い俺は読書量はそれなりにあるつもりだ。出来ないことは無いだろう。


 「⋯⋯そんなつまらないことはどうでも良いの。だから、君主と言うのは⋯⋯」


 彼女が再び話を始めようとしたところで、ドアの向こうの部屋から、何やら音が聞こえてきた。


 「ばらさないで」


 彼女はそう言うとそのままベッドに布団を被り横になる。布団を動かし、完全に体が見えないようにしたのだが、それでもベッドの盛り上がりから誰かいるのかは一目瞭然だ。何をやっているのか、そうこうしているうちにドアがノックされる。


 「カンジロー様、お、お入りしても宜しいでしょうか」


 聞こえてきたのはレナーの声であった。しかし、その声はどこか緊張したようでたどたどしい。俺は椅子から立ち上がると軽く身構えながら扉を開けた。


 「はい、何かありま⋯⋯した?」


 開けた途端に俺は思わず言葉を失う。当然だろう、ドアを開けた俺の前には、ばつが悪そうに縮こまったレナーと⋯⋯王子であるカヅェーディアンが立っていたのだ。


 「すまない。少し入らせてもらえないか」


 「ええと?どうしました。お話であればこちらで座ってでも⋯⋯」


 俺は引きつった笑いを浮かべながら、彼をソファーへと誘導しようとする。レナーもおどおどとしながらも宥めるように言った。


 「で、ですから、誰もいらっしゃってないんですよ」


 「それは分かっている」


 誰も?と言う事は彼は誰かを探しに?もしや、オルドブラーナ、彼女のことか?成程、ばらすなとはこのことだったのか。カヅェーディアンは俺の肩を透かして部屋の中をじろじろと見る。


 「分かった。単刀直入に言おう。この部屋に妹が⋯⋯」


 そう言いかけ、彼は口をつぐむ。次いで、溜息交じりに俺を押しのけて部屋に入っていくと、勢い良く布団を取り払った。


 「⋯⋯何を、やってるんだ」


 「別に?何か悪い?」


 「悪いに決まっているだろう。突然どこかに行って⋯⋯母上が心配していたぞ」


 オルドブラーナを引き起こしながら彼が言った。オルドブラーナはむくれた顔で言い返す。


 「兄様だって同じようなことやってるじゃない。それに比べれば小さいことよ」


 「な、言ったのか、こいつに」


 「何なら今、言ってもいいのよ」


 何か思い当たる節があるのか⋯⋯恐らく襲撃の件だろう⋯⋯俺の方をちらりと見て、焦ったようにカヅェーディアンが言った。オルドブラーナの方はからかうように微笑み、兄の手を取り払おうとしていた。全く、この王女はどうもひねくれ者であるらしい。だが、慣れているのだろう、カヅェーディアンは再び溜息をつくと、彼女の脇へと手を入れ持ち上げる。そのまま抵抗する彼女を抑え込み肩に担ぎあげてしまった。


 「何するの!」


 「妹がすまないことをした。突然入って失礼した」


 オルドブラーナが暴れるのも構わずに、彼は俺達に向かい頭を下げた。そのまま部屋を出ていき、バタリと扉が閉められた。突然の出来事に啞然とするレナーが困惑したように言った。


 「ほ、ほんとに入ってきた人は⋯⋯」


 「俺達が来る前に入り込んでいたようですね。全く、こんなことされると困りますよ。部屋でも休めやしませんね」


 俺は、苦笑いを浮かべつつ答える。レナーも苦笑いを浮かべ、ホッとしたように息を吐いた。


ーーー


 「なんてことをしたんだ。オルドブラーナ」


 「何って⋯⋯そう、彼がどういう人が聞きに行ったの」


 「それは取り計らうと言っただろ」


 「それは空神巫女よ。本人が一番わかりやすいでしょ?」


 手を引かれるようにして歩くオルドブラーナは気怠そうに答える。手を引くカヅェーディアンはため息をつき、だが、睨むかのような目つきで彼女へと言った。


 「はー、まあいい⋯⋯それで、奴はどうなんだ」


 「どうって?⋯⋯そうね、えぇ、面白い人よ」


 口角を微かに上げ、冷めた様子で彼女は答える。理解できないでしょうけど⋯⋯兄に聞こえないような囁き声で彼女は言った。

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