1-6 謁見①
ヘルグクラジト⋯⋯エグデル山脈を東方に望むその都市は、山脈を横切る交易路の延長上に位置し、カルァナスの中心都市として繫栄を見せていた。
中心街は防壁に囲まれてたが、それのみではなく、そこからはみ出たように雑然とした街並みが広がっている。傍には川が流れ、それに沿って拡大ているのか、俯瞰すると引き延ばされた二等辺三角形の様相を呈していた。
そして、その内部には都市外壁よりも高い壁に囲われた王城がある。王族の居城である他、その壁の外側に広がる広場は様々な催事の中心地ともなっているそうだ。今でも市民に開放されている広場には、都市を貫く街道などと同じように多くの出店や客たちで賑わっていた。
しかし、一方で王城の裏側は閑散としていた。そこはカルァナスの中枢を担う行政機関が集中していたため、反対側と比べて整然と建物が並んでいた。
俺たちを乗せた馬車の一隊はそちら側から王城へと近づいていき、王城の周囲を覆う壁の門の前で止まる。
「ヘルグクラジト近衛隊、隊長バレロアン・ガノル。門を開けよ」
隊の先頭を行くバレロアンが叫び、それに呼応して内部から了承の声が響く。そして一拍おいたのち、ガラガラと音を響かせ門が両開きに開かれた。
内部は壮観だった。なんせ馬車の護衛隊と同じような青銅の鎧身につけた重装の兵士が、石道の両側に長槍を掲げてびっしりと並んでいるのだ。フェイタンの里で見た護衛隊の整列など問題にならない。
その中心を馬車は進んで行く。兵士たちに圧倒され、俺はつばを飲み込んだ。
そして、王城の内部へと続く階段の前で馬車は止まる。
ギィと馬車の扉が開かれ、その前に立つバレロアンと目が合った。俺は喉の渇きを感じながら、恐る恐る一歩を踏み出す。
『救国の勇者様に敬礼』
そのとたんに兵士たちが、一斉に槍の石突を地面へと叩きつけ叫ぶ。その壮大さに驚き俺は肩を竦めるが、平然を装い王城へと振り向いた。
「それではここからは私が先導いたします」
バレロアンが先頭を切って階段を上り、俺もそれに続く、イルクーラ、レナーも続いた。俺は兵士たちの視線をズキズキと感じながら進む。
全く、とんでもなく豪華な出迎えだ。人生初めてであろう人数の視線にあてられ、俺の心臓は加速するばかりであった。
王城の内部は直ぐに体育館ほどの広さの場所に繋がる。正面の更に一段高くなった場所には、果たして最高権力者⋯⋯王冠を被ったカルァナス王であろう人物が豪華な椅子に腰掛け、王族だろう、周囲にも男女が座る。
そして、空間の両端には、レナーと異なり、絹で様々な色のついたトーガを身につけた者達が佇んでいた。ある程度進むと俺達は立ち止まる。
「カルァナス王ガナルロディウスへ御報告いたします。ヘルグクラジト近衛隊、隊長バレロアン・ドルテ・カロレアン・リィフレン・ガノル(ガノル家カロレアン、リィフレンの子)フェイタンの里より、勇者様を御連れしました」
はじめにバレロアンが膝を付き、礼をする。すると、王⋯⋯ガナルロディウスと言うようだ⋯⋯が言う。
「うむ、御苦労であった。下がってよい」
「はっ!」
バレロアンは立ち上がるとキビキビとした動作で右回り、後方へと下がっていった。
「私は、イルクーラ・ハル・メイサス・フェイタン(フェイタンの里、筆頭巫女イルクーラ)、そして、こちらが」
「今回の勇者召喚の任を賜りました。レナー・レストル・メイサス・フェイタン(空神巫女見習いのレナー)です」
イルクーラは優雅に、レナーはたどたどしく跪き、礼をする。次は俺だ。事前に伝えられた通り、彼女らと同じく礼をすればよい。
だが、俺にはそんなことやる気はない。今の機会を逃せば、イルクーラらにより、魔法が使えず、武力もない俺の醜態が伝えられるだろう⋯⋯おそらく限られた者のみに、そうなれば俺の生死は彼らに委ねられるだろう。
その前に、少なくともこの国の権力者の多くが集まっているだろうこの空間で、俺を印象付け、有用性をアピールしなくてはならない。流石にこの人数だ。一人ぐらい俺が権威を恐れず、頭も切れる奴だと誤解するかもしれない。
賭けになるかもしれない。しかし、恐らく、勇者ではないとばれてから何か主張しても、それは弁明にしか聞こえない。今しかないのだ。
「あの⋯⋯カンジロー様?」
レナーが囁くのを無視し、俺は馬車で考えていたセリフを確認しながら彼女らの前に歩み出る。それによって、王の周囲に居る者達がざわめき、動揺が起こる。
俺は姿勢を正し、王の前で止まり深く頭を下げる。緊張を吹き飛ばすように思い切り叫んだ。
「カルァナスの危機に際し、馳せ参じました!名は完次郎、姓は秋野!異世界”地球”の日本国出身であります!」
俺はバッと顔を上げ、背を真っ直ぐに、そして右手を素早く頭上に掲げる。言わずもがな、軍隊式敬礼だ⋯⋯まぁ、少なくとも態度から、不敬を働いているわけではないとわかるだろう。
「私は、元の世界において、戦略、戦術研究を行っておりました。私に兵を、大隊を、騎兵をお与えください。さすれば国を害する要害を打ち破り、異種族の王、魔王すらも打ち取って見せましょう!」
全く、精々多少調べたり、本を読んだ程度でこんなことを言うとは大噓つきにもほどがある。まぁ、それぐらいしか活路がないわけだ。仕方ない。
ともかくも、それを聞いてかざわめきは一層ひどくなる。さてここからは質問に答えつつ、主張を述べる。騙せればいいが。
「成程⋯⋯つまりは勇者としての力のみではなく、軍才すらも持ち合わせると⋯⋯そう言うことか」
王ガナルロディウスが低く、響く声で問いかける。始めから痛い質問を⋯⋯だがこの言い訳は考えている。
「はい!その勇者の力というのが軍才なのでありまして、その力が優れているからこそ、空神メイサスの啓示を受け、召喚されたわけであります」
「ほぅ⋯⋯」
王が興味深そうに俺を見た。ここまで来たらとことん言うしかない。
「えぇ、特に私の世界というのはこの世界に比べ高度に発展しておりました。恐らく用兵術も⋯⋯なので、私の知識一つをとっても、それは回天の代物でありましょう」
「その知をもって、カルァナスを救うとな」
王が続ける。思ったよりも好感触か?このまま押し切れるだろうか⋯⋯
「はい、具体的な手法、技術等はそちらの事情を把握してからにはなりますが、私の戦争技術を持ってすれば、今よりも堅固かつ、強力な、無敗の軍隊を作り上げられるでありましょう⋯⋯必要な資源さえあればですが⋯⋯ともかくも、私に資源と権限を、それが私の要望です」
俺は胸を張り高らかと宣言する。なんという、脆弱な楼閣だろう。はったりに支えられた砂の城⋯⋯俺はそれが崩されるのを恐れながらも、俺は何か言われるのを待って休めの姿勢をとる。
「ほう⋯⋯それは⋯⋯素晴らしい」
だが、意外にもガナルロディウスは、その皺が見えるが、それ以上に血色の良い角張った顔を歪め、なんと、微笑んだらしかった。それにしては威圧感のあふれる笑みだ。彼は重々しく言う。
「⋯⋯良いだろう。カンジロー・アキノ、そなたを救国の勇者として⋯⋯認めよう」
「は!!ありがとうござ⋯⋯」
「王よ!待つのです!」
すると、周囲に立つ者の間から、声が聞こえ、一人の男が歩み出てくる。俺は好調子を崩され、顔を崩しかける。ガナルロディウスは、諫めるように腕を上げるが、彼はそのまま続ける。
「おかしいとは思わぬのですか。王よ!彼は自らが最高の軍才を持ち合わせると言いましたが、彼のどこにその素質が見て取れましょう。彼の腕を、手を見てください。剣すら持ったことのない彼が戦の何を解ると言うのでしょうか?」
「勇者とは⋯⋯その様な者であると伝わっている。ラバーロイス、ヴァレルグアの勇者達も⋯⋯その素質が見て取れぬとも計り知れぬ力を持つそうだ。この者もその様な者ではないか。ラルドロースの領主よ」
俺が反論する前に、王が声を発した。他の者達からもその様な声が上がる。いや、同時に彼に賛同する声も上がっている。それに押されてか、領主と言う男は、俺の方に近づきながら言う。
「はい、しかし、どうでしょうか。彼から魔法の力でも感じられますでしょうか⋯⋯イルクーラ様であればわかるでしょう。どうでしょうか?」
俺は振り返る。イルクーラは動ずることなく立ち上がった。それに対して、レナーは跪いたまま体を縮こませている。
「⋯⋯率直に申し上げますと⋯⋯彼に魔法は使えないでしょう。魔力はそうですが、魔力の操作すらもままならないものかと⋯⋯」
「えぇ、そうでしょう。そんな者が⋯⋯」
「ち、違います!」
それを遮ってレナーが叫ぶ。緊張で強張り、青ざめた顔はやもすると倒れてしまうのではなかろうか。だが、彼女は腕を恐怖でか、震わせながら言う。
「しょっ、召喚に携わった、み、巫女として申し!⋯⋯あ、上げます!私は!勇者様にそれに相応しい力が備わっていると⋯⋯知っています!」
「何故、そうであると言える!」
「お待ち下さい」
つっかえながらなんとか言い切ったレナーだったが、強く言われビクリと縮こまる。だが、イルクーラは変わらぬ様子で答えた。
「彼女の言うように少なくとも勇者であるということは認めざるを得ないでしょう。空神メイサスからの啓示を受け、召喚した彼女が申しているのです。恐らくは空神巫女の内でも最も、勇者自身と繋がりを持つ彼女が⋯⋯どうして認めない理由がありましょうか」
何故、イルクーラが俺たちの味方を?俺は疑問に思うが、そんなことは今はどうでもいい。俺は何か言おうと身構える。だが、領主は調子を削がれた様子はない。
「それは⋯⋯根拠になりえますか?彼女が嘘をついていると言う事はないのでしょうか?聞けば、伝統的にそのような儀式は啓示を受けたものが取り扱うとのことですが⋯⋯」
「それは、空神メイサスの意思が間違っていたと?」
空気が変わる。見据えるようなイルクーラの視線なのか、これまでのヤジも少し収まる。彼は息をのむように押し黙った。
神の権力がそこまでに高いのか?だが、どうも”空神”か、権能に制限のありげな表現。多神教か?そして都市は壁があり⋯⋯まるで⋯⋯俺の思考を遮るように彼が話し始める。
「いえ、それは⋯⋯申し訳ありません。そのようなつもりではありません。ですが、そのような事実を差し置いても彼を勇者とするには疑問があるのです」
それにしても、何故そこまで断言出来るのか、彼らにとっては大きな権力を持つであろう空神巫女の親玉が一応は認めているわけだし……騙せたと言う言う他ないが……俺は疑問の視線で彼を見た。
「下がれ⋯⋯領主よ」
「根拠はあります。父上」
耐えかねてか、王が言う。だが、今度はその横に座る、さわやかな顔付の金色の腕輪をはめた、王子であろう男が立ち上がる。彼が段を降りながら続ける。
「そうです。十分信用に足る事でありましょう」
しかし、今のところ王の決定に反対する事の方が不利であるはずだ。王とイルクーラ、世俗と宗教の長の決定に逆らう、それほどの理由と根拠があるのか、それにしても彼は自身を持っている、何故?俺は嫌な予感がよぎった。
「聞いたところによりますと、バレロアン殿、里からここまでの道のりで、いくらか問題があったそうで⋯⋯今、報告を」
彼は周りに呼びかけるように言い、部屋の後方にいるバレロアンへと声を掛ける。解った。彼のやりたいことが⋯⋯それに対し、やけに冷静なバレロアンの反応も見て、俺は小さく舌打ちをした。成程、知ってたんだな、共謀か⋯⋯




